47_シズネ
私にとって大切なもう一人、京坂静音が、流れ星のような形で、天から降ってきた。
彼女は未だ目の覚めないまま、私の目の前に倒れたままでいた。
とりあえず、襲撃される危険性が無いことを周囲を見渡して確認し、レイを呼んで馬車へと連れて行こうとする。
想定こそしていたものの、本当に目の前に落ちてくるなんて思いすらしていなかった。
「レイ、何でなんだろうね」
「シズの思いが通じたんだろ」
思い、と言い切るにはあまりに重すぎる気もするが、彼女が私を好きでいた……そんなものでは済まされないくらいには、私に向ける彼女の感情は重かった。
私……いや、私たちに対する、何かしらの警告だろうか、それとも彼女からの愛故の執念か。
昔、私の家で、二人で話したとある事を思い出す。
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昔、ちょっとしたことで喧嘩になったとき、最後に言われたことがあった。
「大丈夫。私が瑠奈を看取るから」
「え」
「だから、ずっと一緒に居させて。瑠奈の幸も、不幸も、一緒に背負わせて?」
あのときは、静音が何を言っているか全く分からなかった。ただ、分かっていたのは、静音が私に対して、好きを通り越して依存しきっていること。そして、そんな静音に私も依存していることだった。
「……ありがと。でも、もしかしたら……私以外の“誰か”が、シズのことを拒否しちゃうかも知れないし、急に居なくなっちゃうかも知れない。
……それでも、いいの?」
「よくない。だから……居なくなったりしたら、許さないから。
地獄の果てまで追いかけて、居なくなったことの仕返しに瑠奈のこと、一発殴ってやるから。いい?」
「……うん。それでいい」
一発……何発殴られるんだろうな。しかも、かなり重いのを、きっと……本気で。
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思い出にふけっていると、横たわっている彼女がおもむろに目を見開いた。
「え……っと、ここ、は……? ル、ナ……?」
居なくなったはず……シズネにとってそう思い込んでいたはずの私の姿を見て、彼女は困惑したような声色で呟いた。
シズネ……シズは、今この状況が飲み込めていないのだろう。私もそうだった。
「……大丈夫、だよ。ルナだよ……だから、安心して」
私がシズにそう語りかけると、彼女は安心したのかすぐに意識を失ってしまう。
彼女が寝たのを見て、先生やマリさんが私の元へと寄ってくる。
「ルナさん、この娘は……?」
「私の大切なパートナー、京坂静音。
……“私たち”が、最後まで、想いを伝えられなかった人」
「……そう……ですか。そういうこと、だったんですね」
「あははっ。ルナって、そんな子だったんだ。何年も近くに居たはずなのに知らなかったわね。
……貴方が人を好きになる、なんて……ね」
マリさんが私の言葉を重く受け止める一方、先生は若干からかい気味で言ってくる。
「先生、なんか勘違いしてそうですけど、“私たち”であって、“私”ではありませんから。
……私の中の、他の子がどうかは知りませんけど。ねえ、レイ?」
「まあ……そう、だな」
レイも若干、どもり気味で答える。私のことをなんだと思っているんだか。
「それに、彼女の方……シズが私のことをどう思っているかも、わかんないですけどね」
「ウソつけ……シズがどれだけ矢印出してたか……それにお前もおんぶに抱っこだっただろ」
「黙ってて」
「……へーい」
無駄に茶々を入れてくる私の半身のような――実際に私から分かれている――こいつをぶっ飛ばしたくもなるが、なんとか一言でその場では収める。
「……そういうレイはどうなのかしら? 身体が女の子でも、中身は男でしょう?」
「俺は、別に……そこまで……」
こいつもしかして……とは思ったところで、マリさんから声をかけられる。
「……二人の話、もう埒開かないんで、先に言っておきますね。ルナさんはそのままシズネさんの傍にいてあげてください。
野宿の番は私たちの方でしておきますから」
どうやら夜が明けるまでの寝ずの番は、私以外の皆でやってくれるようだった。
