模擬戦前夜
高飛車少女こと伊集院花蘭との模擬戦を翌日に控えた夜。
水蓮寺家(無論実家ではなく大洲宮の中の住居)では緊張感に溢れる空気が漂っていた。ぴりぴりと痺れんばかりの静寂と呼吸音、向かい合う二人―奏水と琥珀の表情は真剣そのものだ。
全身の細胞が粟立つような感覚。集中力と緊迫感のせめぎ合い。
しかしそれを打ち崩すように琥珀の手から放たれる威圧感がその空間を一気に染め上げて均衡を崩し―
「…………」
「……!! 来ましたっ、月見で一杯!!」
「う……うぁぁああ!! 負けたぁぁぁ!!」
花札で遊んでいた。
決着は琥珀の一手。この五点が完全に勝負を決めた。
接戦を演じていた奏水は敗北の瞬間に大きく項垂れたかと思いきや悔しそうな声を上げ―
「くぅっ……私花札には少し自信あったのにぃっ……」
「ふっ、まだまだですね。しょーがっこーとやらで遊んだ程度の奏水がわたしに敵うわけがありません。当然の勝利です。ふふんっ!」
「師匠……これからは花札の師匠としてもよろしくお願いいたします……」
「いいでしょう。奏水を弟子にしてあげます」
模擬戦前夜、しかも負ければ巫女への道は閉ざされるも同然という大事な試合の前にもかかわらず花札で遊んでいられる程度には二人の仕上がりは上々だった。
琥珀は得意とする草属性の神術を存分に活かしながらその他の属性も使いこんで十分馴染ませている。これは奏水が後から聞いた話だが、実は神力の全属性を扱える万能神術使いであることは学院でも大洲宮でも伏せており、知っているのは両親くらいだという。奏水はそんな琥珀のことをクソヤバチート人間と理解した。敵に回してはいけないと深く悟った。
そして奏水は雷属性と水属性を重点的に仕上げ、そして奥義である強制攪乱の完成度もばっちり。琥珀も思わず拍手喝采で褒め称えるほどの範囲・速度・効力を兼ね備えた攪乱技にもはや二人の勝利は約束されたに近い状態であった。
そんなわけで呑気に遊びながら就寝時刻まで二人で一緒に過ごしているわけだ。
この二日間特訓漬けで趣味の曲制作もできていない奏水を見かねた琥珀が、たまには息抜きにと花札を持ち出してきたのである。(音楽に触れさせなかったのは夢中になって徹夜して寝坊する可能性が高かったからである。琥珀は奏水のそういう性質をすっかり見抜いていた。)
そんな感じで一戦終えて、休憩に温かいほうじ茶をすすりながら話題は奏水の元の世界の話に移り。
「そういえば奏水が花札を覚えたしょーがっこーというのが気になります」
「ああ、この国でいうところの初等学院のことだよ。六年間で勉学と運動の基礎を学ぶところ。その一環で昔の遊びにも触れようって授業があって花札をやったんだよね」
「へえ、花札が昔の遊びと言われるほど未来の世界なのですね。未来の遊びはどんなものか気になりますが、まあわたしの想像では計り知れないのでしょう」
「そうかも。私のパソコンの画面あるでしょ? あの中で人間とか物体とかが目まぐるしく動いて、手元のキーボードとかマウスみたいなもので操作して遊ぶんだよ」
テレビゲームを説明しろと言われればこれくらいしか形容できないのがもどかしい。まあ他にも遊びなんて山ほどあるわけだが、未来感があるのはやっぱりゲームだろう。
「はぁ……やっぱりわからないですね。実物が見たい……」
「じゃあ琥珀もいつか世界間を渡れるようになったら一緒に見に行こう」
「いや、そんなことできるの奏水くらいですから……」
そりゃあそうだ。
というか自分がなぜ異世界転移したのかも不明だが……まあその辺は追々探ればいいだろう。それに巫女になれば女神と接触できる。この世界について訊くこともできるはず。
結局のところ巫女を目指すという道は変わらない。
その進路というか将来設計については琥珀も少々気になっていて―
「それで奏水はこの先巫女になったらこのまま華仙で生きるつもりですか?」
「うん。元の世界に帰る方法ないし。あと琥珀と一緒に暮らしたいし」
「…………っ! そ、そうですね。わたしも奏水と暮らせたら楽しい日々になりそうです」
「ん? 今なんか私のことを無限に遊べる玩具みたいな扱いしなかった?」
「し、してませんっ、断じてしてませんっ」
ちょっと慌ててるあたり半分くらいは思ってそうだった。
でもまったく悪い気はしなくて。
「……ならいいや。ま、琥珀の玩具になる人生もそれはそれでいいかもね」
「…………へ?」
「琥珀のために色々頑張るのも、自分のためにあれこれ頑張るのも、どっちも好きだからね。琥珀が一緒だったら仕事も頑張れそう。巫女になったら地域の統括とかするんでしょ?」
