48_それぞれの感情
「……シズ、ごめんね……でも」
「言い訳なんていい! そんなの聞きたくない!」
ルナが涙声になりながら呟くが、それすらシズネは拒絶のような反応を示していた。
その反応は今まで見たことがないと、レイですら困り果てていた。
シズネが持つ怒りはまっとうなものかも知れないが、その感情に呑まれている状態では、もはやどうしようもないとさえ、レイは思っていた。
まだ真夜中だった、そろそろ夜が明けそうな頃でもそんな様子だった宿の一室に、若干強めに扉を叩く音が聞こえた。
そしてそのまま、なんの遠慮もなく扉が開けられた。
扉を開けて入ってきたのは、隣の部屋で寝ているはずだった、リカとマリだった。
「……うるさいわよ。今……何時だと思ってんのよ、バカ共。
まあいいわ……京坂、静音さん、よね? ようこそ……でもないか」
「……この場合は、ようこそ、で合っているかと。改めて……ようこそ、この世界に」
珍しく言葉を詰まらせるリカの言葉を引き継いで、マリは歓迎の意思を示す。
「……誰?」
「私……私たちの先生、それと、その……この世界でできたお弟子さん」
「そっか。シズは直接会ったことないもんな」
シズネは全く知らない人からの言葉を違和感に思い、一瞬睨む。
だが、ルナやレイから事情を聞いて、少しだけ安堵したようだ。
「……あ、そういうこと、なのね。ルナがずっと話していた先生って、あの人のことなのね」
どうやら、ルナがずっとシズネに過去の話を度々していたことで、リカのことについても覚えていたみたいだった。
問題は、ルナ自身が何を話していたかは全く覚えていないということだが。
「……どういう人だって、ルナから聞いているかは気になるんだけど、まあいいや。
今はそれを聞いてる暇なんてないしね。で、この後、シズネさんは……どうしたい?」
「どうする……って、決まってますよ。ルナについて行きます。たとえ、何があっても」
リカの急な質問にシズネは面食らってしまうが、さも当然のようにその回答は出てきていた。
この世界を知った、いや、知ってしまったことでルナはうろたえる。レイは思わず問いただす。
「正気か? 何もこの状況が分かっていないくせに、いいのか? 絶対にルナと一緒に居るつもりか?」
「……逆に、ほかの選択肢が、何かあるの?
ルナと居なきゃ、わたしはひとりぼっち……何もない、何も分からないのに、わたし一人置いていくの?」
「じゃあ、この際だし……はっきり言うわ。戦争中なのよ、この地域……この国は、ね」
レイの言葉にも耳を貸そうとしないシズネを見かねて、冒頭の挨拶以降はずっと黙っていたマリが口を開く。
だが、それでもシズネの意思は固いものだった。
「……戦争だろうと、なんだろうと、それはわたしの知ったことじゃないから。
もしそれで、ルナと離ればなれになったら、どうしてくれるの……どうしてくれるのよ!」
「シズ…………」
ルナは、罪悪感に苛まれていた。自分が彼女を見捨てて逃げたという自意識からか、何も言えないまま、ただ彼女たちを見ているしかできなかった。
「……はあ。
まあいいわ。わかったわよ、シズネさん。貴女がそこまで言うのであれば、これから行く先がどんな場所であろうと連れて行くわ。
……それが、この世の地獄になったとしてもね。ただ、後悔はしないでね」
リカは呆れながらもシズネの同行を認めたが、それにはマリが驚いていた。
「師匠! いいんですか!?」
「あそこまで意志の固い人間を、置いていけるわけないでしょ。
……ルナも、しばらくは傍にいてあげてね。彼女、多分だけどルナ以外にはあんまり一緒に居てくれなさそうだし……それに、ルナだって心配でしょ?」
「……はい、わかりました」
急にリカから話を振られたルナは、シズネの右手を握りしめながら呟く。
「シズ、もう逃げないから」
「……師匠が認めた以上、私たちは従うだけだわ。
でも、決まった以上は、ルナが必ず傍にいること。たとえ襲撃があったとしてもね」
「大丈夫、ですから」
マリの、ルナへの忠告に、シズネはぽかんとした表情を浮かべていた。
「……襲撃……? そんなに、危ないの?」
「はあ……」
話を聞いてなかったのかと、思わずマリはため息をついてしまった。
「世界、地域、うーん…………どう言うべきなんだろうね。
まあ、この国は今危険にさらされているわ。魔族の襲撃によって、ね。だから、今はその救援に来ているのよ」
リカは今の状況を簡単に説明をしたとき、なんとなく気付いたことがあった。
ルナも、レイも、魔族のことについてはあまり知らない。全く知らないわけではないが、知識不足ではあろうと思った。
ならば、三人が一緒に行動する可能性がある以上、簡単に教えておく必要があるだろうと考えた。
「……そうね。ついでだし、この際だから魔族自体のことも含めて、少し話そうか。
まあ、魔族のほとんどは小鬼族……いわゆるゴブリンや、猛猪族と呼ばれるようないわゆるオーク、巨人族……トロルが中心なんだけど、この大陸とは別の大陸には、魔族と人間が交わった魔人族なんてのも居るらしい。
で、今回の襲撃……実際は侵攻なんだけど、それはさっき言ったゴブリン、オーク、トロルを中心とする軍団が、魔獣も含めてだけど、数万単位の軍勢となってきているらしい。
……らしい、なのは、総数は数えらんないのと、情報が刻一刻と変化していっているのもあって分かんないけど、最初に話を貰った段階でこれだったから、増えていないことを祈るしかないわ。
それで救援のために、この地域に外の国から呼ばれたのが私たち……ってとこね」
三人は話を聞いていたが、最低限の情報はあったルナとレイとは対照的に、シズネはぽかんと口を開けたままだった。
「……先生は軍人ではないけど、この隊は、私たち以外は元軍人だったり、現役軍人も居たりするの。だから、国からそういった荒事を任せられるってことみたい、だよね? 先生」
「……まあ、おおよそはルナの認識であってるわよ」
ルナの補足も、シズネにはかえって混乱させるだけだった。
「……ダメそうね、こりゃ。まあ……直にわかるわよ、何を言っていたかはね」
リカの言葉は、すでにこの世界の“現実”を知っているルナにとっては理解できるものであり、全く分かっていなさそうなシズネを心配そうに見つめていた。
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