琥珀先生の特別指導 其の二
「では奏水、今日はもう一個上の段階へ進みます」
「はい、師匠!」
中央宮殿第三層の訓練室。すっかり馴染みの場所になったそこに奏水と琥珀は揃ってやって来ていた。この世界に来て一か月半程度の奏水にもこの場所は完全にホームと化していた、
大洲宮での初神楽もといフリーライブ開催からまだ二十四時間も過ぎない中、どうしてこんなやる気満点で訓練室を三時間も予約したのかというと、発端は昨晩に遡る。
大喝采を受けて演奏を終え、客が去っていく神楽堂で機材の撤収と反省会を開いてたところに件の高飛車少女がやって来たのが始まりだった。
なにやら少し落ち込んでいるような、しかしそれでも自信はありそうというか、なんとも不思議なオーラを纏いながらずんずんと歩み寄ってきた彼女は、撤収後で少し気が抜けていた二人を前にこう言い放ったのだった。
「おほほ~! 落第生と捨て子の残念な番にしてはまあまあの出来でしたわねぇ~!! しかしわたくしの肥えた耳を満足させるには至りませんでしたわねっ、わたくしは普段から両親と共に数多の神社を訪ねて本物の雅楽を山ほど聴いておりますのっ、その耳は贋作では騙せませんわよ~!」
とは言うものの、一曲目からお口ぽかーんで唖然としながら目をまん丸くしていた様子は奏水も琥珀も確認済みだし、二曲目で抑え切れずに身体を揺らしているところも目撃している。
まあ大方そのプライドを傷つけられたショックを悟られないためのビッグマウスなのだと理解した。彼女には残念だが二人のメンタルは相当強くなっていた。
「ま、まあ? 神楽がいかに上達しようが神術の腕がなければ巫女など到底なれませんわよっ~! 落ちこぼれと未経験の貴女方には難しいでしょうねそうでしょうねっ、おほほっ~!」
その台詞に奏水はにやっと笑った。琥珀も内心ほくそ笑んだ。
完全に狙い通り。こちらの計画の通りに動いてくれる本物の馬鹿を前に興奮が止まらない。
だから奏水は提案した。
「では伊集院さん、私たちと模擬戦などいかがですか?」
「はぁ? 落第生がわたくしの相手になるはずがありませんのっ、無駄ですわねぇ~!」
「ですが落第生を完膚なきまでに打ち倒せばもう巫女候補など名乗れませんし、我々は大洲宮から出ていかねばならないでしょうね。その方が伊集院さんには好都合では?」
「…………そうですわね。ええ、そうですわっ!! 貴女方を生ごみのごとく地べたに這いつくばらせれば気持ちいいでしょうねぇっ、よろしいですわっ、模擬戦ですのっ~!」
「ええ、では三日後の正午などいかがです? 模擬戦の会場はこちらでご用意します」
「あら気が利くじゃないの捨て子さんっ! では乗ってさしあげますわ、おほほっ~!」
……というわけだ。
これで高飛車性悪産業廃棄物をぶっ潰せばメンツも丸つぶれで赤っ恥。大洲宮から出ていくのはあちらである。なお、琥珀も乗り気である。
なのでその模擬戦に向けて最後の追い込み。
琥珀師匠による三日間の最終特訓が始まろうとしていた。
これまでで基礎も応用も、他者への行使も自身への行使もマスターしている奏水。
なれば残るは実戦。しかも一流の巫女候補である琥珀を相手に、だ。
しかし奏水は案外余裕そうというか、あっけからんとしていて。
(まあ、もう勝ち筋はあるっていうか、一撃必殺の用意はあるんだけど……神術自体でも圧倒してこそプライドはへし折れる。とびきりの最終兵器は最後で出せばいい)
神術ではない最終兵器とはなんぞや?という疑問は琥珀も抱いたのだが、話を聞いて大方納得したというか、別にルール違反ではないので自由にさせることにした。
なので琥珀の役目は神術を鍛え上げて圧勝し、その上で奏水に最終兵器を使わせることである。……まあどっちにしろ奏水を一流に育て上げることには違いはない。
というわけで二人で数メートルの距離を置いて向かい合い、今日の特訓内容を相談しながら進めている中で―
シュッ――!!