「え、ええ。やることは多いですね、実地で見回ったりもするようですし」
「外出はあんまり好きじゃないけど琥珀とデートだと思えばいいかな」
「でーと?」
「二人で仲良く出かけていちゃいちゃすることだよ」
「……っ! い、いちゃいちゃって、それはっ、その……!」
「わっ、顔赤くしちゃってるの可愛い! 琥珀もお年頃だね」
「っっ~~!!」
白い肌が紅潮して綺麗に染まっていく様子が可愛らしいし微笑ましいし、奏水は思わずその表情に見入ってしまう。やっぱり可愛い女の子は照れてる時の顔も可愛いな。自分とは違うしなんかドキドキするし。普段キリッとしてる時とのギャップもあるし。
人付き合いをまともにしてこなかった(できなかった)奏水からすると身近な存在がこうしてドギマギしている様子を見るなんてのは初めてで、なんだか見ている側まで胸が高鳴る。
そういえば琥珀の容姿はすごく綺麗だなって初めて会った時から思ってたし、これは映画の中だったら恋に落ちちゃうよな、なんて思ったり。でも今は現実だから夢想は横に置いておくとして。
ただ、琥珀の頬の紅潮がいつまで経っても収まらないのが不思議で―
(ん? そんなにドキドキした? 女の子同士のデートってアニメや漫画の中だったらよくある話だよね? もしかして色恋沙汰は苦手なのかな、だとしたらもっと可愛いなあ)
なんて呑気に考えていた奏水は、自分の中に芽生えつつあった琥珀への感情がまだ友情と友愛に覆い隠されていたためにその本当の姿に気付いておらず、ましてや目の前の琥珀がその心中にまごうことなき恋心を抱えていることなど気付くはずもなかった。
だから琥珀がすたすたと背を向けて台所へ向かってしまっても、その背中を見ながら「これって照れ隠しだ! ドラマで見たやつ!」なんて思ったりしていた。どこまでも鈍感なのだった。
―――
奏水は本当になんなんでしょうか……
わたしはどきどきして顔が熱くなって変になっちゃいそうなのに、あんな平気な顔をしてこっちを見てきて、わたしの気持ちなんて全然気付いていないみたいで……
はあ、洗い物してるのに頭がぼーっとして考え事ばっかりしちゃいます。
これはもうぜんぶ奏水のせいで、わたしが奏水を好きなせいで。
そうです。わたしは出会った時から奏水に惹かれていました。
凛々しいけど幼い感じもあって可愛らしい子だと思いました。見慣れない服装をしていても、河原で行き倒れているところを観察した後だったとしても、それでも悪い印象はありませんでした。
話してみたらもっと心配になって、とりあえずなんとかしなきゃって家に連れて帰って、この先どうしようって悩んでたけど接してみたらすごく良い子で、なんでかわからないけど一緒にいたいと思いました。当時はたぶんひとりきりが辛くて、都合の良い子が現れたと思っていた気がします。
でも一晩お話しして優しく強い子だって知ってもっと気になって、このままわたしの側に置いておきたいと思ってしまって。そうしたら奏水から番になりたいって言ってくれて。もう舞い上がりそうで、一緒に暮らしたら楽しくて、わたしに巫女への道を見せてくれて、手を取って歩んでくれて、いつの間にか奏水への気持ちは友愛であり親愛であり恋愛でもあることを自覚しました。
……奏水は、きっと友愛しか抱いていないでしょう。
でも、それでも構いません。奏水は鈍感だから、まだ自分の気持ちにちゃんと気付けていないだけだから。
だって、ただの他人だったわたしにこんなに優しくしてくれる理由はひとつしかありません。心の一番奥底にわたしへの好意があるから。わたしを好きだと思う気持ちがあるから。
だから迷いませんし諦める必要もありません。
もっと長い時間を一緒に過ごして、信頼を深めていって、きっとその先にはわたしたちの関係が大きく進む瞬間があるはずです。それがいつかはまだわかりません。でも……そうでしょうね、例えば本当に巫女になれた時とか、かも。
わたしにはわかります。絶対に奏水はわたしのことが好きです。とっても大好きです。生涯を捧げようと思っちゃうくらい大好きです。これは絶対です。間違いありません。
だから、恋人になれるまでの、生涯を誓い合う関係になれるまでの時間を、今はゆっくり楽しみます。これが恋愛の醍醐味だって誰かが言ってました。
さて、まずは明日の模擬戦を無事に成功させて、そうしたらもう一歩踏み出してみましょう。
たとえば一緒の布団で寝るとか。……うん、いいですね。
奏水、明日はとっても期待してます!




