ウォーミングアップ
「いっちにーさんしー」「ごーろくしちはち」
榛名中と箕郷中の両軍がウォーミングアップしている。
いよいよ待ちに待った大夢と恒輝の対戦だ。
新人戦の屈辱的な敗退を立て直すため、榛名中の司令塔の1人として高崎北ボーイズから来た名監督、前田茂が率いる。
箕郷中の背番号5番前田恒輝の父親だ。
今朝、恒輝は父に聞いた。
「明日、あっ間違えた、今日大夢投げる?」
「うーん、それはわからないなぁ」
僅かな期間ではあったが、共にプレーした仲間である大夢との対戦を恒輝は楽しみにしていたが、手の内をそう簡単に明かすことはない。
榛名中は秋に比べて大夢の復帰も相まってだいぶ成長してきている。
恒輝は不安げで困った顔をしていたので茂は、
「とりあえず、誰が出ても自分の一生懸命プレーしてこい。そうしたら大夢だってありがたいと思ってくれるよきっと。」
「うん。」
恒輝は頷いた。迷いがなくなった。
「キャッチボール!」「へーい」
榛名中は19人、いや17人がキャッチボールをやる。
1人いないのはピッチャー返しによる怪我で途中退場した後閑である。
病院に運ばれ、すぐに復帰するのは難しいとのことだ。
相当の痛手だ。外野の守備が手薄になる。
玉置は故障の影響でまだ投げることは出来ないが3人のグループで捕球中心に行っていた。
守備が手薄になる事態に備えてファーストミットを持ってファーストの練習をする。
そして、大夢だ。グローブを忘れたわけではない。
昨日の登板による疲労が抜けきっていなかったのだ。
陸上時代のおかげで下半身にだいぶ筋肉はついていたが、
上半身の筋トレ不足は露呈されていた。
下手したら野球部の半分しかやっていないのかもしれない。
茂に呼び出された。茂はキャッチャーミットをはめていた。
「ストレッチとマッサージを軽くやったらキャッチボールを始めよう。」
まず確実に届く距離から投げた。茂は待ったをかけた。
「全部山なりでいい。ミットに構えたところめがけて投げるように心がけよう。」
「はい!」
なるほど。常識に囚われないとはこのことだろうか。
普通、山なりで投げるのは御法度で注意を受ける。
しかし、茂はそんなことは気にしなかった。
あのダメダメだったチームを立て直すのならどんなやり方でもやってやるという気でいた。
気がついたらプレートを踏んで座らせながら投げていた。
もちろん全球スローボールだ。いいえ、いつもの投げ方です。
茂はアウトローに構える。
構えたコースにボールが決まるとすっきりするが、ワンバウンドになってしまうと思わず苦笑い。
茂の言うとおりに投げていた大夢は自然と楽しくなった。
腕の筋肉痛を相手に悟られないようにするためでもあった。
あのボールでも抑えることができたのだから、
今日も今日とて相手を翻弄してくるだろうと、箕郷中は気が抜けなかった。
もちろん恒輝もその一人だった。
榛名中はトスバッティングだ。
座って受けてた茂はマウンドにいた大夢を呼び、こう言った。
「なんか面白いことしてみて?(笑)」
「急にそう言われましても(笑)」
「まぁまぁ。というのは大夢君は引き出しが多いからさ、例えばお笑い芸人とか」
「あー、お笑いじゃないんですけど、妹の物真似やってみますね」
「いいよ(笑)」
「えーっと、ホームベースから大体この距離ですね。ソフトボールでピッチャーやってるんで。」
「ほうほう」
「で、こうきて、こうなんですよ」
「なるほど、ちょっとこれでボケてみて(笑)」
「うーん・・・」
大夢は少し考えた。
妹には申し訳ないが、チビでぽっちゃりなのはわかっているからもうあのネタをやるしかないと。
「茂さん、行きますよー、せーのっ・・・ドスン、ドスンwww」
大夢は恥ずかしかった。茂は大笑いした。
「もう一度やってみ?(笑)」
「えーわかりましたwwwせーのっ、ドスン、ドスンwww」
「うっひょー震度8www最高記録っすwww」
茂までキチガイになった。
箕郷サイドにも聞こえた人は聞こえた。
「父さん、何やってんだよ・・・」恒輝は赤面した。
一方、スタンドには1人のおじいさんがいた。
大夢の祖父、大吉だった。
あのキャッチボールをこっそりビデオカメラで撮っていた。
最後の最後に良いものが撮れた。
家に帰ったら、一家の笑い物にしてやろうと。
それと同時に安心感もあった。
「すいませーん、大夢君無茶してたら腕つっちゃったんでエース山村で行きます!私の責任です!申し訳ございません!」
実はこのことも茂コーチの思惑通りだった。
途端に箕郷中の目の色が変わった。
山村を攻略して優勝に向けて弾みをつけていく。
次回、熱戦プレイボール。




