46_野営と彗星のような何か
あの地獄のような景色を見てから、二日が経った。
予定通りに廃村を出発し、引き続き公国の副都・ヴィシュトレンへと向かって歩みを進めていた。
引きずっている余裕もなく、前へと進むしかなかった。
あのときに見た光景は一生忘れることのないものだろう。命が散りゆくさまを、まざまざと見せつけられた昨日。
もう何も起きてほしくないと思っていたが、そんなものはどうにも叶いそうになかった。
平穏というものは、この世界にはそう早くに訪れないものなのだろう。
私たちがちょうど、ヴィシュトレンとの中間地点に当たるゼビエンの村に着いてすぐ、唐突にイツキさんが声を上げる。
「敵襲です! 村の外に敵影! ……コボルト! その数二十!」
「分かったわ。イツキは馬車を村の中心へ! 奴らは殺すしかないわ」
「了解!」
イツキさんは足早に馬に跨がり、馬車を引いて村の奥へと向かっていく。
「皆は早く! 村の外じゃないと被害が及ぶわ!」
「師匠! 前衛が……」
「関係ないわ! 早く迎撃するわよ!」
先生からの怒号が飛ぶ。前から、あの廃村の中でも感じたような、悪い気配を感じていた。
村落の建物に被害が及ばないよう、私たちは離れていく。
するとすぐ眼前に、頭に角を生やした、醜悪な小人のような魔族が二十匹、確かにそこにいた。
彼らはこの前遭遇したときと同じように、私たちを獲物と見て、舌なめずりをしていた。
「おおよそ中隊級……マリはどう思う?」
「恐らく、ここにいるのは中隊でしょう。ですが……」
「ここだけでいいわ。これくらいなら、波状攻撃であれば問題ないよ」
先生とマリさんが、一目で相手の力量を測る。
私は眼前のあれを見たことで若干震えていたが、レイが気づいてくれたのか、手を握って抑えてようとしてくれた。
「気にするな、ルナ。あれは、潰さなきゃいけない、消さなきゃいけない奴でしかない。
俺たちだけでも、対処できる……そう思え」
「…………ありがと」
レイが私の怯えを消そうとしてくれたが、彼の声にも多少の震えがあった。
「大丈夫かい? ……じゃあ、始めるわよ。
Geh:Unssmelz |Eis-Splitter《アイス-シュプリッター》!」
先生が右の掌を奴らに向け、呪文を放ち、氷の礫が彼らの足下へと向けられる。
避けきれずに当たって死ぬ不運な奴もいれば、幸運なことに跳躍して回避する奴らもいた。
「レイは上を! ルナは正面を!」
彼ら…………いや、奴らは、敵。敵に、容赦は…………いらない!
「Expant:||Feuer-Geist《フォイアル-ガイスト》! und:Geh!」
「Stralun:Blitzxlag!」
先生の声に呼応させるように、私は展開した、そして事前にさせていた火の霊――気付けば無詠唱でもできるようになっていた――を、氷の礫に妨害されて足止めを食らっていた連中に、容赦なく浴びせる。
加えて、私と寸分違わない状況で、レイも雷撃を跳躍した連中に浴びせる。
私たち二人の攻撃にさらされ、奴らはものの見事に消滅する。
「ふう……。でも、気は抜けないわね」
「コボルトってのは、一匹いたら十匹はいると思え、十匹いたら五十匹いると思え……でしたっけ。
でも……何でそんな言い伝えがずっとあるんでしょうね」
少し遠くから、マリさんが言い伝えにまつわる疑問を口にする。
「多分だけど、奴らが……人間と同じような組織を作り上げているから、だと思うわ」
先生の見解を聞くと、マリさんはぎょっとする。
「……人間並み、ってこと、ですか?」
「あれはね……コボルトと一般に呼ばれている小鬼族は、存外頭いいわよ。
だから、あのときのような惨劇を、いとも簡単に作り出せる。人間が一番戦意を喪失する方法を奴らは知ってるのよ」
「……はあ、はあ。今戻りました。ゼビエンは大変そうですよ。
