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戦い、そして復讐

中央宮殿第四層、競技場で二組の少女たちが向き合っていた。


もちろん一方は奏水と琥珀。

服装は神楽披露の時と同じ着物なのだが、全身から静かに放たれる冷たいオーラは普段のそれとは違っている。琥珀も奏水も元々顔立ちとしては幼い方になるが、それを掻き消すほどの鋭い眼光、しかしそれでいて感情的にならない冷静さを孕んだ視線が前方へと突き刺さる。


そして相対するのは高飛車少女・伊集院花蘭とその番である侍女。

向こうは向こうで勝算があるのかそれとも相手にもならないと見下しているだけなのかは知らないが自然体そのものであり、まるで今から模擬戦を始めようという態度ではなかった。花蘭に至っては微笑みながら髪型を弄っているほどの気の抜けようだ。


そしてこの模擬戦を見守るのは競技場をぐるっと取り囲む観客席に集まった巫女候補の少女たちと一部仕事を抜け出してきた役人たち。


神術による永続的な保護膜によって危害を及ぶことのない客席に座ってそわそわと行方を見守る彼女たちは無論「元落ちこぼれ少女 VS 高飛車目障り少女」の対戦に野次馬根性を掻き立てられており、集まった人数は数日前の神楽と同じく巫女候補の九割に及んでいた。


巫女候補たちの教師も集まっており、奏水と琥珀を親のような立場で見守ってくれている永里先生以外に関しては至って無感情というか、あくまで戦闘内容を精査することに集中しているようだった。


そして審判を担当する教師の一人が合図を出せば双方動き出す準備。

カウントは五から始まって、それが一つずつ減っていき、一になったところで両者の全身からぶわっと強烈な神力のオーラが吹き出して不可視の渦を巻き起こし―


零の合図で模擬戦の幕が上がった。

最初の動きは両者セオリー通り。神力による身体保護を手早く展開すれば二手に分かれてそれぞれの役割をこなすべく阿吽の呼吸で神術を繰り出していく。


奏水と琥珀はいずれもアタッカー気質。より攻撃的な神術を得意とする奏水は前方に放射状の雷撃を放ち、その波に続くように琥珀の草属性の刃を纏った突風が吹き抜ける。


しかし連続攻撃は当然ながら相手の侍女が不可視の障壁で無力化。

その間に準備を進めていた花蘭による範囲制圧の炎が円を描いて奏水と琥珀をそれぞれ包むが、奏水の水属性と琥珀の鋼属性の障壁によって瞬時に消火。なんとも想定通りの初手が終わる。


そこからは攻撃とそれに次ぐ反撃の応酬。

向こうの侍女は想定通りに水属性の神術を巧みに使いこなして主人である花蘭をサポート。すばしっこいので奏水の雷撃でも中々捕まらないどころか、逆にこちらへ踏み込んでは体勢を崩しに来る。


(なるほど、足を踏み込む時のエネルギーの代わりに水流を使って予備動作無しで移動。その分神術の行使に脳のリソースを割ける。頭良いな)


奏水は理屈こそ掴めているが、具体的な対策と言われると悩ましく、範囲制圧の雷を十発ほど狙って落としてみるが躱される。範囲攻撃にも限界はある。


そして琥珀は苦手とする炎属性への対処である程度のリソースを割かれていた。炎属性の強者だけで合って神力の質も量も申し分なく、防戦一方では勝ち目がない。隙を狙って鋼の球体をいくつも射出してみるが超高温の炎獄の前には無力だった。視認できない速度で金属が溶ける。


ここまでは花蘭と侍女の優勢で―


「おーっほほ! やはり落第生ではわたくしの神術には敵わないようですわね~! 甘いっ、甘いですわよっ、まだわたくしは本気の半分も出しておりませんの~!」


その通りだった。花蘭の出力はまだ50%にも満たない。

琥珀と奏水はそれに対して8割程度の出力で対応している。ジリ貧という単語が似合ってしまう。戦闘が長く続けば押し負けるのは容易に想像できた。


ただ、それでも二人には余裕があった。

必勝の策、全部で三つあるうちの一つも未だ披露していないのだ。


そういうわけで奏水と琥珀が一瞬のアイコンタクトで合図を送り合えば、まずは第一の秘策を発動する。奏水と琥珀が共に相応の出力を発揮できる風属性の神術、それが一気に空気の流れを変える。突風とはいかないが常人であれば真っ直ぐに立つことが難しい風圧。


