リアルタイム蓄音機
「こんにちは」
「お、お邪魔します……」
そうして琥珀に連れられて来たのは古めかしさとお洒落さが同居する不思議な店だった。さしづめスチームパンクといったところか。蒸気と機械とロマンの世界。
向こうの歴史通りならとっくのとうに海外で産業革命が起こっている。その走りのような品物がこの国にまで入ってきているようだった。歴史の授業で見た紡績機の小さいやつなんかも置いてあってテンションが上がる奏水。
今の時代には新鮮とすら思える最新鋭の設備が並んだ店内は広く、ここでレストランでも開店できそうな敷地面積だった。どんな金持ちが経営しているのかと奏水は少し恐れおののく。
琥珀はさっさと店の奥まで進んでしまい、その背中を慌てて追いかけていると奥からすらりと背の高い人が出てきて―
「鷲果さん、お久しぶりです」
「琥珀さんよく来たね。最近は忙しいんじゃなかったのかい?」
「ええまあ。少し休憩に出掛けているところです」
ちょっとボーイッシュというか、イケメン女子?みたいな人だった。
自分たちより一回り上くらいの容姿で、格好良いんだけど変に気取った感じはないというか、あくまでこれが自分の自然な姿ですって感じの振舞い。多分女子校でモテるタイプ。
旧知の仲なのか親しげに会話する二人。
奏水はその様子をほえーと見つめながらも、なんだかちょっと胸の内にむずがゆい気持ちというか、琥珀が自分の知らない人と仲良さげにしているのがむずむずして。
「話は聞いているよ。なにやら珍しい神楽で有名になっているんだって?」
「鷲果さんのところまで話が広がってるんですね……そうです。色々ありまして、歓楽街の方でも演奏してます。その様子だと鷲果さんはまだ聴いたことはなさそうですけど」
「ああ、私はあいにくその辺りに用がなくてね」
とりあえず琥珀の知り合いなので悪い人ではないのだろう。
どうしてこんな店を構えているのか気になりつつ、ひとまず琥珀の後ろから会話の行方を見守ることにしつつ―
「それで鷲果さん、今日はこの国で一番進んでいる最新の品物を見せてほしいんです」
「ほう、琥珀さんにしては珍しい頼みだね。これまでは先生方の付き添いという感じだったけれど」
「先生方……って、うちの両親ですか。まあ二人は新しいものに目がない好事家ですからね……」
そういえば琥珀の片方の親は英語も話せるという。
舶来の品物や文化には興味があるのだろう。教師として人を導く立場というのもその気持ちに寄与しているのかもしれない。
ということはここは琥珀の両親が懇意にしている店で、二人に連れられてきた琥珀は店主とも知り合いで、こうして案内してくれているというわけだ。なるほどよくわかった。
と一人納得していたら突然背後に回り込んだ琥珀が奏水の背中をずいっと押して店主の前に差し出し―
「で、この人が新しいもの好きの好事家第三号、わたしの番の一条奏水さんです」
「……え、あっ、は、はい。一条奏水といいます。よろしくお願いします」
「奏水さんと言うんだね。私は桜蘭鷲果だ。よろしく」
かっこいい名前。でも漢字書くの面倒臭そうだなと思ったのは現代人だからか。
そんな鷲果はやたらと上機嫌で奏水を手招きして。
「いやあ、君が琥珀さんの神楽の音楽を作っている人だろう? 気になっていたんだよ、この国にはないような楽器を使って演奏していると聞くから興味が湧いてね」
「は、はあ……まあ神力の扱える範囲の楽器ですが……」
「しかし私のコレクションの中では楽器の種類などたかが知れている。この国にない先鋭的な音を鳴らす楽器……うん、見てみたいものだ。とても気になる」
「ではどこかで演奏する時に来ていただければ」
「ですね。桜花亭とか普段行きますか? わたしと奏水はそこで演奏することが多いですよ」
「いやあ、それが古風な感じの料亭は苦手でね。しきたりというか、畏まった感じが苦手なんだよ。……というわけで君達の演奏はまだ聴けていないわけだ」
なるほどね。そりゃあ実演を目にしたことはないわけだ。
今のところ大洲宮と歓楽街以外で演奏する場所はない。そもそも街にそういった演奏用の施設があるかも不明だ。能楽堂ならあるのかな? 歌舞伎はもうちょっと先だからまだ舞台はないかも。
「で、そんな奏水さんにぴったりの代物があるわけだ」
「へー、どんなものです?」
「ふふ、見て驚くなよ。これが先日舶来したばかりの最新機器だ!」
そう言って鷲果が指差したのはなにやら不格好な品物。
土台は箱型でその上に薄い円盤が嵌め込まれている。そして箱型の背面からは金属の管が伸び、こちらへ向けてトランペットの先端を更に広げて花が開いたかのような形を見せている。
