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琥珀の野望

「まずは……奏水さん、今日はよく来てくれましたね。琥珀がいつもお世話になっています」

「いえ、こちらこそ琥珀さんには大変お世話になっております!」

「畏まらなくていい。奏水さんが琥珀のために親身になってくれていることは聞いている」

「そ、そうですか。で、では、よ、よろしくお願いします」

「奏水、噛んでますよ」


しれっとツッコミを入れてくる琥珀。

その様子を静かに見守る両親。

そして三人に挟まれてぎこちない笑みを浮かべる奏水。


「琥珀とは時折文通しているからな。奏水さんがどんな人物なのか、どのような才と能を備えているか、どのような思想信条を持っているのか、大体は把握している」

「ふふっ、琥珀は奏水さんについて熱心に書いてくれるからいつも読むのが楽しみなのよ」

「……え、琥珀、そんなに私のこと書いてたの……?」

「えへへ、奏水について書き出すと止まらなくて」


そんな具合で衝撃の事実が判明したり、琥珀と奏水の出会いについて改めて振り返ったり、もちろん二人の神楽について根掘り葉掘り聞かれたり。


特に新しい技術に強い関心を持つ美琴に関しては奏水への質問も多く、それに答えていく度に奏水の緊張も少しずつ解けてきたのを琥珀も本人も感じ取っていた。そして、理路整然と問いに返していく奏水の言動に朝子も美琴も感心したようで。


「奏水さんはとても理知的な方なのですね。琥珀が手紙に書いていた通りです」

「ああ、この私を相手にその歳で真っ向から喋れる人間はそういない」

「それは嬉しいです。ありがとうございます」

「どうですか母さんたち、奏水はわたしの言った通りの優秀な番なのです」

「ええ、そう思うわ。琥珀は良い人を見つけたのね」


良い人を見つけた……?

それは娘が連れてきた結婚相手に対してプラスの評価を与える時の台詞では……?


しかしこれは結婚挨拶ではないのだ。

恐らく単純に自分の能力を褒めてもらえただけに違いないと思い込むことにした奏水。


なお、実際のところ朝子も美琴も二人はゆくゆく結婚するものと解していたし、琥珀はこの会話をもってして「奏水もわたしと婚姻する気になってほしいなあ」と考えていた。何も知らないのは奏水だけだった。


と、そこまで話が進んだところでふと琥珀が口を開いてー


「そういえば母さんたち、昔よりも口調が柔らかくなりましたね」

「……やっぱりか、そう思うよな」

「そうねえ、実際その通りではあるのだけど」


この点は奏水も気になっていた。

琥珀のいつぞやの話では感情を表に出すのが下手な二人なのだと聞いていた。それにしては今目の前にいる二人は和やかに会話をしているように思えたわけだ。


その質問に二人は困ったように微笑みながら言葉を選んで。


「琥珀、母さんたちと最後に会ったのはいつだったか覚えているかしら」

「もちろんです。わたしが初等学院を卒業して、大洲宮近くの高等学院へ通うことになった時。居住地を移すその日です」

「ええ、その通りね。私たちは琥珀に強い子に育ってほしいと思って、親元を離れるように促したから、引っ越していくその日を最後にして出来るだけ会わないようにしようと思っていたの。琥珀もそうでしょう?」

「はい。母さんたちの力に頼らずに一人で頑張ろうと思って」

「うん。だから文通だけで直接会うことは避けてきたの」


なるほど、そういうわけで琥珀は高等学院に入る時に実家を離れたのだ。

親がいない場所で、自分の力で生きていく訓練のために。


「だがな、その後で先に音を上げたのはこっちだったんだよ」

「え……?」

「琥珀がいなくなった後でな。二人ともぽっかりと生活に穴が開いた感じで、仕事にも身が入らない時期があったんだ。琥珀がいてくれたことが私達にも大きかったのだと気付いた。で、その穴を埋めるためにも二人で話をして、感じたことや思ったことを共有し合うことを続けてきた」