日が昇ってもシズは目を覚まさないままであり、馬車が動き出しても尚、そのままであった。
私たちは、気付けば次の村落へと辿り着いていた。
宿を借りて彼女を横に寝かせ、私はその傍で起きるのを待った。
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最初、目を覚ましたとき、私のすぐ傍には、いるはずのない――少なくとも私はそう思っていた――彼女の声が聞こえた。
困惑しかなかったが、天国に居るのだと思っていた。
藍髪の彼女の傍にいたのは、どこか知っているような、それでいて全く知らない雰囲気の金髪の少女がいた。
彼女……ルナの声が聞こえたことで、安心してしまったのか、私の意識は落ちていった。
再び目を開き、身体を起こそうとすると、やはりというか、随分と見知った顔の少女が居た。
「おはよ、シズ……お久しぶり。……あと、ごめんね」
「……? どうしたの?」
「ううん……何でもない」
久しぶり、といわれた後にも何か聞こえた気がするが、聞いてみると、濃藍の髪をなびかせる彼女……ルナには何やらはぐらかすように答えられた。
「あ、起きたのか……久しぶりだな、シズ」
私が目覚めたことに気付いたのか、ルナの後ろから、彼女よりも若干低いくらいの声で、ルナと同じ顔をした金髪の少女が話しかけてきた。
「……? ルナが……二人……?」
「あ、そっか」
「まあ、二人といえば……二人、だね」
私の言葉で何かを察したのだろうか。二人のルナのうち、私がよく知っている長髪の子は二人だと認めてしまった。
私がよく分からないままで居ると、もう一人の、金髪の少女が声を大きくする。
「ルゥ! お前も話をややこしくするんじゃねえよ、馬鹿。
……レイだよ、俺は」
金髪の少女が自らの名前を明かしたことでようやく理解した。
どうしてそうなったのか、なってしまったかは全く見当もつかない。
だが、“器”が割れたことによって、ルナも、少なくとも二人に分かれたのだろうと私は思った。
「ルナ、レイ…………久しぶり」
言葉を続けようとしたところで咳き込んでしまうと、二人はすぐに水の入った、水筒のような何かを手渡してくれた。
貰ってすぐに水を飲み込むと、渇いた身体に水が沁みるような、そんな気分になっていた。
「ありがと。ところで……ルナ。何か、言うことがあるんじゃない?」
「……ごめんなさい」
私は彼女に圧をかけようとしたわけではなかったのだが、ルナの方から、咄嗟に謝られてしまう。
彼女も、理由を分かっていたから、その言葉が出てきたのだろうし、ルナも、レイも、決してそうなりたかったわけではないと思う。
だが、それを聞いたことで、怒りが沸いてきてしまった。逆に、彼女を簡単に許せなくなってしまった。
「……あれは、あれを起こしたのは、私と言えば、私だから。
ヨミが最後は決めたみたいだけど、私も、止められるような状態じゃなかったから。止められなかった、私が一番悪い。
私が、悪いから……もっと、前を向けていたら、少なくとも……あのとき、私があんなことになってなかったら…………」
バシンッ!!!
彼女の言葉を聞いていられなくて、思わず、ルナに手を上げていた。
「バカ! もう……いいわよ、それ以上なんか言わなくたって……。この、ばか」
ルナは私の平手が原因なのか、それとも、ほかの原因があったのだろうか……途端に泣き出してしまう。
普段ならルナに代わって殴り返してくるレイも、私から手を上げたのがよほど珍しかったからか、それとも、ルナと同じ事を考えていたからか、何もしてこなかった。
「ルナも……いや、ルナが一番、お前を置いて逝ってしまったことに、責任と不安を感じてたんだ。
それに、これは俺たち全員……ルナも含めて、全員の責任だ。だからさ、これ以上、ルナに追い打ちするのはやめてやってくれよ」
「あたしが! どれだけ泣いたと思ってるの! ルナがいないことでどれだけ苦しんだと思ってるの!?
……だったら、これ以上、独りにしないでよ……私を。
……ルナがいないなら、あたしの居る意味なんてないのに!」
その言葉が、私の、心からの叫びだった。




