45_この悲劇は現実
私たちの班は街の中を散策していたのもあって、国境を越えようとする頃には、既に日が沈む頃であった。
境町の公国側の宿屋で私たちは夜を過ごすことになった。
簡素なベッドの上で、朝日が昇るまで、ただ待つだけ……どうにも眠れそうにない私は、宿屋の一室でそう過ごしていた。
翌日の朝、私はまともに寝てないながらも、昨日の先生の指示の通りに各般が境町を出て行ったことを確認して、私たちも行動を開始した。
私たちの班は、境町付近の村から一日に三つほどの村を巡回しながら副都・ヴィシュトレンへと向かうことになっていた。
一つ、二つと日が沈みきる直前まで、魔族の群れがいないかを警戒しながらも進んでいった。
今日の巡回に予定していた二つ目の村、ファンレイスと呼ばれている村落に入った。
問題ないだろうと確認した上で出発しようとした矢先に、これから向かうはずの道の先から、煙が立ち上った、そんなような気がした。
「あれは、煙……?」
「あれは……恐らく、レイルーズの村からでしょう」
見送りに来ていたファンレイスの村長が、私の独り言が聞こえたのか、立ち上った煙を見てそう言う。
「先生、どうしますか……?」
「どうするも、何もないわよ、ルナ。元々今日はあの村まで行く予定だったんだし。
それが襲われているとするのであれば、早く行かなきゃ、でしょ」
「……急ぎましょう」
「もう、進む準備はできてます。ルナさん、早く乗ってください。急ぎますから」
先生とマリさんは即決し、イツキさんに急かされて、私は馬車へと乗る。数里ほど先の村へ向かって、珍しく馬をも急かしていた。
夜も近くなってきていることから、夜目に強い魔族が出現しやすくなっていた。
魔族の襲撃を多少は受けたが、奇跡的に馬車には全く当たらず、魔族の襲撃を完全に振り切ろうとしていた。
「もう……振り切れません! 後続の集団を!」
「ルナ!」
「Stralun:ZaubarFlambalーFier!」
先生の声に対し即座に反応し、私は先生から万一の護身用としてのスティックを幌の外に差し出し、炎の魔弾を適当に四つ放つ。
当てる目的ではなく、ただの威嚇のためだった。
「私で良かったんですか?」
「ルナの魔弾なら、当たるわよ。それなりに弾自体も大きいだろうし、それに……魔弾なら、辺りも燃えないから」
先生が私の杞憂を消してくれた。魔弾に当たったからか、心なしか魔族の群れも減っていた。
「大丈夫です! 追い払えました!」
イツキさんの銅鑼声が、安堵感をより増幅させる。
「明日は、この馬はもう難しいかも知れませんが……行きます!」
さらに馬車の速度は上がり、目的地であるレイルーズの村へと急行していた。
私たちは夜中にようやくレイルーズの村に辿り着き、まず村の姿を見た。
眼前に見せつけられるそれを見て、私は訳もわからないまま、涙を流し始めていた。
どうして、私はこの村にもっと早く着けなかったのだろう。
どうして、私はもっと早い段階で遠征に至れなかったのだろう。
どうして、そもそも私は遠征に参加したのだろう。
どうして、そもそも私はこの世界に来たのだろう。
どうして、私はこの世界を巡ろうなんて考えたのだろう。
どうして――――。
******
魔族の群れの襲撃をくぐり抜けて、夜も深まった頃にようやく辿り着いたその村は、もはや村落がそこにあったかどうかわからないような有様となっていた。
魔族の軍勢によって焚き上げられたであろう炎が今も残る家々、魔族によって築き上げられていた屍の山は月光に照らされたことで禍々しく見える。
屍の山は、魔族の軍勢がその威を喧伝するが如く、うずたかく、禍々しく築き上げられていた。
路傍にはうち捨てられた子供の死体、村の中央にある大きな家――恐らくは村長の家であろうか――は、村が壊滅したことを告げるものとして、未だに燃え続けていた。
村の中には、未だに助けを求めているようにも聞こえる呻き声が、わずかに聞こえていた。
ここは、まさに魔族によって造り上げられた、地上の地獄というべきものであった。
******
この村に辿り着いた直後、文字通りの地獄を目にしたためか、ルナは気を失ってしまった。
彼女には酷な風景だったのだろうが、これから先、同じようなものは見てしまうかも知れない。
彼女の傍にいたレイも一瞬だけ大丈夫かと気にしたが、彼女、いや彼はルナと違って、倒れることなく立ち尽くしていた。