それをしげしげと眺める鷲果は自慢げにふんと胸を張って―
「どうだい、これが欧州から舶来した最新の蓄音機だ!」
「ほえー、蓄音機って初めて見た……」
「だろう? 高かったんだからな」
生まれた頃にはCDが衰退して配信サービスが主体になるような時代だったので、すごく古い時代の遺物の「蓄音機って初めて見た」と言い放った奏水だが、鷲果の方は当然音楽を記録する代物を初めて見たという意味で受け取っている。解釈の不一致である。
しかし、その箱に載ってる円盤 ― もといレコードというのは今やコレクターズアイテム。
古いものは高値で売買されるというし、逆に雑貨だとかアンティークものとしてレコード盤を発売する企業もある。そんな歴史の一片を実体験できるというのは音楽家にとって実に貴重な体験だ。そもそも蓄音機やレコードがどんな仕組みなのかを奏水はあまり知らない。
「これはな。円盤に針で溝を刻んで、それでできた溝に合わせて針を動かすことで溝の振動を読みとって音が再生されるという優れものだ! どうだい、聴いてみるかい?」
「ええ、ではぜひ」
そんなんのでまともに音が鳴るのかと疑問に思う奏水だったが、まあ実際に聴いてみるとノイズが多くて聴けたものではなかった。この時代からすれば音楽の記録という点で非常に画期的なのだが、2000年代生まれの奏水からすれば完全に「歴史上の遺品」だった。
「ほお、そうやって音が鳴るんですねえ」
「うむ。この国ではまだうちしか持ってない代物だ。お高いが買うかい?」
「いえ、別に自宅で音源再生くらい自yぐふっ!?」
「ええと、奏水は演奏にこだわる人間なので音楽記録にはそこまで興味が」
突如背後から奏水の口を塞いだ琥珀が代弁した。
正確に言うと問題が起きないように台詞を改変した。
無論その状況の滑稽さに鷲果はぽかーんと口を開けていたわけだが―
「そ、そうかい。では引き続きうちで展示するとしよう」
「そうですね。とても魅力的な品なので宣伝にもなるでしょう」
「むぐっ、むっ、んんっ――!!」
琥珀の手のひらを唇に押し付けられてさながら手相とディープキス……というのはさておき、普通に息が出来ないのは困る奏水が必死に抵抗する。しかし琥珀の腕力は意外と強かった。
そこからようやく解放されたのは鷲果が所用で店の奥へ戻った後。
「っ……! ふっ、は、はぁぁ……!」
「奏水、不用意な発言はいけません。奏水の『ぱそこん』とやらの存在が知られると下手すれば国中に狙われます。迂闊な発言をしたらまたわたしが息の根を止めます」
「は、はひっ……わかひましたっ……でもっ、ころすのはやめてぇ……」
「あまりにも愚かな場合は腕力の制御が利きませんので死も覚悟してくださいね」
「ふぇぇっ……」
普通に怖かった。その腕力なら少女の呼吸を奪って誘拐して車に押し込むくらい余裕でできそうだった。ハイスペック少女は腕力すらヤバかった。万年帰宅部の奏水では絶対に勝てない。
床に膝をついたまま頭を下げて許しを請う奏水の姿は完全に敗者の構えだった。
そして完全に飼い主と化した琥珀に連れられた奏水はご主人様に大人しく付いていきながら店を見て回り、ちょっとビビりながらも製品について意見を交わし、この国の現状とも照らし合わせながら便利に使えないかどうかを検討した。
「ところでさ、鷲果さんってお金持ちなの? こんなすごい店を開けるって」
「うちの両親が言うにはそうですね。なんでも土地をたくさん持ってて、油田とかいうものも所有しているそうです」
「油田!? 石油王かな!?」
「せき……なんです? ともかく両親的には今後もっとお金持ちになるらしいです」
「うわあ……一生遊んで暮らせるじゃん」
「……奏水が何をもって同意したのかはわかりませんが、まああの二人も奏水もそう言うからには事実なのでしょう。その資金で舶来の品などを蒐集して店を開き、一部の大金持ちや役人なんかに売っているそうです」
「舶来ってそんなに頻繁に来るの? 外交してなさそうだけど」
「半分鎖国状態ですが仲の良い国とは少々交易をしています。その辺りは大洲宮の外務省が詳しいので気になったら行ってみてください」
「はーい」
またひとつ国にも文化にも詳しくなった奏水。
そのまま店中をうろつき回って、再び表に出てきた鷲果とも話をし、中々に満足して店を後にしたのだった。寄り道にしては長すぎた気がしないでもない。
なお、以後この店に来る度に奏水は琥珀に息の根を止められかけた呼吸困難の記憶が蘇ってしまうようになるのだが、それはまた別の話。




