かなみすてりー
奏水は不思議だった。
琥珀という少女、あまりにもスペックが高すぎる。
学業、神術、教養、感性、容姿、あげく演奏能力まで全てがハイスペック。
本人は巫女候補になれるくらいまで勉強とお稽古に励んできたと言っているが、それにしたってなろうと思ってなれるほど巫女候補が甘くないことは奏水も知っている。
周囲の少女たちを話をする度、その知識や知性に触れる度に計り知れない未知の実力を感じる。もしこれが現代日本であれば偏差値70くらい余裕で越えている、むしろ80くらいあるのではという天才中の天才ばかりが揃っていると言えるだろう。
そんな環境で第一線を張る琥珀という少女が一体どのように育ったのか気になる。
それはもう気になる。好きなミュージシャンの使用機材くらい気になる。
とはいえ本人に聞いても謙遜するばかりだし、大洲宮に琥珀の来歴を詳しく知っている人間などいなかった。だがそれで諦める気はない。
奏水は二つのプランを用意して琥珀のバイオグラフィーを探ろうと決めた。
名付けて「探訪!カナミステリー」である。昔見ていたお宅探訪テレビ番組に引っ張られた。安直であった。
まず第一プランは既に手配を済ませている。
「琥珀の通ってた学院に興味があるなー、どんな所なんだろうなー、私も授業風景とか見てみたいなー」とそれっぽく口走ったところ、見事食いついた琥珀が「じゃあ一緒に行きましょう! 訪問させてくださいとお願いしてきます!」と話を進めてくれた。
これで当時の恩師などに話を聞けば琥珀がどんな学生生活を送ってきたかばっちり知ることが出来る。ついでに当時の写真なんかも見せてもらおうという魂胆である。
ちょろいもんだ。天才少女も番の前にはくそちょろガールである。
なお、琥珀の昔の写真を見たいと言い始めるあたり、既に友達以上恋人並みの執着を見せているわけだが、奏水本人はまだ自分の気持ちに気付いていない。鈍感であった。
続けて第二プランだが、本人ではなく周りの人間について尋ねるという手法を取ることにした。
自分のことは語りたがらない人間は一定数いるし、琥珀もそのタイプ。なれば周りの人間について語らせることで、自然な流れを作りながら本人についても聞き出せる。
例えば「へー、じゃあその人と仲良くなれるくらい琥珀は社交的だったんだね。友達ってどんな風に作ったの?」等である。なおこの例題自体が奏水のぼっちっぷりを表しているのだが本人は慣れているのでもう気にしていない。友達などいない。ぼっち最強! 一人で黙々と趣味に打ち込めるぼっちこそ人生の勝者!
そういうわけで和ギターレッスンの合間に雑談として話を振ることにした。なお、琥珀のギターは加速度的に精度を上げ、もうあと一週間弾き倒せば人前に出しても悪くはないというレベルまで来た。これもひとえに彼女の音楽センスと努力する才能の賜物である。奏水はとても頼もしくその演奏を聞いていた。
「そういえばさ、前から気になってたんだけど」
「はい。なんでしょう?」
「琥珀のご両親ってどんな人なの? 国立学院の教師なんだよね、やっぱり厳しかった?」
まずは両親の話題で攻める。
自然な話題の持ち出し方(当社比)である。
「うーん、そうですね。厳しいのですが、怒ったり不機嫌になったりはしません。あくまで冷静にわたしを評価して教え導く感じでした。悪い結果なら苦手な部分を分析して克服するように教えてくれましたし、良い結果なら更にそれを伸ばすように指導するという」
「へえ、ご両親も理知的というか聡明なんだね」
「そうですね。わたしもその影響は受けています。根底には冷静に合理的に、感情はあったとしても上手く操舵する。悪い影響は出さないようにする」
「ほえー、すごいなあ。勉強一家って感じ」
奏水からすると未知の家族世界である。
まあそもそも家族と過ごした経験など1か月にも満たないのだが。
「それでご両親は二人とも女性なんだよね? ……あっ、ていうかこの国は女性しかいないのか。そうだった、ごめん」
「いえいえ。わたしを産んだ方の親は文学性が秀でていて、文学も政治経済も国のことも色々教えてくれました。もう一人の親は数字とかに強くて、いち早く外来語の勉強なんかもしてましたね。たぶん奏水と『えいご』とやらで会話ができます」
「すごい。やっぱりご両親も才能に溢れている」
「そう、かもです。でも両親はわたしのこと全然褒めませんでしたね」
お、そこが気になる。
琥珀は中々自信が持てなくて番を失ってしまったという過去がある。そこに関わっているのはやはり両親か?