そして目の前の風景をルナの代わりになのか、ただひたすらに睨み付けていた。
レイが衝動的になりすぎないよう、リカがすぐ傍に駆け寄って、強くその手を握る。
「レイ……ルナの代わりに覚えておいてあげて。これも、この世界の一つの姿だってこと」
リカとマリにとって、この状況はある意味想定していたものであった。二人に、この世界の厳しさを知ってもらわないといけないと考えていたからだった。
もっとも、このような帝国との国境からほど近い地域の村落ですら、このような状況になっているとは考えてすらいなかったが。
国境周辺の村……今日一日では十里ほども離れていない距離で、このような虐殺が行われている事は誤算であった。
リカはこの惨状を見て、方針をどこかで変える必要が出てきてしまったと考えていた。
ルナはレイに担がれる形で馬車に入るとすぐに目を覚ました。
しかし、その目はどこか虚ろがちであった。
「……ねえ、レイ」
「どうしたよ、急に」
「私、無理かも」
「お前があれを見て、恐怖が勝るのはわかる。だけどな、俺がついてんだ。先生がいるんだ」
「……でも」
それ以上、ルナは何も言えなかった。レイも、何も言わなかった。
ただ寄り添う形で、馬車の椅子に座っていた。
ルナは、また襲撃があるのではないかと常に怯え、恐怖感で眠ることが全くできなくなっていた。対照的にレイは体力温存といってすぐに眠ってしまっていたが、その裏には、別種の感情を抱いていた。
この地獄を見せたことで、レイは久しくなくしていた、ルナを守るためのトリガーを自然と引いていた。
朝日が昇り、レイは目を覚ましてすぐ、地獄の痕が残る村の中を回っていた。それを見つけたリカが、昨夜と同じように駆け寄って話しかける。
「レイ、どうしたのよ。……ルナの傍にいなくてもう大丈夫なの?」
「とりあえずは、な。夜中ずっと起きてたみたいで、俺が起きたと同時に寝たよ。
……先生は、分かってたんだろ? あの煙が見えた時点で。この村が、こういう事態になってるってことは」
「まあ、ね。ここまでのものとは思ってなかったけど」
レイは、リカの喋り様を見て、疑いのまなざしを向けていた。
「……そんな目で見ないで頂戴。ここまでの惨状なんて誰も予想できないわよ。こんな国境周辺の村が、地獄のような状況になってるなんて分かるわけないわ。多少の襲撃で済んでて、丸一日駐在していればどうにかなると思ってたわ。
……でも、読みが随分と甘すぎたかしら。ここまで奴らが来ているとなると、早い段階で他の班と合流しないといけないわね」
リカの言葉を受けてもなお、レイの顔には不満と書かれているようであった。
「……にしても、レイ。随分とキレてんじゃないの? その様子だと、逆に襲撃中でなくて良かったかも知れないわね」
「あ?」
「今のレイの様子だと、もし仮に襲撃中に着いていたとするわ。
レイの性格的に、村の人々が襲われているのを見たら、すぐにぶち切れて、逆に危害を加えたかも知れないでしょ?
……もしそうなったら、いくらなんでも、情状酌量の余地なんてあるわけないでしょ。逃げて、逃げて、恩赦が出るまでとにかく逃げ切らなきゃいけない。それ以外に、私たちに選択肢は無くなるわ」
団長としての懸念を持つリカの言葉には、レイも黙るしかなかった。
彼はこの前の魔術の特訓によって、意図的に魔術を暴走じみたようにはできなくはないと思っていたが、状況が好転するか分からない場面で行うことはありえず、また自在に操るという点では不安があった。
だが、この前の北の森であったように、自然と魔力が暴走する場合もあり得るという懸念は、レイも含む全員の認識だった。
「今回はたまたまだと思いなよ。ルナも場数を踏めばだんだんと慣れてくるわ。あの子は決して弱い子じゃないから。
……だから、レイも無茶なことはしようとしないでね」
「分かった……少し、頭冷やしてくる」
そう言って、レイは馬車の方向へと戻っていった。
村……もはや村と呼べそうにない廃村の姿を見つつ、リカはまた、周辺の警戒と頭の整理のために、馬車が視界へ入るようにしつつもその中を巡回していた。
読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ、評価をお願いします。
またご感想、ご意見などがあれば宜しくお願いします。




