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学院と恩師

奏水はその存在感に圧倒された。


大きくはないし広くもない敷地に建物。

しかしその建築から漂う和の伝統と外来の最新様式の融合が見る者の目を奪い、なにか神聖なものすら感じさせる。これが学び舎だと言われなければ観光地かとすら勘違いしてしまいそう。


美しく、荘厳で、圧巻。

それが琥珀が通った国立華峰高等学院の外観だった。


そんな奏水とは正反対に慣れた様子で門をくぐった琥珀は校庭の端っこの通用路をするりと抜け、校舎の入口へとすたすた向かう。校庭では徒競走の授業をしている少女たちが三十人かそこいら。多分あれが一クラス分だろう。


自分にも体育の授業を受けていた時代があったことを思い出す奏水。運動は苦手なので良い思い出はないが、この校庭の比較的和やかな雰囲気は現代日本よりも安心感があるというか、結果ばかり求める日本教育とは違って運動を身近に感じさせようという目的が外からでも見える。正直、羨ましい。


そのまま来客用玄関に入ると事務員らしき人が案内してくれるので校内へ。

中は木組みの和風な雰囲気も見せているが、教室方面へ向かうと洋風建築が増えてきて、「奏水の通っていた小学校中学校の一時代古いバージョン」といった様相を呈す。


この和洋折衷のバランスも面白くしげしげと眺めてしまう。

そうしているうちに応接室へ通され、琥珀と一緒に数分待っていると妙齢の優しそうな女性が入ってきて―


「わっ、奥畑(おくはた)先生! お久しぶりです!」

「あら、水蓮寺さん。すっかり立派になって……二年も経つと子供は変わるわねえ」

「そうでもないですよ。わたしはまだまだです」


この奥畑先生という人が高等学院の三年間琥珀を見てきた恩師であった。丸眼鏡の奥は柔らかな瞳を見せているが、妙齢の教師特有の重圧感というか年齢がもたらす説得力みたいなものを感じさせ、恐らく優しいだけではないのだろと推察する。


「というわけで奏水、こちらが恩師の奥畑先生です。数学や政治経済の分野で教鞭を執られて三十年以上のすごい方ですよ」

「初めまして。大洲宮で水蓮寺さんの番をしております、一条奏水と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします!」

「一条さんね。こちらこそよろしく。水蓮寺さんの番というから理知的で礼儀正しい子なのだろうと思っていたらその通りで安心だわぁ」

「ですよね。わたしの自慢の番です」


人付き合いに疎いぼっち界のカリスマ・一条奏水でもファーストコンタクトは上々。これならば上手く話が聞けそうである。ついでに琥珀が自慢の番と言ってくれて嬉しい。


そこからは和やかに話が進んだ。

琥珀の学生時代の雰囲気とか、授業態度とか、あるいは写真を見せてもらって奏水が歓喜しながら食い入るように見たりとか、それはもう和やかに。


先生もやはり教え子から巫女候補が出たこともあって琥珀のことをかなり気に掛けており、近頃の神楽についても情報を得ていたようだった。なので逆に大洲宮のことを聞き返されたり、奏水が琥珀の才能や実力を誉め称えて先生を安心させるなどした。琥珀は顔を薄く染めて恥ずかしそうにしていたが可愛かったので良しとする。


「先生、琥珀はやはり優秀な生徒だったのですか? 学業成績は非常に良かったという話を本人から聞いたのですが」

「ええ、それはもうね。入学から卒業まで学年首席を通し続けた我が校きっての才女ですよ。他の教師も皆、水蓮寺さんの動向には注目していましたし、これは大洲宮にも行けるのではという期待はありましたね」

「もう……先生はわたしを過大評価しすぎです……」

「でも実際に行けたじゃないの。それが何よりの証拠よ」

「いやあ、こんな欠点が多いわたしなんかを選んだ大洲宮がちょっと甘いんじゃないかとすら思いますけどね」

「あら、そう思ってたら勘違いよ。水蓮寺さんはとても優秀だもの」

「うーん……まあ先生が仰るならそうなのかも……」


また出た。琥珀の自己評価。

恩師を前にしてなお自らの欠点にフォーカスするとは一体どういう思考なのか。謙遜にしては卑下が過ぎている。恩師の褒め言葉を素直に受け取らないのも不自然だ。


「まあ水蓮寺さんはご両親が有名な教師ですから、周りからその子供として注目されていたのは確かでしょう。重圧や緊張感といったものは付き纏うでしょうし、そこが少しの欠点を際立たせてしまっていると思います」


なるほど。鋭い指摘だ。

周りからのプレッシャーが異常なほど強ければそこに完璧主義が生まれ、わずかなミスを許せなくなる。それが積もっていくと悲観的になる。自然な論理展開。


……っていうか有名な教師なんだね!? それは初めて知ったよ!?