「それじゃあ寂しくない? 意欲も湧かなそう」
「うーん、でも両親はわたしにちゃんと期待して、それと同じくらい丁寧に導いてくれました。たぶん感情を出すのが下手なんです。だからこそ気が合って婚姻したのでしょう。あまり笑わないけど心は通じ合っているのがうちの両親です」
「いいね。心で繋がってる。私も琥珀とそういう関係になれるかな?」
「なれるはずです。ゆっくり良い関係を作りましょうね」
「うん」
なんとも良い親じゃないか。
子作りするだけして産んだら放置するどこぞのネグレクトカスとは大違いだ。琥珀、愛されて育ったんだね、と奏水は内心嬉し涙を流した。
「友達はいた? 一緒に遊んだりとか?」
「数人はいましたね。やっぱり優秀な子が多かったですよ。わたしが教師の子供だというのは知られていたので、お近づきになる子もそういう感じで」
「お嬢様の集まりか、なんか憧れちゃうな」
「といっても話すことは普通に勉強とか流行っている遊びとかでした。勉強の話もしますけど……色恋沙汰とかの方が多いですね。わたしは苦手でしたが……」
「琥珀は好きな人とか今までいたの?」
「いえ、いません、でした。昔は」
「今は?」
「ひみつです」
「えー」
琥珀は私ラブなのかな?とちょっと思っていた奏水。
肩透かしを食らって残念だがまあいい。
「学院の色恋沙汰ってどんな感じ? やっぱり同じ学院の美人さんとか?」
「そうですね。上級生に恋する子は多かったです。同級生でも背の高くてすらっとした美人さんは人気がありました。告白もされてたみたいですね」
「へー、でもお付き合いして婚姻するまでは時間掛かるよね?」
「はい。この国の婚姻は十六歳から。つまり高等学院を卒業した後でないとできません。同様に子を為すのも婚姻後からなので在学中に子供ができることはないですね」
「ちなみに子を為すのってどうやってするの?」
「…………奏水は直球ですね。はあ、まあいいです。ちゃんと手順がありまして、それに則ってまぐわうと身体の準備が整い、卵子同士が結合して子供ができます」
「ふーん、まあ私はしないだろうけど知識としては覚えておくよ」
「本当は高等学院で習う内容ですから、覚えておくのは大事ですね」
ふむ、思わぬ内容まで聞いてしまったと少し反省する奏水。
しかし気を取り直す。琥珀の過去を探るにはもう少し話が聞きたい。
「学生時代は家と学院の往復なの? お稽古とかは外で?」
「外へ行く時も、先生が家に来る時もありました。親や教師以外の大人と関わるので緊張しましたね。あとお稽古ごとの先生は厳しいので叱られることもありました。もちろん落ち込みましたけど……今となっては良い経験です」
「そっか。厳しいけどだからこそ巫女候補になれたんだもんね」
「はい。そして奏水とも出会えました。そのための代価としては安いでしょう。甘やかされるだけでは成長しない部分もあります」
そう言い切った琥珀は非常に穏やかな表情で、これまでの人生をしっかりと振り返って地続きに今を見ている。頼もしい。そして一人の人間として格好良い。
とはいえ琥珀の過去はまだ気になる。
どうしてそんなに自信を失くしてしまったのか。その答えはきっと学院にあるはずだから、上手く探し出してやろう。
琥珀の成長は目覚ましい。巫女への道は十分に開けている。
しかし、この先どんな挫折や苦難が訪れるかはわからない。そんな時に琥珀の抱えていた自信の無さや不安がまた襲ってくる可能性もある。
それで苦しむ姿を見るのは嫌だし、巫女になるためにもその欠点を克服してほしいと思っている。だからこそ原因を追究し、二人の力で道を切り拓くのだ。
そのために時間を割いて、琥珀に悟られないように上手く導いてやる。人付き合いは苦手な奏水だが、このミッションはなんとしても遂行しようと決意している。
というわけで明日の午後の学院訪問へ向けて知りたいこと・訊きたいことを脳内でまとめる。このチャンスを逃すわけにはいかない。
奏水のそんな思考を、琥珀は知らなかった。




