正体不明船接近っ!
さて、ラブリー・ペガサスのブリッジで私とリリィの暇潰しを兼ねた形だけ?のアンソニー争奪戦が休憩タイムに入ったその時を待っていたかのように、突然アッシーが警告を発してきた。
[警報っ!前方重力センサーに異常が認められます。これは正体不明の船が接近中と思われます。]
「ちっ、一時休戦よ、リリィっ!」
「仕方ないわね、と言うかどこのどいつよっ!OLF内で近づいてくるなんて馬鹿なやつはっ!」
いや、リリィ。そんなの判りきってるじゃない。そもそもOLF内で他の宇宙船に近づくのは自殺行為に等しい事は宇宙船乗りなら誰でも知っているわ。それをわざわざ近づいてくるって事は・・、そう、相手は『海賊』だよ。
えーと、一応説明しておくけど、OLFってオーバーライトフィールドの略です。所謂光速を超えた超光速領域の事ね。そしてリリィが近づいてくる船を馬鹿じゃないかと罵ったのはオーバーライトフィールド内って光速以下領域、これはOLEの対義語としてULF、アンダーライトフィールドと呼ばれているんだけど、そことは物理法則が異なっていて恒星間航行用推進機関『マリー・アフロディーテ』同士が近づき過ぎると予測不能な事態に陥るのだ。
例を挙げるといきなりOLEから弾き出されたり、逆に反発しあって明後日の方向に飛ばされたりします。
後はマリー・アフロディーテが壊れちゃう事もあるんだって。これは怖いわよ~。だってOLEからULFへ移行するには空間抵抗ってやつを使うんだけど、それにはマリー・アフロディーテが正常に動いている事が大前提だからね。
マリー・アフロディーテによる重力波制御の加護を外れて、いきなりULFへ飛ばされたりしたら絶対助かりません。ぺしゃんこになります。そして大爆発だ。しかも核融合爆発ね。ほら、絶対助からないでしょう?あっ、でもみいくんは大丈夫かも・・。
さて、OLEから突然放り出されるとなんでつぶれるかと言うと、私もよくは知らないんだけど大雑把に言うと空間に衝突するからだそうです。むーっ、意味判る?私は判んないわ。
なのでそんな事態を避ける為にOLF内では船同士は近づかないのが常識なんです。でも絶対近づけないのかと言うと、そうでもないからややこしい。なんでもそれぞれの船のマリー・アフロディーテ同士の波長を同調させれば大丈夫なんですって。はははっ、誰だか知らないけどよく調べたな。実験したんだろうか?おっかない事するねぇ。
だけどマリー・アフロディーテ同士の波長を同調させるのは簡単ではない。いや、両方の船が連絡しあえばそうでもないんだけど、基本見ず知らずの船と同調なんかしない。
なので不慮の事故を未然に防ぐ為にもOLF内では宇宙船同士は近づかないのが鉄則なのだ。
「アッシーっ!近接警報は送ったのっ!」
[既に3回送信しましたが応答はありません。]
「向こうが事故ってる可能性は?」
[正体不明船を発見後、こちらが針路を変更しましたが、相手もそれに併せるように被せています。]
あーっ、これは確実だ。うんっ、相手は海賊だね。
「衝突までの時間は?」
[正体不明船も結構速いので20分程かと。]
えっ、そうなの?今ラブリー・ペガサスは巡航速度である280光速でかっ飛んでいるのにそんなに時間があるの?だとしたら確かに相手の船は速いな。これはびっくりだ。
ラブリー・ペガサスの巡航速度である280光速は世界的に見てもトップクラスの速さである。これより速く飛べる船はそんなにいない。アキツシマ連邦宇宙軍が保有する艦でも実験艦を除けばラブリー・ペガサスより速い艦はないのだ。ましてや民間船でこんな速度を出せるのは金に糸目をつけずに建造されたお金持ちのクルーザーくらいだろう。
でもそんな船は大抵小型船だ。いや小型と言っても2万トンクラスはあるんだけどね。うんっ、恒星間宇宙船って大きいのよ。民間の大型船なんて100万トンクラスなんてのもあるからねぇ。
「アッシーっ、相手船の予想質量は?」
[重力波からの推測値では15万から20万トンの間です。]
げっ、でかい。20万トンでこの速度を出せるとは驚きだ。でもまぁ方法がない訳でもないんだけどね。