村長のアクが強すぎて、虐げられているようにも見えるくらいでしたよ」
ようやくこちらに来たイツキさんが息を切らせて言う。
「そう……ありがと。泊まらせてもらえそうかしら」
「そこは、なんとかしました。ただ――――」
「次! 来ます! コボルト二十!」
話の腰を折るように、奴らはやってくる。マリさんが吠えたことで、私たちは戦闘態勢に急いで戻す。
レイは集中を切らしていなかったからか、すぐさまに雷を降らす。
「Stralun:Blitzxlag!」
雷が落ちると共に、土煙が立ちこめ、一瞬視界が怪しくなるが、後ろからレイに小突かれ、先生からは忠告が入る。
「ルナ、ボサッとしないで。まだ来るわ。あと、十……あるいは、デカいのが」
「…………来たぞ!」
土煙が消えて、視界が再び開けると共に、そいつはいた。
コボルトにしては先ほどよりも大きい……私たちよりも巨躯のコボルトが現れていた。
「イツキ! 一回足止めして!」
先生が発するとほぼ同時に、イツキさんが右手に刀を持って、巨体へと向かって突進する。
一太刀を浴びせようとすると、奴の持っていた剣に防がれるが、咄嗟に切り返し、奴の右手に返す刀で浴びせる。
「今!」
先生から号令が飛び、イツキさんが引くことにあわせて、私たちは目の前にいる巨躯に対して集中砲火を浴びせる。
コボルトの長はそれに抗しきれなかったからか、ゆっくりと倒れ、そして消滅していった。
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「……やっぱり、あれじゃダメね」
「魔族を呼んでいると言われてしまっては、仕方ありませんね」
結局、ゼビエンの村落では泊まることができず、今日は野宿となってしまった。
先生も、マリさんも、落胆こそしていたが、理解されない可能性は考えていたのだろう。
私たちは次の村落との中間地点にある、川岸の近くで休息をとっていた。
春であるとはいえ、まだまだ寒い時期にある――この世界の五月は春の中でも、まだ春先の時期である――ため、夜風には若干ではあるものの、凍えそうにもなっていた。
更に言えば、外で馬と馬車が不自然に野宿をしている形であるため、見張りが常に必要であるとのことから、私たちも含めて見張りを行うことになっていた。
休息と言うには、簡単に休める状況ではなかった。
三日月が――この世界の夜空に浮かぶあの天体を、月と呼んでいいのか分からないが――昇りきった頃、私とレイが二人で見張りを行うことになっていた。
見張りのために馬車の外へと出ると、流れ星のような何かが、私たちをめがけて迫ってくるように見えた。
「……何、あれ……?」
「……あれ、どうすんだよ。先生たちは起きてくれるだろうが……」
レイの言葉は聞いてはいたが、流れ星が、私の方向へと真っ直ぐ向かってきていたために、それに気をとられて頭には全く入っていなかった。
まるで、誰かが私に、逢いに来たかのような……そんな雰囲気を持って、ひたすらに私めがけて向かってきていた。
「ルナ……まずい! 先生たち呼ぶぞ!」
「ちょっと待って……私が少し離れる」
「そんな距離じゃねえだろ!」
「……うん」
レイの機転で、慌てて先生たちを起こして馬車を私の周囲から遠ざけようとする。
私も、被害を出さないように馬車から遠ざかるが、馬車を動かそうにも、動かすための肝心の馬が動かない。
もはや、万事休すか……そう見えた。
「当たる――――」
思わず声に出たそのとき、私の目の前で、流れ星だと思っていた、まばゆく光を放っているその物体の動きが止まる。
ゆっくりと、地面へと降りてきたその物体は、光が霧散すると、その正体が見えた。
「え…………」
流星のような何かの正体、それは、私が見知った彼女――一番のパートナーだった、京坂静音だった。




