快速、Big Dream号
7回表、榛名中の攻撃。
先頭バッターがフォアボールで出塁し、ノーアウト1塁。同点のランナーだ。
ここで榛名中ベンチが動く。代走に大夢を起用する。
どうりでここまで登板がなかったわけだ。
他のスポーツの事情はどうだろうか、
少なくとも野球の場合は臨時代走を除き一度選手を引っ込めたら使えないし、
選手が途中から出場できるのも一回きりだ。
だから例えば、ピッチャーでまた再登板する可能性がある時は他のポジションに回るのが自然な流れだ。
采配する立場にある大人は選手起用にあたりその辺も踏まえてちゃんと考慮しなければならない。
箕郷中もタイムを取る。マウンドに内野と監督が集結する。
「監督、俺に投げさせてください」
恒輝は志願した。その声が大夢に聞こえるように言ったため、監督に耳を貸してもらい小声で説明した。
「わかった。恒輝がそう言うんなら構わない。」と箕郷中の監督は許した。
大夢は薄々気が付いていた。
「まさか牽制でもするのか?それにしてもこのタイミングで恒輝が投げるとは・・・。」
それもそうだ。普通は大夢が代打で起用されてから、恒輝がマウンドに登るのならわかる。
それが敢えて勝負を避けるのか、いやそんなことはなかった。
何かしらの意図はあるんじゃないか。大夢は察していた。
箕郷中の守備が動く。駿介は退いた。
ブルペンには群馬屈指の好投手、今西とその球を受けるキャッチャーの金島が控えている。
なんとこれまで受けていたキャッチャーの竹下がマスクとレガースを外した。
1年バッテリーで起用する思い切った采配をしてくるだろうと、周囲の誰もが思っていた。
本当のことを知っているのは箕郷中の選手と指揮官のみ。
箕郷中の監督が今西、金島バッテリーに話しかける。
その時だった。大夢は驚いた。
なんと恒輝が竹下の外したキャッチャー用具を手に取ったのだった。
いやまさかとは思うが、
「ピッチャー、田村駿介君に代わりまして、ライトの田村修大君が入り、田村駿介君がライトに。」
そしてアナウンスは続けて、
「キャッチャーの竹下君がサード、サードの前田君がキャッチャーに入ります。」
大夢は唖然とした。と同時にやる気がみなぎってきた。
「これは面白いな。恒輝、俺が還ってくる前に打線攻略できるかな。攻略する前に俺が還ったら俺の勝ち。俺が還ってくる前に後続を打ち取ったら恒輝の勝ち。臨むところだ。」
実のところ、竹下には申し訳ないが、恒輝の方が肩に関しては一級品だ。
何せ、控え捕手ではあったが、甲子園出場への貢献と群馬勢躍進の1人として活躍した前田茂のDNAを受け継いでいるのだ。
結局今西、金島の方は、延長線での登板に向けて心の準備をするように言われた程度だった。
榛名中も動く。
「バッター、佐藤陽人君に代わりまして、代打島崎君。背番号⑦。」
しかし、あっけなく三振に打ち取られる。ワンナウト1塁。
「1番、セカンド、越沢君。」
越沢は小学時代、大夢の1年下ではあるが、ショートとピッチャーとして活躍していた。
もちろん、中学でも新人戦でレギュラーを勝ち取り、キャプテンを務める。
ライバルは別の小学校の同期、今日の試合で越沢のネクストバッターを務める高橋修治だ。
新人戦では控えピッチャーだったが、実は彼はどこでもポジションをこなせるオールラウンダーだ。
前田コーチはそこに目をつけ、榛名中の守備力改善の立役者の一人になったのである。
越沢は出塁を狙わんばかりと揺さぶりをかける。
ツーボールワンストライク、バッティングカウントになった。
箕郷中ピッチャーは明らかに集中を乱していた。次の瞬間である。
左バッターボックスの越沢は神主打法に切り替え、打席の白線内で若干前に移動する。
恒輝にとっても嫌な存在だ。ああいう風にしておいて、キャッチャー前のゴロも想定していた。
何が来ても怖くはない。しかし、ランナーが大夢だと言うことも頭に入れて盗塁も想定していた。
しかし、ここまで大夢はピクリとも動いていなかった。
次の瞬間だ。ピッチャーが足を上げ、大夢はスタートダッシュを切った。
「エンドランか。」しかし、越沢はわざと空振りした。
少しのロスがあったが、恒輝は捕球したあと素早く二塁へ送球した。
「俺に投げさせてください」の意味はそこにあった。
自らの送球で後輩のミスを帳消しにしたい気持ちもあった。
完璧だ。今までで一番かもしれない。
しかし、僅かな迷いが、次の塁を奪いに行くことだけ考えた大夢との差が歴然としていた。
若干高めに浮いた。タッチより足が早かった。二塁はセーフ。
第一ラウンドは大夢に軍配が上がった。
越沢はフルカウントまで粘り、内野安打性のサードゴロを打つも、僅か一歩差で凡退に終わる。
竹下は途中からサードに回りながらも落ち着いてさばくことができたのは立派だ。
ここをエラーするのと打ち取るのではだいぶ違う。
ツーアウト二塁。あと一人だ。
「2番、センター、高橋修治君。」
修治は2年生ながら、後閑の穴を埋める存在として期待がかかる。
修治はストレートには強いが変化球になるとスイングが崩れる癖があった。
恒輝自身もそれは見破っていた。
変化球中心にリードを組み立てる。
初球カーブ、次の瞬間である。
走らないと思っていたが、まさかの三盗を決められたのだ。
どれほどキャッチャーの肩が良くても、ピッチャーの投球速度が遅ければリスクがある。
自分で投げさせてくださいと言った割には中々アウトに結びつかない。
実は大夢自身、複数盗塁を決めたのは初めてだった。
修治は失投を狙い打ちしてセンター前にヒットを放つ。
大夢はホームイン。同点になった。
しかし、次のバッターの時である。
投球捕球後すかさず、修治のリードの広さに気づき、矢のような送球で一塁にけん制した。
これでスリーアウト。7回表は終了する。
「大夢よくやったぞ!」
大吉じいさんがスタンドから声をかける。
大夢はこの試合、守備に付くこともマウンドに登ることもなかった。
7回裏に味方のミスでサヨナラ負けを喫してしまう。
榛名中VS箕郷中は5―6で箕郷中に軍配が上がり、夏のシード権を獲得した。