その方法とは『ブースター』だ。所謂使い捨ての補助推進装置ね。この推進装置を取り付けると短時間ではあるが装着した船はとんでもない推進力を得る事が出来る。でも基本そんなのを必要とする船はあんまりないから大抵は競技用だ。
なので市販品は小型船用が殆どだけど、ブースター自体は構造が簡単なので作ろうと思えば場末の工場でも作れちゃったりする。まぁ、そんなところで作られるブースターは安全基準なんて守られていないだろうから私は絶対ごめんだ。だってブースターってゆっくり燃焼する爆弾みたいなもんだからさ。ちょっと配合を間違っただけで大爆発します。
なので敢えてそんなアブナイモノを注文する客は大抵は脛に傷持つ犯罪者である。その代表格が海賊だ。
因みに海賊って言葉の語源は『海の上にいる賊』って事らしいけど、何故か宇宙空間で他の船を襲う輩たちも海賊って呼ばれています。厳密に言うと宇宙賊とかなんだろうけど、まっ、言葉なんてあやふやだからね。
そんな海賊船と思われる正体不明船がラブリー・ペガサスの前方から近づいてきた。そう、前方からね。
基本、巡航速度で進んでいるラブリー・ペガサスに追いつける船はそういない。だけど逆にラブリー・ペガサスは殆どの船に追いつけるのだ。つまり、今回の接近はどちらかというと相手がラブリー・ペガサスに接近してきたのではなく、ラブリー・ペガサスの方から近づいた事になる。
だけどそんな事は優速を誇るラブリー・ペガサスにとっては普通の事なのでちゃんとこちらから相手を避けます。まっ、その操艦はアツシーにお任せだけどね。
だからアツシーも重力センサーで前方に正体不明船を発見した時は、私たちへ報告する前に針路を変更して対応したはずだ。だけど相手はその進路変更に併せて船を被せてきた。なのでアッシーは警報を発したのだ。
後、近づいてきたという表現だと相手がこちらに向かって進んできたように思うかもしれないど、実は2隻の進行方向は一緒です。そこのところ、勘違いしないでね。表現としてはラブリー・ペガサスが相手の船に追いついたと言った方がピンとくるのかなぁ。
しかし、相手が海賊だとしても疑問はある。基本、大昔の航空路線と違って恒星間空間には航路というものは存在しない。最短距離経路というものはあるが、それだって偶然宇宙船同士が警報が発せられるくらい接近する確率は億分の一もないのだ。それ程宇宙空間とは広大なのである。
そんな空間では如何に海賊とて獲物となる宇宙船を見つける事などできない。だって大抵の恒星間宇宙船は光の速さより速い速度で移動しているんだもん。後ろからレーダー波なんか当てられたって置いてけぼりである。
えーと、レーダーって電波を相手に向けで発信して、その電波が相手にぶつかって返ってきた時間差で距離を割り出しているから相手に電波が届かないと見つけられないのよ。ん~っ、ちょっと難しかったかなぁ。
なのでOLF内ではレーダーに代わって重力波を検知するのが他の船を見つけるスタンダードな方法です。うんっ、実は重力波も速度に関しては電波と一緒なんだけど、何故かOLF内ではULFと同等な速度比率で伝わるらしいです。
むーっ、便利だね、重力波。でも昔は検知するのが凄く難しかったんだって。いやはや科学技術の進歩って大したもんだわ。
でもそんな便利な重力波も検知出来る範囲と質量には限度がある。うんっ、重力って物質に働くチカラ四天王の中でも最弱らしいからねぇ。研究所辺りならでかくて高性能な検出装置を置けるんだろうけど、宇宙船に積めるサイズの検知装置には自ずと限界があるそうです。
それでも最新のやつなら有効範囲は1千億キロメートルくらいなんだとか。でもラブリー・ペガサスが積んでいる装置はそこまで高性能なやつじゃないので有効範囲は500億キロメートルくらい。うんっ、ラブリー・ペガサスは速い船だから本当はもっと遠くまで検知できるやつの方がいいんだろうけど、そうゆうやつは高いんでここら辺に落ち着きました。でもこれでも高性能なやつなのよ?普通の貨物船に積んであるやつなんて有効範囲は100億キロメートルくらいだもの。