無論花蘭も侍女も動じない。この程度なんてことない。

花蘭に至ってはお子様の遊びかと嘲笑するように口元を歪めながら、その身に纏う炎の温度を急上昇させながら高く吹き上げて実力を誇示する。まさに強者の余裕。


ただ、その余裕はとある素っ頓狂な声に乱され―


「……へ?」

「ん、何がありましたの?」


その声を上げたのは侍女。呆気にとられるような声色。

そしてその数秒後に突如その顔を青褪めさせ―


「……花欄様、わたくしの神術が……」

「なっ、なんですの……!?」


神術が扱えなかった。その身に纏っていたはずの水属性の保護膜も、動力にしていた水流も、武器になっていた氷の刃も、全てが機能しなかった。

そこで気付く。保護膜が薄れるほど身体が暑い。強烈な高温に晒されて意識が遠のく。頭がふらふらする、思考が止まって、意識がぼやけて、足がふらついて―


「…………あ、貴女!? 模擬戦中に何をっ!!」

「えっ、伊集院さんまだ気付いていないんですか?」

「……は? な、に…………あ、いや、えっ…………」


保護膜に覆われている間、侍女は自身が大変な高温環境に晒されていることに気付いていなかった。神力は万能。ゆえに通常では人間の身体が悲鳴を上げるような環境でも耐えてしまう。気付かずにやり過ごしてしまう。


ただ、今回は訳が違った。

奏水と琥珀が二方向から巻き起こした風は花蘭と侍女の間だけを循環する楕円形の渦を形作り、その間だけで急速にその気温を高め、酸素濃度を薄めた。燃えれば燃えるほど気温は上がる、酸素は炎と結合して燃焼し、その存在量を減らしていく。


その結末は当然ながら水属性が操る真水の蒸発、そして保護膜を失った侍女の酸欠による気絶。

自らの慢心による番の強制退場。それに気付いた瞬間に花蘭は余裕の表情を崩して突如獣のように高らかな叫びを上げ―


「よっ……よくもわたくしの番をぉぉっ!! 許しませんっ、絶対に許しませんのっ!!」


一人目の退場を確認して止んだ風はもはや花蘭の炎を邪魔することなく、まるで龍が暴れるかのごとく巨大な炎柱を吹き上がらせる。彼女の全力に相違なかった。


無論そんなものをまともに受けたらただでは済まない。

奏水も琥珀も身体保護の神術を更に強化しながら距離を取る。保護膜越しにも熱気が伝わるほどの強烈な炎。ごくりと息を呑む。


しかし怯える暇はない。今こそが二つ目の秘策を放つ時。

奏水が構える。得意とする水属性と雷属性の合わせ技。しかしただの合体ではない、しかもまだ完成していない。けれどそれを花蘭へ向かって、いや、花蘭の放つ炎へ向かって放つ。


まるでホースから放たれる水流のような、さも水を吹き掛けて炎を消火しようと試みているような姿。無論その力で炎を消し去るには水量が圧倒的に足りない。


だが、奏水の狙いはそこではない。

花蘭が今にも炎柱を二人へ叩き付けようと腕を下ろしていく。本物の災厄の前触れ。


ただ、その途中で突然腕の動きが止まる。

違和感。自らの神術、そして炎に感じる違和感。


(炎が弱まっている……? しかし、水を掛けた程度では……)


