幼馴染という存在
「あ…………」
「ん、外したね」
朝から琥珀は和ギターの練習に励んでいた。
いよいよ二人のデビュー曲である『いろはさくら』の琴パートを演奏してみようとしたところ、これまでの練習のように上手く弾けず琥珀は落ち込んでいた。
まだ歌ってすらいないのに演奏だけでこの始末。
音は頻繁に外すし、それどこから指が空を切って弦に触れないなんてミスまで。それなりに練習してきて自信があったのにこの有様。正直ショックだった。
奏水が来てからずいぶん調子が良かった琥珀、久々の失敗続きでとうとう床に座り込んで綺麗な顔立ちを歪めてしまいそうになっている。
「奏水……わたしはやっぱりだめな子なんでしょうか……」
「いやいや。まだ一回目だから。すぐ弾けたらそれはもう異常事態だから。誰でもこれくらい失敗するから。大丈夫だよ」
「はい……でも、もうちょっと弾けると思ってたので……」
早速危惧していた事態が出てきて顔をしかめる奏水。
ギターを持たせるのは早すぎたか?と一瞬判断ミスを考えるが、琥珀の実力であればもう少しの練習で一曲完成させるまでは問題ないと改めて判断する。
ミスの原因は緊張感もあるだろうし、力が入り過ぎて姿勢が前のめりになってしまうことで重心が崩れたという理由もありそうだ。あとは単純にピッキング練習の手数。
ゆえにこれは少しの指導・練習と実際の場数で解決する問題だ。
大抵のミュージシャンなんぞ初めはステージに立ってミスりまくって、でも度胸を付けながら成長するものだと奏水は思っている。(あくまで奏水の見解になります。ミュージシャンの皆様からの苦情はご遠慮ください。)
しかし肝心の相棒はその辺りでシビアな自己批評をお持ちのようで―
「うぅ……これでは奏水の足を引っ張ってしまいます……」
「いやいやそんなことない。琥珀は短い期間でよくここまで上達したよ。私の予想よりずっと早い。琥珀はすごい。そのすごさが羽ばたく前の跳躍準備をしている最中なんだよ。だからしっかり溜めて我慢して一気にばーって解放する日は近いよ。私が保証する。琥珀はすごい。私の相棒に相応しい」
「そ、そうですか……? うん、そう、かも……いや、でも……」
あちゃあ、完全に落ち込みモードに入っちゃった。
しかし幸いなことに今日はこの後学院訪問の予定だ。
そこで懐かしい校舎などを見たり恩師に会ったりすれば元気を取り戻すだろう。リセット、リフレッシュ、リラックス。ミュージシャン一条奏水の唱える三大Rである。
というわけで一旦練習はやめ。
二人で出掛ける準備をして、今日は奏水のおごりでお昼ご飯を食べるのだ。以前街に出て美味しかった海鮮の店に行って丼を食べる。食事は気持ちを上向きにするのだ。
外へ出て新鮮な空気を吸って、大洲宮の閉じられた空間から街に出て世界の広がりを感じれば心も少しは晴れるというもの。
奏水と琥珀、お揃いで買った髪飾りを付けて街を歩けばデートのようで二人とも心が上向きになる。琥珀はミディアムヘアだが奏水はポニーテールなので、そのゴムは琥珀から贈られたものを使っている。もはや完全に熱愛カップルなのだが奏水にそこまでの認識はない。琥珀は結構どきどきしているが奏水はそこまででもなかった。
そういうわけで端から見たらお似合いのカップル感を醸しながら学院までの道を歩く。大洲宮からは徒歩で四十分ほど、長い道のりだがその真ん中手前あたりに目的の店はあって―
「すいませーん、二名なんですがー」
その声に反応した店員さんが奥から出てくる。
ただ、そこで店員さんがはっと目を見開いて、奏水の隣に立っている琥珀を捉えて―
「わっ……琥珀?」
「千寿? ……このお店で働いていたのですか?」
知り合いのようだった。
呼び捨てで話をしていることもあって奏水は非常に気になったが、ひとまず席に案内されたところでお水を受け取り、そこで質問を投げてみた。
「えっと、店員さんは琥珀とお知り合いで?」
この前一人で来た時も接客してくれた店員さんは同年代に見えていたが、まさか琥珀の知人だったとは。世界は狭いのだなあ。
「はい。琥珀の幼馴染の印南千寿といいます。えっと、一条奏水さん、ですよね?」