「……っ!?」
「あら、防がれちゃいました。不意打ちしたのに」
全くの不意打ち、なんの予備動作もないところから琥珀が放った草属性の手裏剣が奏水に直撃し― いや、奏水の全身を覆う水膜に直撃して弾き返された。
「いや、突然それはダメでしょ……」
「え? 戦いは一瞬も気が抜けませんよ? 不意打ちでやられたら格好悪いです。奏水はもっと集中してください。今の慄き方も弱そうに見えてだめです。動揺は敵です。冷静に」
「はい……師匠……」
ちょっとスパルタでは? と思う奏水だったが、有象無象数多の神術怪獣(巫女候補)が跋扈する大洲宮の模擬戦で油断は命取り。琥珀が仕向けたノーモーションからの攻撃行為など通常営業だ。
なので身体を覆う保護の神術行使は常時展開が基本。そこをどう打ち破るかが腕の見せ所である。
奏水は基本雷属性と水属性で立ち回るから鋼属性や炎属性のように大振りではない。細かく動いてスピーディに隙を狙える。背が低いので単純に小回りも利く。
神力の保有量と質は大洲宮トップクラスなので脳筋プレイで攻めることもできるが、それは逆に隙を晒すことになるのでご法度。本当に安全を確保できるのなら構わないという程度だ。逆に力押しには弱いので、受けて耐えるより避けて反撃。
つまり鍛えるべきはパワー型相手の回避精度向上、そしてスピード型の相手に隙を作らせる頭脳派の立ち回り。
「伊集院さんは炎属性の強者ですので奏水の水属性で受けきれますが、躱すに越したことはないですね。番の方は……名前を忘れましたが、補完するように水属性ですばしっこい感じです」
「じゃあまさに今挙げた両方が必要なんですね」
「そうです。というわけでわたしが炎属性、神力人形に水属性を担当してもらって模擬戦です」
「え!? 二対一!?」
「はい。奏水を育てるためですから黙って受け入れてください。じゃあいきます」
「えぇっ!? ま、待ってっ、ちょっ!!」
前方から炎が吹き出てくる。まるで巨大噴射機の正面に立たされたような圧迫感に震えながら、雷属性のエネルギーで強化した足裏を一気に蹴って右へ飛び出すように逃げる。その先には神力人形が放った氷の矢が置かれているのに気付いて咄嗟に障壁を出す。減衰させながら高圧電流で氷と溶かせば矢はただの水に戻る。
それを見てこちらも反撃の矢を放つ。水と雷、両方を複雑に織り交ぜて属性を読みづらい神術で敵を惑わせる。運よく相手の苦手な属性の矢が当たれば儲けものだ。
しかし甘くない。神力人形は放射状に広がったの矢をすばしっこく躱してしまうし、琥珀は草属性の葉っぱを模した盾であっさり受ける。これではダメ。
じゃあ今度は天井付近に打ち上げた雨雲から雷撃を連続で落とす。広範囲を捉える雷属性の神術は奏水の得意技だ。雲は水からできる、そしてそこから雷という名の放電現象、水と雷を両方扱う奏水だからこそ為せる技。
しかしそれも効かない。琥珀の草属性の盾は地面まで伸びて土という名の絶縁体に呑まれる。神力人形は真水という絶縁体を使いこなして雷撃をあっけなく吸収する。
(ここから、どうすればいい……?)
