02-02
眼鏡を改良する。
通常は目には見えないもの――魔力が見えるように。
急ごしらえだが、一応、初期タイプの眼鏡が出来たので、その試運転も兼ねて街に出る。
(勇者の剣を調べられるようにしないと……そのためには、ついていかないといけない)
その方法もいくつか考えつつ、眼鏡の縁にふれる。
ぼんやりとした色が浮かびだした。
その色は、人や植物などから発せられている――魔力だ。
(けど、属性まではちゃんと見えないな。属性ごとに色を設定したはずだけど)
近所の老爺の色が赤いのを見て、まだ調整が必要だと判断する。彼は水属性の魔法使いだった。赤色は火属性としていたはずだが、誤作動している。
(けど、魔力量的には……大体あってそうかな)
魔力量測定は国民の義務で、大雑把なクラス分けがされる。五段階評価。
今現状、最も魔力が高いのは最高五段評価の陛下で、二番目の四段階の僕や船長と先生――アルの母――だ。……他にもいるだろうけど、流石に全員は把握してない。
そして互いの魔力については、仲の良いもの同士なら大抵知っている。
頭の中の情報と合わせていくと、色のついたそのモヤの量が魔力量を表してそうだった。
時間がないので属性調整までは難しいかもしれないが、魔力が見えるだけでも分かることはだいぶ多いはずだ。
(それにしても、無機物に魔力は宿らないってのが定説だけど、ほんの少しモヤが見える)
ただそれが眼鏡の不具合なのか。新事実なのかは分からない。
(……アルを見てみよう)
一番気になっていたこと。
大将軍の父と治療士長のトップの母を持つ彼が、魔力なしというのは以前から疑問だった。しかし魔力計測の現場を見たことがあるものの、たしかに計測器は無反応だった。
ネールでさえ、かすかに反応があったのに。――ちなみに、眼鏡でネールを見た時も魔力のモヤが見えた。
眼鏡の機能はまだまだなところはあるものの、魔力量に関してはそこそこの精度はありそうだ。これで、アルを見れば――。
「アル兄! 剣教えて!」
「あ、あなたばかりずるい! 今日は私の弓見てもらうの!」
声に顔を上げると、探していた人物が子どもたちに囲まれていた。
「お前らなぁ、順番な、順番」
呆れながらも、なんだかんだと面倒見がいいアルは、一人一人に対応していく。魔法が使えない分、アルほど武器や道具の扱いに長けている者もそういない。
(……ほんと、お人好しすぎる)
魔力なしと蔑まれてきたこともあるというのに、そんな蔑みを実力で翻した。もう誰も、彼を魔力なしと笑わない。
けど僕は、覚えてる。
アルのことを笑い、石を投げたやつらのことを。
一瞬、魔力が乱れたのを抑え込んだ。
今はとにかく、アルを見て見なくては。
眼鏡の縁に触れる。カチリと音がする。
子どもたちの周辺に色んな色のモヤが出てきた。そして、アルは――。
「……え?」
思わず声が出た。
アルに、モヤはなかった。
ただ……黒かった。
アルの姿が見えなくなるほどに、彼の身体全部が真っ黒だった。
こひゅっと変な呼吸音が出たけど、気にせず空を見た――モヤは見えず、ただ青空が見えた。
もう一度、アルを見る。
「……なんだ、これ」
何度見ても、アルは真っ黒い影だった。
***
家に帰り、さらに検証した。
有機物にはモヤが見えた。無機物には見えるものと見えないものがあった。
しかし、真っ黒な影のものはほとんどなかった。
「近いのが、これかな」
それは魔道具。
そのうちの一つである灯りの魔道具は、灯りをつけている時はモヤがでるが、それを切った時、灰色の影になる。アルほど濃い色ではないが、モヤと違ってくっきりとした境界が見える。
他の魔道具も、機能を発揮している時はモヤがかったものが見えるが、そうでない時はモヤではなく影になる。その色は、多少の濃度に違いがあれど、灰色。
「いや、機能切ってても多少モヤは見えるけど……影になる部分は魔力をためている場所……つまり、魔力の塊? いや、だとしたら魔石のようにやはりモヤのように明確な形はないはず。
しっかりと形に応じて明確な形を保っているから……」
眼鏡の機能は完全ではないが、モヤが魔力なのはほぼ確実。自分の手からも見えるし、魔法を放つとそれにも見える。
バチバチッと手に雷の魔力を集めながらそれを眺めていると、ふと思いついた。
「魔力を封じる?」
そうだ。魔道具には魔力が貯められるように特殊な封印式が施されている。
「…………」
紙に簡易的な封印式を描き、モヤを放つ魔石を中心に置き、封印魔法を発動させる。すると、モヤが消えて薄灰色の影になった。
何度か試し、もっと本格的な封印式も行った。
「……影の色が濃くなった。強固な封印ほど濃くなる?」
