新たな敵、ではなく同志
デートは夕暮れと共に終わりを迎え、奏水と琥珀は大洲宮へ戻ってきていた。
今や守衛の人にもにこやかに微笑まれ、通りすがりの役所街でもやたら目線を集めるという有様だったので、元来そこまで目立つことへの耐性がない二人には少々重かった。
しかしこうして巫女を目指すのであれば目立つことにも慣れなければ。
これまでは歓楽街や大洲宮という一部の場所でしか演奏をしてこなかった二人だが、もし更に外に出て広く演奏する日が来るのなら観客も増えるだろう。慣れは大事。
なので少々気を強く持って、二人で他愛もないことを喋って緊張を紛らわしながら大洲宮を歩いていた。そして二人が最奥部である巫女候補たちの住処に踏み入れた時―
「水蓮寺さん、一条さん」
門の端、大きな柱に背を預けて立っていた少女が突如こちらへ向き直してそう語りかけてきた。
二人に比べても小柄な少女。しかし気の強そうなツリ目と鋭い眼光は少々の威圧感を与えてくる。その後ろには彼女よりも更に背の低い少女がおどおどした様子で付いてきていた。
「お話ししたいことがあります……お時間はよろしくて?」
小柄な見た目に反して声が低いところもプレッシャーを感じさせる。
とりあえず渉外担当の琥珀が前に出て頷けば、少女は仁王立ちで腕を組んで―
「私は、お二人の音楽を認めません。断固として認めません」
「は、はあ…………」
そう言ってのけた。本人の目の前で、大洲宮の巫女候補たちが通りかかる空間で、何のためらいもなくそう言った。
「え、ええと。その前に貴女のお名前を伺っても……」
「へえ、私のこと知らないんですね。まあ結構です。私は琴成 佳純。華仙の歴史ある演奏一家・琴成家の次期当主です。以後お見知りおきを」
「あっ……思い出しました。巫女候補の中にものすごくお琴が上手で有名な方がいらっしゃると」
「ふむ、その程度なら知っているんですね」
やたらと好戦的な物言いだ。
それに臆しない琥珀の成長も素晴らしいのだが、相手の度胸の良さもまた見事。
そして、ここまでのやり取りから奏水には大方の予測が付いた。
彼女が突然文句を付けてくる理由は―
「水蓮寺さん、一条さん。貴女方の音楽は伝統ある華仙の国、そして遥か天上から見守ってくださる女神様に大変無礼な、幼稚で浅慮な聴くに値しないものです」
「は、はあ…………」
「巫女候補として、この国の伝統を守るものとしてあってはならないものです。ですので私は許しません。この国の歴史を汚す無礼な音楽などあってはなりません」
「は、はあ…………」
琥珀は困惑しながらとりあえず相槌を打つ。
奏水はぽかーんと口を開けて話を聞く。その心は―
(うわあ、こんな老害みたいなこと言う人って実在したんだ……ネットでしか見たことなかった。本物すごっ、しかも目が本気だよ。自分が正義だと思ってクレーム付けてるよ。うわすご……)
ある意味感動していた。
引きこもり高校生・一条奏水 史上初の老害エンカウントである。
「え、ええとですね。それでわたしたちはどのようにすればよいのでしょう……?」
「今すぐその無礼な汚い音楽をやめてください」
「そうは言われましてもわたしたちの音楽を待っている人が大勢いるので、やめるというのは難しいですね……」
「なに、その辺りの雑種もそのうち気付くでしょう。貴女方の音楽がいかに幼稚で浅慮なものであるかを」
「は、はあ…………」
琥珀はもう相手をするのも面倒になったのかオウム返し。
そして奏水は―
(いや、既に語彙がダダ被りだからね!? 無礼と幼稚と浅慮と汚いを既に2,3回くらいリピートしてるよ!? この人語彙力なさすぎ! 匿名掲示板の住民の方がまだマシでしょ……)
相手の教養を心配していた。もはや保護者目線である。
匿名掲示板の住民と比較される辺りもはや相手が可哀想だった。
そんなわけでいよいよ喋る気もなくなった奏水と琥珀に痺れを切らしたのか、彼女は最後に捨て台詞を言い放ち―
「貴女方のような愚かな人間が巫女になれるなどとは思わないことです。では失礼します」
くるりと踵を返して去っていった。
その後を番の少女が慌てて追い掛ける様がなんとも滑稽だった。