「なにせ州立学院を飛び越していきなり国立学院の教師となったお二人です。この国で教鞭を執っている者なら一度は名前を聞くような有名人ですから」

「そ、そうなんですね。そんなに凄い方だとは知りませんでした……!」

「やはり教師間の繋がりや情報は非常に多くて濃度も高いですし、目立つ者がいれば自然と話題になりますね。生徒にも伝わってしまうほどに」


ふむふむ。有益な情報だ。

そこまで名の知れた教師の子供、いわゆる生まれながらの神童であることが求められたのが琥珀。そのプレッシャー、ネグレクト育ちの奏水には決して味わえないものだ。


そこでもっと話を聞こうとして―


「あら、水蓮寺さん。そろそろ時間ですわね」

「本当だ。……じゃあ奏水、わたしは授業を見学してくるので先生とお話しして待っててください。あとなぜかわたしも生徒の前で話をするらしいです」

「なにせ大洲宮へ行った卒業生ですから。生徒たちにもその話を聞かせたいと教頭が言い出しましてね。琥珀さんには演説をお願いしたの」

「というわけで行ってきますね。あと、見られるのは恥ずかしいので奏水はぜーったいここで待っててください。間違っても来ちゃだめです」


フラグかな? 見てほしいのかな?

と思ったが多分本当に恥ずかしいだけなので大人しく従う奏水。


恩師と二人きり。少し話題に悩まなくはないが、聞きたいこと自体はあって―


「あの、先生に少し伺いたいことがあって」

「ええ、守秘義務に反しない範囲でお答えしますよ」


琥珀本人の話なら十分聞けるだろう。

そう思って気になっていたことを問いかけてみる。


「琥珀の成績、すごく良かったんですよね。それこそ学年首席になるくらい」

「そうですよ。……ここだけの話、水蓮寺さんの試験の成績は平均点が九十五点を超えるのが当たり前でした。最高で九十九点まであったのですよ」


は? テストの平均点が九十点台後半?

いやいやそんなの天才でしょ。みんなが羨むって。


「でも水蓮寺さんは満足していませんでした。やはり両親の存在が大きかったのでしょう。わずか一、二問の間違いにも肩を落としていました。同級生も疑問に思うほどの落ち込みようでした」


そうか。そのプレッシャーはそんなにも大きかったのか。


……でも本人の話だと両親は良い人だと言っていた。悪い結果が出たら分析して克服を手伝ってくれるという。ならば数問のミス程度彼女たちは怒りもしないし、むしろ子供の能力を伸ばすためにやる気を出したはずだ。少なくとも教師という職業に就くのなら、子供の力を伸ばしたいというポジティブな感情はあるはず。


なのにそこまで落ち込む? どうして?

教育好きの天才教師である両親をむしろ喜ばせるのでは?


そうやってうんうんと唸っていると先生が口を開いて―


「一条さんは水蓮寺さんの態度が気になるのですか?」

「ええ、異様に落ち込むというのは不思議ですし、落ち込んでいる様子を見るのも辛いです」

「そうですよね。私よりも身近で水蓮寺さんと接している貴女には大事な問題でしょう。大洲宮には学院以上の困難もあるはずです」


その通りだった。

教え子への理解の深い恩師に頭が上がらない。


「なので私としては一条さんには水蓮寺さんを支えてほしいのです。印南さんのように、寄り添ってあげてほしいのです」

「……えっと、幼馴染の印南千寿さんのことですよね?」

「そうです。初等学院時代から水蓮寺さんと一緒に過ごしていたと聞きます」


偶然にもさっき会った相手だ。やはり近しい間柄だったのだ。

ただ、恩師の次の台詞に奏水は疑問を覚えて―


「印南さんはとにかく落ち込む水蓮寺さんを慰めていました。教壇にもその言葉がよく聞こえてきましたよ。『できなくても仕方ないよ、落ち込まないで』とか『失敗は誰にもあるよ』とか、とにかく積極的に慰めていましたね」


……はて、何かが引っ掛かる。

上手く言葉にならない。しかし何かがおかしい。


「教師としては生徒間で支え合ってくれることは良いと思っていましたし。ですが、水蓮寺さんは交友関係が決して広くないので印南さんに依存している節がありました。水蓮寺さんを慰めれくれる人は印南さんくらいだったのです」


……


「水蓮寺さんはやはり有名教師の子供ということで周りから一定の距離を置かれていました。高嶺の花ではありませんが、やはり両親を含めた畏怖のような感情が生徒たちにあったのでしょう。教師は生徒からすれば恐怖の対象ですから」


……


「なので水蓮寺さんと仲良くなるのは本当に一部の成績優秀な子くらいで……そこに水蓮寺さんの元々の内気な性格が加わって、交友関係は狭いものでした」


……


「なので一条さんにはそれを取り払った本物の友人として水蓮寺さんを支えてもらえると嬉しいのです。……老いぼれ教師の勝手な願いですが」

「わかりました。琥珀は私が支えます。先生はご安心ください」

「……ありがとうねえ」


恩師の言葉を聞いている間、奏水の脳はそれを受け取りながらも猛烈な勢いで思考を回していた。微妙な違和感、その正体を探り当てるため。


そしてその正体に行きついたのは琥珀が戻ってきて、二人で大洲宮に戻る際中のことだった。

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