「そうです。琥珀の番をやらせてもらってます。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ!」
「奏水、千寿はわたしの初等学院よりも前からの幼馴染です。家が近くて、初等学院も高等学院も同じだったのですよ。わたしと同じく高等学院に入る際に家を出た子なのです」
「へー、じゃあ琥珀のこと、詳しいんですね」
「ま、まあ……そうなります」
長い黒髪をハーフアップに纏めた千寿という少女は可愛らしさもありつつ、少し鼻が高いこともあってこの国では少し浮いて見える容姿だった。
「千寿、この店で働いてたの今知りました」
「うん。巫女を目指すには人々の暮らしも学ばなきゃって思って。週に三回、ここでお仕事させてもらってる」
「すごいです! 千寿、成長したんですね」
なるほど、彼女も巫女候補だったのか。
琥珀と知り合いで付き合いが長いとなればお嬢様、しかも頭は良いのだろう。そういえば大洲宮での神楽の時にこんな顔を見たような気がしなくもない。まあ巫女候補なんて百人以上いるから遭遇していなくてもおかしくはない。
「それより琥珀、この前の神楽も神術も見たよ」
「ほんとですか? でもまだまだ苦手なことも多くて苦戦ばかりです。神楽も色々練習してるんですが、失敗が多くて落ち込んじゃって……」
「仕方ないよ。失敗することだってある。人間だもの。無理しないでね」
「はい。だけど奏水がいるので頑張らなきゃって思ってます」
「うん。でも身体も心も大事にね。人間できないこともあるから」
という具合で琥珀・千寿間で会話が進んで奏水は置いていかれ、とりあえず水を飲みながら二人の様子を見ていた。
琥珀が自然体で話をしているのを見るに親交はやはり深く、名前を呼び捨てで呼び合う関係というのにはちょっとライバル心が湧いてきた。負けないぞ。
その後、料理を待っている間に話を聞くとやはり学院時代に成績で一二を争っていた相手のようで、いわゆる切磋琢磨する関係というやつだ。なんか格好良いな。
琥珀の学生時代をよく知る相手という意味ではもっと話を聞きたかったのだが仕事中に邪魔するわけにもいかず、琥珀が語る話をぼんやりと聞いている奏水だった。
「千寿はですね、色々な分野に通じていて学院では博識として知られていたんです」
「はえー、有名人だね。人気あったんだ」
「下級生から告白されたこともあるとか」
「学院の華、格好良いね」
「でも勉学と神術ではわたしが上でした! 試験の成績、毎回わたしが学年一位で千寿が二位。これは揺るがぬ事実です。ふふん」
「しかし気を抜けば背後から魔の手が……」
「ですね。いつ追い抜かされてもおかしくない状況でした。巫女候補になったのも頷けますね。神術はまだまだですが、知性を活かした分野においては大洲宮でも随一です。巫女になった時の統治の才能はかなり高いでしょう」
「民が望む統治者になれる才能、素晴らしい」
やはり彼女もライバルとしてしっかり補足しておくべきか……と考えていたところで、お目当ての海鮮丼が届けられ―
「はい、お待たせしました。二粋海鮮丼です」
「わーい!」
「うん、美味しそうですね!」
二粋は華仙の周縁部を構成する地域のひとつで、比較的寒冷な気候で獲れる海の幸は人気が高く、こうして大洲宮付近まで輸送されてくることが多い。歓楽街の料亭なんかも御用達だ。ちなみに輸送には水属性の神力を活かした低温輸送車が使われている。神力は便利なのだ。
そして届いた海鮮丼はマグロにブリ、カンパチ、海老、いくらまで揃った豪華五種盛りで奏水は目をキラキラさせている。一人暮らしの自炊生活ではありつけないご馳走だ。
ぱくりと一口。
マグロの赤身の芳醇さ、そこに絡む醤油の絶妙な甘さ、それらを包み込む炊き立て白米の包容力に頬が落ちる。ブリ、カンパチ辺りの赤魚も素晴らしいが、海老の甘みと優しくとろける舌触りにぞっこんだ。いくらのプチプチ食感もアクセントになる。
うまい。やばい。華仙最高。
奏水の語彙力は偏差値20まで低下していた。
「奏水、美味しそうに食べますね。わたしも家で海鮮料理を作りたくなってきました」
「こはくのもちゃべてみひゃいっ」
「こら、食べながら喋らない」
「ひゃいっ」
結局奏水は食べ切るまで偏差値が下がったまま戻らなかった。