そう、彼女の思考は正しい。

吹き掛けられているのがただの水であれば、だが。


しかし、考える間にも炎は加速度的に弱まっていく。

混乱。困惑。思考停止。そして焦燥、恐怖、驚愕。


その瞳が捉えた奏水はにやりと笑っていて―


「伊集院さん、今あなたの炎に吹き掛けたのは炭酸水素ナトリウムです」

「…………は?」

「私の水属性からは海水も出せるんですよ。そこに雷属性で電気分解しますね? そうすると水酸化ナトリウム溶液が出来ます。そこに二酸化炭素を加えます。例えばあなたの炎によって酸素が燃焼して生まれ続けている大量の二酸化炭素。それが加わると炭酸水素ナトリウムになるんですよ」

「…………あ、貴女、何を言っているんですの………?」

「炭酸水素ナトリウムって消火器の中身に使われるんですよ。要するに炎を消す効能を持った粉末なんです。で、それを今まさにおあつらえ向きの炎にぶっ掛けたわけです」

「…………」


何を言ってるのかさっぱりわからなかった。

ただ、その言葉の通りに炎は弱まっていく。神力の出力を上げても、いや、上げれば上げるほど弱まっていく。どれだけもがいても、持てる神力の全てを注ぎ込んでも炎はその姿を小さくしていく。


そこで悟った。これは負けなのだと。


「…………あ、貴女、わたくしの…………わたくしの神術をっ……!!! もう許しませんっ、後生忘れられない傷を負わせてさしあげますわぁっ――!!」


捨て身で自ら炎を纏って突進してくる花蘭。

それを奏水は正面から水属性の障壁であっさりと受け止め―


「じゃああなたに引導を渡してあげます。……そーれっと」

「…………ひぃっ!?」


奏水が懐から取り出したのは小型のスピーカー。

本当にわずかな材料だけで造り上げた平凡な品物。


けれどそこから鳴り出した音色に花蘭は突如悲鳴を上げた。

敵の目前で両手を使ってでも耳を塞ぎ、必死に目を瞑り、怯えるように震えてその場にへたり込み、細く高い悲鳴を上げながら呻いた。


奏水が鳴らしたのはワブルベースの音色。なんてことないよくある音源。

だが―


「伊集院さん、この前の神楽でこの音色を聴いた時に苦しそうにしてましたよね。私気になったんですよ、なんでそんなに嫌なんだろうって」

「ひっ、や、やぁっ…………」

「で、これって大量の羽虫に囲まれてる時の音に似てるなって思って」

「ひゃぁっ……! いやっ、やぁっ……!」

「音楽恐怖症―メロフォビア。あなたはこの音に恐怖を覚えている」


その音色と言葉で無理やり記憶をほじくり返される。

小さい頃、好奇心から森にひとりで出掛けて、大量の羽虫の群れに囲まれて逃げられず、怖くて恐ろしくてひとり泣きじゃくって助けを求めたこと。親が見つけてくれるまで泣き続けて、それからずっと怖くて森に行けなかったこと。そしてその羽虫の羽ばたく音は成長しても忘れられず―


「いやあぁぁっ!! やめてっ、もうやめてぇぇっ!!」

「止めませんよ。あなたには特効ですからね」

「いやっ、やだっ、お母さんっ、きてぇっ、たすけてぇっ――!!」

「へえ、親のことをそんな風に呼ぶんですか。普段のあなたの印象だと想像つかないですね」

「もういやぁ、やだっ、こわいのぉっ、たすけてっ、おねがいぃっ!!」


完全に子供返りして泣きじゃくり始めた花蘭。

奏水はその耳元にスピーカーを近付けていき―


「私、人を傷つけた人間は同じくらいの傷を負うべきだと思うんですよね」

「や…………ぁ、ぁぁ…………」

「だからあなたにも傷ついてもらいます。私の大事な番を傷つけたのと同じだけ、ね」

「ぅ、ぁあ…………やぁぁあぁぁ…………!」


そしていよいよスピーカーが花蘭の耳に押し当てられ―


「地獄に落ちろカス」



花蘭の最後の泣き顔を巫女候補たちが見届ける。そして―



「いやああぁぁぁぁああああぁぁああっっ―――――!!!!!」



高飛車少女はその場に突っ伏して気を失ったのだった。

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