「それはつまり、わたしがいなくて寂しかったと」

「ああ、恥ずかしいがな。それで話をたくさんするうちに感情を表に出すことにも慣れてきてな。琥珀が感じている柔らかさはそういう理由だ」

「なるほど、納得しました」


なんだ思っていたのより十倍くらい良い親じゃないか。

奏水は改めて感激した。琥珀、優しい親御さんに恵まれたんだね。


「わたしも、こうして五年近く一人で過ごしてきて両親という存在の大きさを改めて感じました。今は奏水が一緒にいてくれますが、奏水も含めて見守ってくれている人たちがいるということが心強いです。ですよね、奏水?」

「うん。琥珀を支えてくれる人が私以外にもいるんだって思うと安心する」

「……というわけで、わたしもこうしてお話を聞けて嬉しいのです」

「琥珀、立派に育ったんだな」

「そうね。自慢の娘だわ」

「えへへ、照れますね……」


頬を桜色に染めて照れている琥珀が可愛いなと思いつつ、こうして自分たちの道を遠くから見守ってくれている二人の存在を強く感じた奏水だった。


「琥珀の神楽もいつか見たいわね……仕事があるから簡単にここを離れられないのが辛いところなのだけど」

「なに、そのうち琥珀と奏水さんの方からこっちに来てくれるさ」

「そ、そうね! 有名になって全国神楽行脚をしてくれればこの街にも……」

「もうっ……母さんたちは先走り過ぎです。まずはわたしたちが巫女への道に挑むところをちゃんと見ていてください」

「はいはい。そうするわ」


その瞬間に全国ツアーの構想が浮かんだ奏水だったが、まだ琥珀には言っちゃいけないなと踏み止まった。それこそレコードを出すという自分の夢を叶えて、それが全国に広まった後でないとツアーなんて大層なことは考えられない。


そうだ、今日ここに来たのはその話をするためだった。


そんな奏水の思考を読んだかのように、琥珀がふと改まって話を切り出し―


「それでですね。今日は母さんたちに助言をしてもらいたいことがあるのです」

「おう。いいぞ、琥珀のためなら何でも答えるからな」

「美琴、親馬鹿になっていますよ」


なんかもう家族漫才を見ているみたいだ。

でも、これからする話は漫才などではない至って真面目な内容である。


「わたしたちの神楽を― わたしたちが作った音楽を、この国のたくさんの人に聴いてほしいのです。そのために神力を使って音楽を再生する媒体を作れないかと考えています」

「ほう、詳しく聞かせてくれ」

「音楽の記録と再生を一手に担う媒体、かつ一般家庭でも手に取ることのできる安価で量産可能な媒体、そんなものを作りたいのです」


問いにまず答えるのは美琴。

この国の文化と最新技術を余すことなく吸収して生きている彼女の領域だ。


「そいつは難題だな。音楽を記録させることはレコード、音楽を再生することは蓄音機の応用でなんとかなるだろう。その辺りは鷲果の方が詳しそうだがな。ともあれ琥珀の才をもってすれば問題ないというのが私の見解だ」

「はい」


鷲果というのは奏水が琥珀から紹介された輸入商の桜蘭鷲果のことだ。蓄音機の実物を見せてくれた彼女だから、その仕組みもある程度理解しているはず。


ちなみに蓄音機はレコードの溝を針でなぞった時の振動が振動板を震わせ、その振動が音として伝わるという仕組みだ。


「だが、それを安価に量産するというのは厳しい話だ。蓄音機は国外から仕入れた物であって製造技術自体は伝わっていないし、それを安価で形にするとなると険しい道だな」


とはいえ琥珀もそれは理解していた。易しい話ではない。

だからこそ何も考えを持たずに助言者を訪ねたわけではない。琥珀には、奏水の夢を叶えたいと思った張本人として自分なりの道を思い描いていた。


「ええ。そう思ってわたしも悩みまして。でもひとつだけ案が思い浮かんだのでそれに意見が欲しいのです。聞いてもらえますか?」

「ああ、勿論だ」


その言葉に安心したように琥珀がふっと息を吐いた。

満を持して琥珀の提案である。


「レコードと蓄音機を飛ばして、もう一歩先に挑戦してみたいのです。活版印刷による書籍を使って音楽を広めたいと」

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