49_襲撃と迎撃
日が昇った後、元の班員から一人増えた馬車の一団は、再びヴィシュトレンを目指して歩みを進めていた。
彼女らは静かな木々の中にある道を、真っ直ぐ進んでいた。
夜中のことが影響して馬車の中はほとんど寝ているに等しい状態であったが、手綱を握る男だけはしっかりと睡眠をとれていたことが彼女らにとって僥倖だった。
「まあ、何の騒ぎだったかは大体想像できますけど……それに、その結果で増えたのが、一人でよかったですけどね。
……で、レイは大丈夫なんか? 起きてて」
「俺は大丈夫ですよ……寝れないんで」
呼ばれたからか、馬車の小窓からひょっこりとレイが顔を出す。
馬車の手綱を握るイツキから、珍しく声をかけられた――馬車の中では、“彼”以外は起きていない――レイは深夜の顛末を話す。
「最初は寝るつもりだったんだけど、ルナも、俺も、睡眠が浅いのは全く変わってなくてですね。ルナなんかずっと強情だったもんだから、シズネの傍にいるって言って」
イツキは馬車の動く音でレイの声が若干聞き取りづらいと感じながらも、更に聞き出していく。
「……で、シズネが夜中に起きたもんだから、ルナが相手してたら、昔の俺たち……ルナの、シズとの約束のことで随分怒らせちゃってさ。
シズが騒ぎ出すのをなだめようとしてたら、先生たちも起きちゃってさ……それで色々と話し込んだら結局寝れずじまいになって。
結果がこの有様って奴ですね」
「……だとしたら、レイたちの逆側の、師匠の隣の部屋だったからかな。私が起きてこなかったのは」
レイからは、馬車の手綱を常に握り続けているイツキの表情は全く見えない。だが、その声色からは若干の寂しさが窺えた。
別にこんなこと気にしなくてもいいのにな、とレイは思っていたが、口に出すことはなかった。
その後も、普段よりもずっと静かな馬車が物足りないからか、イツキはレイと喋り続けていた。
そこに、一匹の小鬼族が道の前に迷い出てきたのを見て、唐突に指示が飛ぶ。
「……っ。レイ! 師匠たちを! 皆を――――」
指示が飛ぼうとするよりも先に、レイもまた声を上げていた。
「早く! 先生! マリさん! ……ルナ!」
馬車が森の中を抜けて、気付けばイツキの眼前には、数日前にも相対した小鬼族や、それ以外の魔族……中には小鬼族よりもずっと大きい、着流しのようなものを着た魔族もそこに居た。
「師匠! トロルが十五! ほかゴブリンが三十! いずれも道中を陣取ってます!」
「イツキさん! とりあえず馬車を下げて! こいつら起きるまでは俺が何とかしますから!」
レイの判断を咄嗟に理解したイツキは、突然馬を回頭させ、すぐに彼らが後ろの扉から出られるようにする。
レイもまた、後ろの扉が前方へと回るとすぐに飛び出し、駆け出すと同時に唯一覚えていた足止めの魔術を繰り出す。
「Stralun:Lermung! und Blitzxlag!」
麻痺のための雷光と、手にしていたスティックから放たれた雷撃が、前方のゴブリンを蹴散らす。
だが麻痺も、雷撃もトロルまでには届かず、同じように唱えようとしたときだった。
「Stralun:Hagel!」
突然、魔族の居る方に雲が形成され、その下から雹が降り注ぐ。氷系の魔術は、この中では間違いなくリカの魔術であった。
「先生! 遅いです! ……ルナは」
「それは後よ! レイ! こいつら、早く片付けるわよ」
リカとマリはようやく馬車から出てきていたが、その後ろには、誰も来ていなかった。
******
私は馬車の中でシズネに寄り添うような形で身を守っていた。
「いいの……? ルナも行かなくて」
「今は……シズと、この馬車を守りたいし……皆、強いから」
私以外の皆は必死に戦っていた。だが、レイは私のことを呼ぼうと、先生にも伝えようとする。
どうしても手数が足りないのだろうか。いや、そんなわけはないだろう。
「ルゥ! 早く出てこい! シズも一緒に来ていい!」
扉の前からレイが私を呼ぶ声が聞こえる。
私はそれでも行きたいとは……前方に浮かんでいるだろう、その景色を見たいとは思わなかった。
「……私も一緒に行く。全部、分かった方がいい。だから――――」
「嫌! 嫌なの……これ以上は。誰かが、傷つくのは……」
私が弱音を吐いた瞬間、ペチリ、とシズネから右頬を叩かれた。
「……そんなの、私よりもルナの方が知ってるのは分かってる。