そして門の下に取り残された二人はぼけーっと突っ立ったままで。
「ええと、あの人はなんだったのでしょうか……?」
「さあ……? 文句言ってすっきりしたかっただけ?」
これが昔の琥珀なら恐れおののいて逃げていただろうが、しっかり対応し切ったあたりは素晴らしい。奏水に関しては一周回って感動したところから更にもう一周回ってどうでもよくなっていた。
しかし、よく考えれば彼女はアンチと称される存在だろう。
そしてアンチが出てくるのは人気の証。つまり自分たちの人気が着実に広がっていることをわざわざ証明しに来てくれたということだ。むしろ幸運の運び手かもしれない。
という考えを琥珀に話しながら家まで戻る。
琥珀も半分笑いながらその話を聞いてくれて、二人とも心に怪我を負うことなく無事に自宅まで戻ってこれた。その点、メンタル強者の奏水と弱さを克服した琥珀は相性が良かった。
とはいえ彼女を放置したままだと今後もウザ絡みされる可能性が高い。
それは迷惑なので何か手を打ちたいと思う奏水。ということで夕飯を食べながら二人で会議をすることにした。
「で、なにか綺麗な方法で彼女と和解したいんだよね……ん、もぐもぐ」
「奏水、食べながら喋ったらだめです。喋る時は飲み込んだ後で」
「むぐっ、ん、ごくっ…………うん。というわけで琥珀にも案を出してほしくて」
「そうですね……まあでも一度相手のことを深く知る必要はあるでしょう。まずなぜそこまでこちらを嫌悪するか、出来る限り知っておくべきです」
「なるほど。じゃあ琥珀、手配をよろしく……はむっ、んっ、小松菜おいひー!」
「だから食べながら喋らないっ!」
「ひゅっ……ひゃいっ、ごめんにゃしゃいっ……」
「喋るなって言ってるんですっ!」
「ひゅぐぅっ!?」
お説教をしつつ、自分もちゃんとご飯を食べるという高等技術をやってのける琥珀。
そしてその裏で早速案を練っているのだから大したものだった。
そして奏水も怒られながらそこそこにものを考えている。
音楽は素晴らしいもの。
どんな時代の、どんなジャンルの、どんな国の音楽も良いものだ。
(無論犯罪に使ったり他人に危害を及ぼすようなものは別だが)
その点、彼女が身に着けているであろう琴の演奏だって立派な音楽のひとつ。
それを貶める気はないし、むしろ音楽家同士仲良くしたいというのが本音だ。
西暦2020年代の世界において、音楽はあまりにも身近にありすぎる。
ゆえにその存在が軽んじられたり、無料で手に取ることができるがためにさも無償で生み出されているかのように錯覚してしまう。しかし音楽の作り手や演奏家、そしてそれに関わる数多の人間が自身の時間と労力と情熱を捧げて創り出しているのが音楽だ。決して安いものではない。
そんな音楽同士が貶し合うというのは実に馬鹿げた話だ。
音楽というものが人々の暮らしに寄与するように、そして人々がその存在をしっかりと見極めて大事にしてくれるように、その良さや魅力を互いに認め合って協力することが大事だと思う。
例えば子供向けのクラシックコンサートなんかは早いうちから音楽の生演奏を身近に感じてもらい、大人になって興味が出た時に様々なコンサートに足を運んでもらえるようにするための努力だ。
例えばアニメでポップス以外の色々な音楽ジャンルを扱っているものもある。そこには主要客層である若年層に様々な音楽に興味を持ってもらい、架け橋にするためのアイディアが内包されている。
例えば音楽教室で子供向け以外にも大人や壮年向けのコースが用意されているのは、いつどこからでも音楽に手を伸ばしてもらい、音楽という文化に少しでも触れてもらうための企業努力でもある。
それ以外にも数えられないほど、たくさんの人に色々な音楽に触れてもらい、音楽という文化を後世に繋いでいこうとする人々と公的機関と企業の努力が世界には溢れている。
ならばこの国でも音楽同士でいがみ合っている場合ではない。
伝統音楽も先鋭的な音楽も、両方がその良さを認められる世界であってほしい。
そのためにどうすべきか。
……まずは琥珀が提案してくれた通り相手を知るところから始めようと思う奏水だった。




