父の苦悩
5月中旬。新緑の季節。今日も榛名は平和である。
中学校から響く元気いっぱいの生徒の声。
田舎町ではあるが、中学校は市内屈指のマンモス校だ。
元々は一つの町であったが、平成の大合併により、町はなくなった。
しかし、町が合併された後も住民の結束は堅い。
近年では榛名ブランドの特産品やイベントをPRしている。
住民は皆、故郷への誇りを持っていた。
ある日のこと。
「群馬って何もないよなー」
「ほんと、魅力度下から数えた方が早いし」
高崎市街某所ではこんな会話が飛び交っていた。
東北から出張で来ていたサラリーマン達だった。
「峠の釜めしくらいかーあるとしたら」
「俺あのシイタケとあんずが苦手でねぇ、毎回残しちゃうんだよ」
「つか車多すぎんだよ、よく排ガスきたねぇところに人住んでるよなぁ」
「それでいて自然の宝庫とかバカげてっぺー やっぱ東北がいいよ」
などと話を聞いても気持ちの良いものではなかった。
確かに東北の方が空気は綺麗だし美味しいものもある。
けれど、わざわざ他所の土地へ行って、
その土地を悪く言う必要も無いでしょうに。
もしかすると、日本全国で共通する気質かもしれない。
自分らのやり方が間違ってない、自分のとこでは常識、他所では非常識、
たとえ自分が正しいとしても信じて疑わないのだろう。
色んな人々が知恵を働かせて世の中が豊かになったとはいえ、
まだ考えの古い人間がゴロゴロいるもんだ。
それをたまたま聞こえたのか、拓造は憎悪の念に満ちていた。
何気なく聞こえた峠の釜めしの悪口を娘の悪口にしまった。
あゆみの「あ」はあんずの「あ」なのである。
自分には叶えられなかった部分を達成してほしい、という父の思いがあった。
悠かに実る杏のように、自ら生きた軌跡に間違いはないと信じて欲しい。
そんな強い願いがあった。
拓造は悔しかった。
自分も大学時代、全国各地から来る色々な選手と接してみたが、
どうも東北人だけは好かなかった。
それはもはや個人の感情なので、どうこうできるわけでもない。
拓造は自分の及ばぬ部分は、息子や娘に託したようなもんだ。
ゆくゆくは東北の奴らを圧倒してやれる、憎たらしい奴らを見返してやれると。
もちろんすべての人間がそうではない。
しかし、拓造の感覚では、東北が雑魚だということだ。
学生時代、戊辰戦争の負け犬根性が生意気抜かすんじゃねぇ
と発言したことで口論、警察沙汰になったこともある。
まぁまぁ、確かに事実だが、そこまで言う必要ないだろうに。
自信と尊大を履き違える東北人を心底憎んだ故の拓造のアクションであった。
彼らに中途半端に武器を与えてはつけこんでしまう。
謹慎中にて、表向きは反省しながらも、自分の考えは変えようとしなかった。
つまり、東北=負け犬、というイメージをこれからも、と拓造は考えていた。
しかしそのことは一切口にしないで生きてきた。
みんな誰しも、人には言えない悩みが一つ以上存在する。
語りたくない過去もある。拓造もまたその一人であった。
家に帰って拓造は自分の部屋にこもってストレッチと筋トレをしていた。
体を動かすことで気が晴れるといいのだが。
夜が明けた。
今日も群馬は快晴です。