でも、私は、ルナがいるから怖くない。……行こう!」
言われるがままに、シズに腕を引かれ、私は馬車の扉から外へと出た。
******
「ルナ! ……遅い! 早く、焼き払うわよ……森ごとでいいわ、最悪馬車さえ避けてくれれば」
「はい!」
リカの指示に従って、ルナは図体のデカい魔族へとスティックを指し向ける。
「Expant:|Feuer-Geist! Stralun:Gloss-Feuer Explosion!」
ルナが呪文を唱えると同時に、シズネの周囲に、彼女の身を守るように火の霊が、そして眼前の敵にはスティックから放たれた火が目の前を覆い、そして散弾銃のように爆発する。
「すごい……綺麗……!」
シズネは、ルナが見せた魔術に感動していた。
何が理由なのかはシズネ本人以外には分からない――ルナが見せたものだからか、はたまた彼女の放った魔術の色が鮮やかだったからだろうか――ただただ、彼女は感動しきりだった。
「――――っ、危ない!」
イツキが途端に声を上げる。火炎の散弾から辛くも逃れたゴブリンが、壁役としていたイツキの攻撃範囲を抜けて、最後方、馬車近くに居たはずのシズネの方まで突っ切ってくる。
もう、他者からの魔術展開による進撃阻止も難しくなっていた。
「……ひっ」
「Feuer-Geist! Geh!」
シズネが悲鳴を上げかけたその瞬間、ルナの声によって導かれた火の霊が目の前のゴブリンへ襲いかかり、あえなく焼死した。
「シズ! 大丈夫!?」
咄嗟の判断で唱えたものの、心配になったルナは、すぐさまシズネの元へと駆け寄る。
ルナの魔術がとどめとなったか、魔族の一団はシズネに与えようとした最期の一撃が崩れたことで、全て消え去っていた。
「うん、大丈夫。……ごめんね、弱くて」
「いいの……シズはまだ、これが初めてだから。今は、見守って」
ルナたちの後ろでは魔族の死骸が一部残るものの、魔族との戦闘自体はほぼ終わっており、後は街道の死骸を片付けて引き上げるのみだった。
「で、これどうしようか」
「まあ、街道を塞がなければ大丈夫だと思いますよ」
イツキとマリはそれを優先に考えていて馬車へ戻ってくるのが遅かったが、リカとレイは先に二人の元へ戻っていた。
「魔族はときどき、ああいう飛び道具的な行動もしてくるわ。だから、これから先も同じような目に遭い続けるわよ。
……それはたとえどんな場所でも、馬車でさえも安全地帯とは限らないわ。
それでも……いいの?」
リカはわざとらしく悪し様に言った。
シズネの意思とその覚悟――『尤も魔女に近い魔術師』である、ルナと共に歩む覚悟――を、改めて確かめるために。
「……何、馬鹿なこと言ってるんですか。あんなの、大丈夫ですから」
「にしては、あれは随分なうろたえ方だと思うけど」
「私だけじゃない……ルナも、それにレイも、一緒に居る、居てくれるから。だから私は一緒に歩めるんです」
「……そう。ルナも、それでいい?」
「シズが、いた方が……私も、その方がいい、です」
リカに問いかけられたルナだったが、言葉は弱々しく、一見曖昧に見えるものの、答えははっきりとしていた。
「じゃ、改めてシズネも一緒に行くのが決まったことだし、進みましょうか。
そろそろ、今回の目的地の中間地点……かな、ヴィシュトレンに着くわ」
「……中間と言うには、いささか時間がかかりましたがね。それに、中間地点というには、ベネルーシェからも近いですし」
過去にもこの地に来たことのあるマリがリカに突っ込む。
リカとマリはカゲトに連れられる形で、一度公国に来ていたことがあった。
「あのときとは違うわよ、何もかもね。妨害だらけな道と、全く妨害もない……強いて言えば野生に潜む魔獣くらいしか脅威がなかったあのときと比べたらダメよ、マリ。
それに、あのときはただの使者役であって、村落の巡回もなかったんだもの」
「まあ、そうですけど。でも、意外と時間がかかりましたね」
「あら? あたしが事前に想定していたよりは……若干かかったかな。でも、想定の範囲内よ」
過去の遣使としての見聞とは全く異なることは理解しながらも、リカの想定からもどこかで狂ったようだった。
更なる想定外を想定しながら、彼女らは副都・ヴィシュトレンへと向かう。
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