デートといえば
「やっぱりカフェでしょ!」
「…………かふぇ? また異国語ですか?」
というのが奏水の主張だった。
これまでの人生、フィクションの中でデートをしていたカップルは大概カフェに入っていた。
もちろん買い物とかレジャーとかレストランとかもあるが、なんかよくわからんけど高確率でカフェに入る。まるで運命づけられているかのようにカフェに吸い込まれる。そしてコーヒーを啜る。たいていが洒落た内装で綺麗なお姉さんの店員さんか渋くて格好良いマスターがいる。これは相場である。J-POPでいうところのA-B-C構成と同じだ。なんかみんなそうなる。勝手にそうなる。
なれば我が身も! いうことで奏水は燃えていた。
琥珀とデートするのならカフェでお茶しかない! 文字通りお茶を飲む!
コーヒーなんてこの国にはないだろう。
緑茶、煎茶、ほうじ茶、豆茶、とうもろこし茶、その他諸々が精々のバリエーション。それは構わない。とにかく琥珀とお洒落な店でカフェデートがしたい!
「異国語だけど琥珀も覚えてね。私とデートするならカフェ、私と一緒に出掛けて休憩したいと思ったらカフェ、なにか気分転換で外に出たいと思ったらカフェ、全てがカフェだから」
「はあ。じゃあ覚えますけど……で、結局その『かふぇ』っていうのはなんなのです?」
「喫茶処」
「じゃあ最初からそう言ってください」
「ですよねー」
そもそもこのカフェ主張が始まったのは何故なのかを振り返る。
まず大洲宮での二度目となる神楽を大成功で終えた二人は完全に有名人になった。神術では高飛車少女の伊集院花蘭を打ち負かし、神楽ではその未知かつ魅力的な音楽で役人と巫女候補の少女たちにブームを巻き起こした。もはや落ちこぼれの水蓮寺琥珀という認識は彼女たちの中から消えていた。人間という幼稚な生物は大概すぐに過去を忘れるものである。
神楽の後は控室に戻ったので人の目を避けて過ごしていたが、翌日以降大洲宮を歩いていると約九割の確率ですれ違った人に反応される。横目に「きゃー! あの水蓮寺さんと一条さんよ!」と憧憬の目を向けられることもあれば、握手させてくれと頼んでくる者も、熱心に神楽の感想を伝えてくる者も、とにかく様々だが何かしら反応された。その反応に二人とも軽く引いている。
そんなわけで大洲宮の中にいると少し息苦しくなり、とりあえず自宅に籠った。
二人とも勉強するし演奏の練習もする。琥珀は趣味の裁縫で何時間も楽しめるし、奏水は曲を書いてアレンジしていたら一日くらい余裕で溶ける。引きこもり耐性はそこそこに備わっていた。
しかし一週間経つと流石に外の空気が恋しくなる。
料亭への出張演奏は夜なので暗いし外を歩いても元気は出ないし、やはり日中に太陽光を浴びて爽やかな空気を浴びたいということで合意した。葉緑体はあいにく持ち合わせていないが太陽光は浴びたい。人間も時には植物にシンパシーを覚えるのだ。
ならば日中に街へ出てデート!ということになったわけだ。
そして冒頭の行き先論争に戻る。
「で、いい感じのカフェを知ってたら連れて行ってほしいんだよね」
「それはデートではなく子供の引率では?」
「こはくせんせー! かなみちゃんはかふぇにいきたいでーす!」
「気持ち悪いので黙ってください」
「すいません」
幼児の口調を真似しつつ幼げな作り声で元気よく叫んだ奏水を適当に黙らせつつ、琥珀はそれとなく行き先を考える。今日はせっかく時間もあるし三、四十分くらい歩いても良いだろう。となると街の外れくらいまで行っても大丈夫。その辺りで落ち着いていて小洒落た喫茶処といえば―
「ああ、思い当たる店がありますね。じゃあ行きましょうか」
「やった! 今すぐ出発!」
「はいはい。奏水は元気ですね」
「そりゃあ琥珀とデートだからね! そういう琥珀はドキドキしないの?」
「幼児の引率に高鳴りも何もありませんよ」