それらを考えると。
「アルは魔力を封じられてる? 誰が? なぜ……?」
顎に手を当てて、口に出しながら整理していく。
アルに「本当は魔力があった」としても、その事そのものは驚きではない。彼の両親は国でも優秀な魔法使いたちであるし、そもそも彼自身の身体能力はずば抜けている。魔力に寄る身体強化がなくてあそこまでの能力が出ていた、と言われるより実は魔力があったからと言われた方が納得感がある。
(身体への強化になら、封じられていても使える可能性はある)
「でも……アルは本当に自身を魔力なしと思っているようだったし、先生も知らない様子だったし。
あとなんといっても……有機物に対しての封印なんて、聞いたことがない」
魔王の封印ですら、魔王城ごと時空の狭間に封印しているのだから。
無機物と違い、常に呼吸し、常に心臓を動かしている生き物の状態に、封印の形を合わせ続けるのは現実的ではない。出来たとしても長くは続けられないし、より複雑で強固な封印だと色が濃くなるなら、そんな高等すぎる封印できる人がこの世にいるのか。
自分にだって難しい。
治癒魔法を教えてくれた先生――アルの母――なら出来るかもしれない。しかし、先生の人となりを考えると、彼女が自分の息子にそんな封印して、知らない顔が出来るとは思えない。
船長も無理だろう。彼は戦闘についてはすごいが、他の魔法に関しては得意ではない。あと、この人も隠し事は下手だ。
「なら、陛下か……おじさん?」
二人の名を出す。この二人なら、出来る可能性があった。
「いやでも、だとしてもなんでわざわざ魔力を封じる必要がある?
あって困ることなんてない。むしろないからこそアルは馬鹿にされてきたのに。それに、危険度だって増す」
魔力を封じるメリットが、とっさに出てこない。
陛下もおじさんも国民の安全を何よりも考える人であるし、おじさんにとってアルは実の息子だ。子供を危険に晒したりするだろうか。
「……分からない。けど、とりあえずアルの魔力が封印されてるなら、早く解かないと。魔王退治に行くんだから少しでも……魔王、勇者……?」
喋りながら、何かが引っかかった。
椅子から立ち上がり、室内を歩き回る。
「勇者。
そうだ。アルは勇者に選ばれた。魔力が封印されているアルが」
小国と言えど、他にも大勢が住んでいる。そんな中でアルが選ばれた理由。
偶然、というのも否定はできない。
けれども、今まで一度も失敗したことのない魔王討伐に向かう勇者が、何の意味もなくランダムに選ばれた。だなんて言われるより、何かしらの理由があったと言われた方が納得できる。
ピタっと足が止まった。
「魔力量?」
今まで、陛下が魔力量トップだと思っていたけれど、アルも魔力を持っていたとするなら、アルの方が潜在的な魔力が高くてもおかしくはない。
戦闘力というものは基準にしにくいし、それより単純な魔力量で選ばれるというのは少し納得。だけど、不満だ。
(いくら魔力があったって、上手く魔法に変換できなければ宝の持ち腐れだ)
魔力だけですべてが決まるわけじゃない。
だけど、勇者として選ばれる基準が魔力量だと仮定すると、アルが勇者に選ばれた理由は納得できる。魔力量は年齢とともに落ちる。陛下は年を召されてもかなり多いが、血筋と若さでアルの方が選ばれるのは自然だ。
「あとは、なぜ魔力量が基準なのかに説明がつけば、だけど……もしかして、陛下やおじさんはその理由を知っている?」
勇者が選ばれる理由に関しては、自分に調べられる限りで載っている書物はなかった。昔の論文もひっくり返したけれど、不自然なほどに勇者と魔王に関しての研究論文は、ほぼなかった。
まるで……それを調べること自体が、タブーであるかのように。
「おじさんが突然外の世界に行った事と関係が? 戦争を止めたとかなんとか」
以前から覚えていた違和感。
この国を愛し、家族を愛していた彼が、突如職を辞した上に家族をおいて大陸に向かった理由。
しかも大陸の愚かな諍いに関わっていたなど、本当に自分には理解不能だった。
「でも、おじさんは馬鹿じゃない。優しいけど、ただのお人好しでもない。何か、理由が……」
考える。考えるが……分からない。情報が少なすぎる。
前髪を掴んだ。
「くそっ! こんなことなら、軍に入っておけばよかった」
そうすれば城の図書館奥にある機密文書に触れる機会もあったのに。国を守ることに興味がなくて断ってしまった。
しかし悔いても仕方ない。
今は、原因はともかく、アルから目を離さない事が大事だ。どうにかして、討伐の旅について行かないと。
「僕一人だと疑われる……ネールにお願いするか」
利用するようで少し胸が痛いが、しょうがないと天井を仰いだ。