因みに500億キロメートルというとラブリー・ペガサスの巡航速度だと10分くらいで到達します。つまり10分前に感知できます。
でもこれは相対速度が280光速だった場合の話。今回は相手も同じベクトル方向に進んでいるから相対速度はもっと小さい。なのでアッシーが計算した近接時間20分から逆算すると相手の船は大体140光速くらいで飛んでいる事になる。
140光速と聞いてそんなもんなの?と思った人もいるかも知れないが、民間船としてはこれは結構速い船足だ。それに相手の船はラブリー・ペガサスに接近する為に速度を落としているはずなので実際にはもっと速いはずである。下手したら200光速くらい出る船かも知れない。
それでもラブリー・ペガサスとの速度差は80光速。普通に考えたらあっという間に追い越せる。でもそれは何の妨害もなければだ。実際今相手はラブリー・ペガサスの針路を塞ぐように位置を調整している。こうなるとOLEにおけるマリー・アフロディーテ同士の接近による予測不能な事態を避ける為にラブリー・ペガサスは速度を落とさざる得ない。
そう、OLE内においては相手の進行方向の頭を抑えるのは実に理に適った戦術なのよ。もっともそれをやるには相手の航路を予め判っていないと駄目なんだけどね。
先にも言ったが広大な恒星間空間で宇宙船同士が遭遇する確立はとても低い。重力波による検知範囲だってたかが500から1000億キロメートル程度だ。そして船の速度性能に相当な差がない限り後方から追いつく事は出来ない。
なので大抵の海賊船は予め狙った船の航海予定マップなんかを事前に手に入れて待ち伏せするのだ。それだって成功する確率はかなり低い。
だが今ラブリー・ペガサスに接近してきている正体不明船は的確にラブリー・ペガサスを待ち伏せていた。この意味するところはひとつだろう。そう、誰かがラブリー・ペガサスの位置情報を漏らしたのだ。
ラブリー・ペガサスがこの航路を飛ぶ事を知っている部外者は四人。アキツシマ連邦政府の国家間紛争問題調停部所属のアンソニー・コイズミ2級調停官と、アキツシマ連邦郵政省中央特別事案極秘担当部新規2等級顧客担当課1等業務部長補佐全権委員付2等書記官。それに宇宙郵便船レッドペイパーの船長と副長だ。
この四人の内、アンソニーは積荷である独立承認文書の責任者なんだから情報を漏らす事はあり得ない。宇宙郵便船レッドペイパーの船長と副長も役職と仕事上の規則として積荷だった独立承認文書に関する最重要機密を外部に流出はさせないだろう。そしてそれはアキツシマ連邦郵政省2等書記官にも当てはまる。
と言う訳で基本全員シロなんだけど、敢えて勘ぐれば2等書記官が一番怪しいかな。なんたってあのおっさんは私から一発喰らっているし。なので意趣返しとして海賊に情報を漏らしてもおかしくない。それに独立承認文書に関する責任も今はアンソニーに移っているはずだから、仮に独立承認文書が海賊に奪われても多分おっさんはお咎め無しだろう。うんっ、状況証拠でしかないけどやっぱりおっさんが一番怪しいな。
だけどまぁ犯人探しは後回しだ。今は取りあえず正体不明船を何とかしなくてはならない。なので私はリリィと今後の計画を話し合った。
「さて、どうしようか?リリィ。」
「んーっ、不慮の事故として消えて貰えば?もうすぐミサイルの射程にも入るし。」
おっと、こいつ思いっきり不機嫌だな。いきなりミサイルをぶっ放すつもりだよ。まぁ確かに相手が海賊だと確実に判ればそれが正しい対処法だけど、確認もしないうちからぶっ放すと万が一って事があるからねぇ。
そう、正体不明船は限りなくクロだけど、完全に海賊船だと確認出来た訳じゃない。なので今ミサイルで攻撃しちゃうと、後々報告書を提出する時に社内の緊急時対応規則がなんちゃらだとかって法務部に嫌味を言われてしまう。ましてや何かの間違いで正体不明船が普通の民間船だったりしたら大問題になってしまう。
なので準備はするけどミサイルの出番はもっと後だ。いや、待てっ!リリィって今不慮の事故にしちゃえって言ってたな。つまりこいつは正体不明船がどっちでもいいと思っているのか?う~んっ、本当にこいつ、今機嫌が悪いらしい。おっかないなぁ。




