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第5話 殺人犯、買い物に行く

「ドンドンドン!ドンキ!ドンキ・ホーテ~!ボリューム満点激安ジャングル~~~」


 騒々しい店内BGMを一身に浴びながら、俺は行きつけのディスカウントストアに来ていた。


 逃亡中に偶然発見した廃墟は、まるで建物の中だけ時間が凍り付いたように整えられていた。


 だが、いくら豪奢で綺麗とはいえ廃墟は廃墟。生活のための日用品が用意されているほど、都合良くはなかった。


 だから、俺はフードで顔を隠し、万引き犯さながらの恰好で買い出しに向かったのだが……


「おい、なんで付いてきてるんだ」


「別にいいじゃん。私だってドンキで買いたいものがあったの」


 黒いジャンパーのフードを被った俺の後ろには、艶やかな赤髪を肩で切りそろえた制服姿の女子高生、瑠璃が立っている。


 フードで顔を隠した男が女子高生を連れて歩いている。防犯カメラに映る俯瞰視点には、さぞ不審に映っているだろう。頼むから、悩みの種を増やさないでほしかった。

 

「俺は廃墟で暮らすための日用品を買いに来ただけだ。趣味の買い物はひとりでやっててくれ」


「私だって日用品くらい買うってば。家出してきたんだから」


 そう言うと瑠璃は、歯ブラシとミント味の歯磨き粉を籠《かご》の中に入れた。俺も色違いの歯ブラシと『グリーンアップル味』と書かれた歯磨き粉を手に取る。


「何だっけ?家出してきたとか言ってたけど大丈夫なのか?」


 俺は所狭しと並んだ商品棚を蛇のように避けながら、瑠璃の背中に語り掛ける。瑠璃は気にする様子もなく、旅行用のボディソープを手に取り吟味していた。


「ちょっとムカつくことがあって家出してきちゃった。当面は帰らないって言ってあるから大丈夫」


「……当面って、どれくらいだ?」


「気が済むまでー」


 なんてことない調子で瑠璃が言う。近くでマウスウォッシュを物色していたおばさんがこちらを二度見していた。慌てて俺はその場から離れる。


 しかし、最近の子はこんなにフットワークが軽いのだろうか。

 

「そうじゃないといいけどな……」


 曲がりなりにも俺は警察官なので、瑠璃のような家出中の高校生は補導することが出来る。だが、今の俺が警察に連絡すれば、真っ先に警官が向かってくるだろう...俺を捕まえるために。


 警察手帳もアパートに置いてきている。それに、瑠璃はこういう注意を聞くようなタイプではないだろう。


 俺は一通りの日用品を籠に入れる。洗剤、シャンプー、洗顔料…。安くて多いをモットーにしている店なので、帰りは荷物がかさばることが容易に想像できた。


「というか、お前はさっきから何を見てるんだ?」


「ドンキに来たら、買うものなんてひとつでしょ」


 瑠璃はそう言うと、俺に細いペンを見せてきた。


「サインペンか」


「ペンじゃないよ、キャンメイクのアイライナー!」


「化粧品かよ」


 俺ははぁ、と息をつく。見れば、瑠璃の持つ籠の中には、色とりどりの小箱やボトルが大量に入っていた。


 プチプラに胸を躍らせるあどけない姿を見ると、こいつが恐ろしいヴァンパイアである事を忘れそうになる。


「こんなに化粧品買ってどうすんだよ」


「メイクのために決まっているじゃん。何言ってんの」


「ガキンチョの癖にませた奴だな……」


 瑠璃の横顔をよく見ると、目尻を流れるブラウンの流線が引かれ、涙袋に細かいラメが散っているのに気が付いた。思えば、瑠璃はかなりの美形だ。色とりどりに陳列されているプチプラを眺める姿は、場違いに置かれた彫像のようだった。