考える間にも怒涛の神術が奏水を襲う。
琥珀は数多の属性を使いこなして弱点を突こうと仕掛けてくるし、それは単純な神力の顕現ではなく刀や斧、矢に手裏剣など殺傷力を備える物体化した神力の塊として襲い来るから本来は当たれば怪我どころの話ではない。水膜保護のお陰で怪我程度で済むのだろうけど。
神力人形は人形だからこその予測不能な動きで翻弄しながら水撃、そして水を凍らせた氷の刃で応戦してくる。人間と違って動きの予備動作や手、腕、足といった身体の反応が読み取れない分、次の行動も予測ができないから厄介。下手すればそこら辺の巫女候補よりも手強い。
必死に躱す。ささやかな反撃も精々攻撃動作を止める一秒未満の邪魔にしかならない。
根本的な解決には? その攻撃の手を完全に止めさせるには?
その答えはやはり既にあって、ただ実戦で使うのはこれが初めてで―
「…………これでっ!!」
「っ……!」
奏水が放ったのは無色透明の目に見えない波。
けれど神力の感触は確かにあるから巫女候補であればその波の形もスピードも気配もわかる。そして、それは躱さなければならないのに躱せないという非常さを秘めていることもわかってしまう。
半円状に広がった波。一滴の水が水面に広がっていくような波。
ただその速度が異常だった。もはや音波と同等の速度で、目に見えたとて認識したとて、躱さねばという意識が生まれる前にその波は届いてしまう。その波の秘めたる力は―
「えっ、そん、なぁ――!!」
「―――、――、――――!!」
琥珀と神力人形の動きが同時に止まる。それは数秒だが、その間確かに彼女たちを包んでいたはずの神力は霧散していて、無論奏水がその隙を見逃すはずはなくて―
「そらぁあぁっ――!!」
この瞬間、琥珀の身に起きたのは神力の循環不良。
身体中を血液のように流れていたはずの、自由自在に扱えたはずの、そして思うままに顕現させることができたはずの神力が、一瞬だけその動きを止めた。
神術使いにとって致命的な瞬間、そしてその衝撃は本来の停止期間以上に彼女の動きを止める。動揺、混乱、再循環までのクールタイム。それが奏水にとっては最大のチャンスで―
「いけぇっ――!!」
そして奏水が放ったのは雷属性と水属性を混ぜ合わせた渾身の一撃。
しかもただ混ぜ合わせただけではない。わざと不純物の混じった水に雷属性を付与した大きな水の波。絶縁体としての機能を失った水は電気を通し、人間をいとも容易く感電させる恐怖の水流が琥珀と神力人形に肉薄し―
「――っ、ま、間に合っ、ぁぁ――!!」
「……―――……!!」
両者が必死に展開した草属性と水属性の障壁はわずかに間に合わず、感電水流が手足を飲み込み。
「はっ、はぁっ……」
共に力尽きて膝をついた。
そしてその様子を見届けた奏水もまたへろへろと床にへたり込み。
「か、勝ったぁっ……」
奏水が琥珀から指導された技。
無色透明の波の正体は神力の循環を乱す強制攪乱。あらゆる神術使いの弱点を等しく突く、華仙で最高峰の難易度を誇る神術のひとつだ。無論容易に習得できるものではないし、教えた側の琥珀だってほんの少し実践できたことがある程度だった。
ゆえにたいへん驚いており―
「かっ、奏水……まさか強制攪乱をこの精度で使えるようになるとは……これではわたしよりも数枚上手です、師匠の威厳がありません……もはや弟子入りするべきでしょうか……」
「いやいや琥珀は師匠だからね!? この先に何があっても私の師匠だから!」
「そうですか……にしても頼りない師匠です。あっさり負けてしまいました……」
「いやいや全然あっさりじゃなかったよ!? すんごい苦戦したけど!?」
正座で痺れた時みたいに微妙にびりびりする手足を気遣いながら琥珀が告げれば、神力人形は黙りこくって動きを止め、奏水は全力でツッコミを入れ。
なんとも腑抜けたオチがついたところで模擬戦第一回は幕を終えたのだった。