「うへぇ……辛辣だなぁ……」
と言いつつ内心ではちょっと期待というか緊張というか、いざ喫茶処に入った時どんな風に過ごしたり喋ったりするのか想像している自分がいた。琥珀も一応お年頃なのだ。
それに奏水にこの街を案内するという楽しみもある。
神楽や神術では一歩先を行かれている手前、こうして少し先輩風を吹かせることのできる機会は琥珀にとっても貴重であった。琥珀もやはりお年頃なのだ。
そういうわけで二人お揃いの着物でいざ出発。
既製品に琥珀が手を加えて色違いにした着物は爽やかな薄緑色を基調にしつつ、奏水には水色、琥珀には桜色が差し込まれてそれぞれの雰囲気にぴったり合っている。
そんな風だからすれ違う人たちも「お付き合いしているのかな……?」という目で見てくるが、残念なことに無意識両想いカップルの二人は気付いていない。神楽で知名度が上がっただけと思っている。
そういうわけで道中の雑談もかなりゆるく―
「そういえばさ、学院の音楽の授業って何するの?」
「ええと、正しくは音楽の授業というものがなく、教養全般の一環としてわらべ唄を歌ったり、お琴を弾いたりとかはありますね」
「わらべ唄の伴奏は?」
「伴奏はないことがほとんどですよ。まあ最近外来した例のピアノとかいうやつを弾く先生も国に数人いるようです。うちの学院にもいましたが授業で会ったことはありませんね」
「へー、じゃあ私たちの音楽は画期的とも言えたわけだ」
「それはもう天地がひっくり返る騒ぎですよ。奏水は理解していないかもしれませんが」
「うん、してない!」
「でしょうね」
なんとも気の抜ける会話だ。
今まさに歩いている街では奏水の作った音楽で熱狂が巻き起こっているとも思わず呑気に散歩にいそしんでいる。(ブームの範囲はもうちょっと狭いと思っていた。)
「まあ私からすると元の世界でやってたことを華仙に合わせて改良しただけだからね。世界の違い、文化の違い、風習の違い、そして歴史の違い」
「その通りです。お互い当たり前と思っていることが通じないなんてのはざらにあるでしょう。……ところで奏水は一体西暦何年の世界から来たのです?」
「あ、言ってなかったっけ。西暦2025年だよ」
「…………いざ知ると怖れが先立ちますね。まさかそんなにも先とは……」
「え、じゃあここは?」
「西暦一八九〇年です。奏水の世界より一三〇年ほど昔です」
「いや、まあわかっちゃいたけど一世紀以上の差はあるよね」
それにしても一世紀経てばスマホは必需品になり、飛行機も新幹線も当然のインフラになり、電気水道ガスなんかも通っていて当たり前の世界になるのだ。人類の進歩は末恐ろしい。
音楽だって俗に言う歌謡曲の起こりは1920年代なのでまだ先だ。そこから現代のポップスに至り、サブスクリプションサービスが始まるのなんて更に90年ほど先のこと。
奏水の音楽の基盤になっているDTMだって登場したのは1990年前後、それまでは音楽をやろうとしたらミュージシャンと組んで演奏するしかなかったのだ。当然一人で完成まで持っていって動画サイトに上げるなんてことは不可。
そんな時代の差に恐怖も多少は抱きつつ、それ以上に興味が勝った。
歴史の授業でわずかに触れる程度の時代はいったいどんな世界を伴っていたのか。そしてそれを知るための絶好のロケーションは今目の前にあるわけで―
「ねえ琥珀、カフェに行く前に寄り道したい」
「いいですよ。どんなお店にします?」
「うーん、この時代で最先端を行っている製品を扱う店がいい。高価でもいいから、最新の技術を使った製品が置いてある店」
「わかりましたよ。じゃあ知ってる店があるので行きましょう。この先の道中なので寄り道にはぴったりです」
「やった!」
19世紀の最新技術とはいかなるものか。
そんな知的好奇心が湧くほどに奏水はこの世界に順応していた。