「なに、私の事ジロジロ見て」


「いや……喋らなければ美形だなって思って」


「それなら、もう口を利かないけど」


「何だろう、俺はあんまり困らない」


 瑠璃にひと睨みされてしまった。俺は失言を悔いると、二階へ続く階段に向かった。


「なぁ瑠璃」


「……」


「その化粧品俺が買ってやろうか?」


「えっいいの!?」


「もうちょい粘れよ」


 鮮やかな手のひらの返しように頭を抱える。実際、怪しい人間にホイホイ付いて行ってしまいそうな危うさがあった。…今の俺のように。


「しかし、改めてみると手が込んでるな」


 店内は上下左右、目を引くPOPばかりだ。雑に貼られたように見えて、しっかりと煩雑な商品群に誘導するようにできている。


「俺にはセンスねぇからな、凝ったことはできねぇよ」


「ん?なんか言った?」


 振り向くと、瑠璃が後ろから小走りで近づいてきた。


「なんか籠の中身増えてねぇか?」


「誤差だよ、誤差。それより、まだ買うの?」


「帽子とか、自然に身を隠せるものがほしい。あと替えの衣類」


「ケイは、そういえばそ(・)う(・)だ(・)っ(・)た(・)ね(・)。例えば防犯カメラとかって大丈夫なの?」


「えーとな」


 階段を上りながら、俺は警察官として説明する。


「防犯カメラはあくまでも記録だ。顔を映さなければ誰だか分からないし、映った情報から人物が判別できなければ記録として体を成さない。ただ、服装や滞在時間が手がかりになったりはするがな。」


「え?そうなんだ。ちょっとでも映ったらすごい技術で誰だか突き止められると思ってたよ」


「ないない!それが出来たら苦労はしないって」


「む……そしたら、防犯カメラはそんなに怖くないってこと?」


「いや、防犯カメラの長所はその数だ。例えば、フード姿の俺がこの店のカメラに映る。その男は街路のカメラにも映り、また十分後には路地裏のカメラで見られる。こんな感じで人物の動きをリレー形式で追うことが出来る。それがカメラの怖いとこだ」


「なんていうか、星座みたいだね」


「星座?……あっ」


 瑠璃の例えは的を射ていると思った。星と星をつなぎ合わせ、一つの絵を想起する。昔の人は星座で方角を読んだものだ。

 

 偶然だが、捜査課でも犯人の事を『ホシ』と呼ぶ。ホシの動きを繋ぎ合わせ、犯人への道筋を示す防犯カメラは、まるで星座そのものだった。


「結構頭いいな、お前」


「え?ありがと。でもこの前数学のテスト32点だったよ」


「……聞かなかったことにしよう」


 一個上のフロアには、主に衣類や食料品が並べられていた。保温を謳うセーターや撥水性の高いズボンなど、食指が動くものが多々あった。


「ね、身を隠すならこれとかいいんじゃない?」


 お菓子の袋を左手に持った瑠璃が、籠から何かを取り出した。それは茶色の毛むくじゃらだった。


「……なにこれ」


「ウィッグだよ。坊主だし丁度いいじゃん」


「女性用だろこれ……」


 瑠璃が手渡してきたのは、ブラウンのウィッグだった。これを装着しても、セミロングヘアーの不愛想な男性が出来上がるだけだ。


「戻してこい。帽子とかニット帽とか無難なのを探すから」


「えー、いい案だと思ったのに……」


 残念ながら拙案だ。こんなのを付けていたら目立って仕方がない。


 ついでに日持ちする食料品を探そうとした、その時だった。


 俺の心臓が跳ねた。


 同じ階に、店内を見回っている警察官がいることに気づいたのだ。


 俺は無言のまま階下に降りようとする。絶対に、目を合わせてはいけなかった。


 足音を立てず、なるべく自然に階段を下りているときだった。


「ケイ?どこ行くの」


 馬鹿!


 俺はそう叫びたくなる衝動を必死で堪えた。


 今の声が警官にも届いたんじゃないか。確かめたくても、振り返れなかった。


「思い立ったらいつだって~~ドンキホーテで待ち合わせ~~」


 五感が冴えると同時に、今まで意識から外していた店内BGMが耳に入ってくる。


 それにつれて、俺は瑠璃の言葉を思い出していた。


「というわけで、ケイの犯した罪は私が暴くから。覚悟しててね」


 瑠璃があの警官に一言話しかければ、それで終わるかもしれない。こいつは俺の秘密を探ると言った。だが、俺を匿ってくれるとは、一度も言っていなかった。

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