02-01
ある日、親友が勇者に選ばれた。
今までの魔王復活の間隔が二百年~三百年であったというのに、今回は短く、百五十年程度で復活してしまったらしい。
けれど、まぁ……魔王が復活しただけならば、僕にはあまり関係ない話だった。
気になったのは、選定の矢が家じゃなくて道に刺さったり、家畜に刺さったり……はては直接誰かに突き刺さったりしたら、どうなるんだろう。
とか。
そもそも不思議な矢なのだとしたら、どんな仕掛けがあるのか調べてみたいな。
とか。
そんなことだった。――アルオニーの家に矢が刺さるまでは。
途端に他人事ではいられなくなった。
街の外にちょっと狩りへ行くのとは違う。魔王という、人類の敵と呼ばれる存在を倒しに行くのだ。
(いや、待った。討伐に行くのに、どうして魔力なしのアルが選ばれたんだ?
矢がふさわしい存在を選ぶなら、どう考えても現在国最強の船長さんが選ばれるはずだ)
最初は、そんな小さな疑問だった。
今まで、ご都合主義の物語、と思っていた勇者関連の書籍を読み漁った。
そして、読めば読むほど……違和感が強くなった。
子供向けの童話からなるべく史実に近い話。大陸で語られている勇者の話。
様々なものを読んでみたが、共通しているのは、勇者のその後が一切語られていないということだった。
他の英雄譚では、華々しい凱旋のパレードや、英雄が結婚して幸せになった、などの話がたとえ数文でも描かれることがほとんどだ。
しかし、勇者に関してはそれがまるでなかった。
――こうして魔王は倒され、世界は平和になりました。
すべてが、そんな意味合いの文章で締めくくられている。まるで、付け加えることを意図的に排除しているかのように。
魔王討伐に失敗した事例は探しても存在しない。失敗していたらこの国はとっくに滅んでいるし、世界が滅んでいる。……滅ぶ?
「……いや、そもそも魔王って、なんだ?」
愕然とした。
あまりにも当たり前に存在する概念過ぎて、深く考えたことがなかった。
魔王は世界を滅ぼす。倒さないといけない。と言われているし、そう思ってきた。だが、魔王は具体的に何をしたというのだろうか。
悪竜や魔物のように暴れて多くの犠牲者を出したか?
戦争や犯罪を引き起こし、世の中を乱したか?
答えは、ノーだ。少なくとも、僕が知る限りそんな記録はない。
魔王城が現れることが魔王の復活を意味していて、この国から選ばれた一人が勇者として魔王を倒す。書かれているのはそんな事実。
物語には、魔王が復活する前には人心が乱れ、魔物が溢れると書かれている。そして魔王を倒すとそれらが減るから、魔王のせいだと言われているが……本当にそうなのだろうか。
だって時空の狭間に封印されている魔王に、この世界へ干渉する力があるとしたならば……そんな強力すぎる魔王の討伐が、そう簡単に成功するとは思えない。
だがいつだって、勇者は大勢では乗り込まない。単独だ。パーティすら組まずに一人で行くことがほとんどだ。
そう。一人。
歴代の勇者たちは、なぜか一人で行きたがる。
封印されながらも世界に干渉できるような相手に、いくらそのとき最強の戦士だったとしても、たった一人で勝てるか? それも、一度や二度じゃなく。何度も何度も魔王を倒して封印してきたのだ。どこかで失敗していてもおかしくない。
血の気が引く。
考えれば考えるほど、この勇者と魔王は奇妙だと気づくのに、どうして今まで考えなかったのだろう。
幼少期に勇者の物語に対して覚えた嫌悪感は、当たっていたのだ。
***
アルが勇者に選ばれて数日がたった。
アルは、陛下に呼ばれて城に行き、何かを話し合って……様子が少しおかしくなった。ほんの少しの違い。
いつものように常に周囲を見渡しながらも、頭の奥で何か別のことを考えている。
「アル! もしかして緊張してるのかい? 最近何か考え込んでるよね」
肩を叩きながら聞けば、アルはバレたかと苦笑しながら答えた。
「お前には隠し事できないな。
んー、陛下が勇者の剣を手に入れたら一度持ってきてほしいってさ。修理が必要かもしれないし、ちょっと見てみたいって。
だから……勇者の剣って実物は、どんなのだろうかって想像してた」
僕をまっすぐに見つめて言う彼を見て、察した。
(半分嘘だな)
アルは嘘をつく時、こちらをまっすぐに見つめてくる。堂々とすることでバレにくくするためだろう。
問題はどこが嘘か、だけど最後に付け足したところだ。横におろした左手の親指が、中指の横を軽くこすっていた。これもアルが嘘をつく時のクセだ。
(陛下が剣を持ってこいって言った? なぜ……? 一々剣を持って帰るのは遠回りなのに)
何百年も放置されていた剣が壊れているかもと心配するのは、あり得るようだが、ありえない。今までの記録にそんな記載はなかった。勇者の剣を修復した、なんて記述はどこにもない。
国の中枢にはもっと詳細な記憶も残っているはずで、だとすると陛下は修理が不要なのも分かっているだろうに。……いや、本当に修理が必要なのだろうか? でも、だとするとなぜ修理の話がまったく書かれていないことにも疑問が出てくる。
(……まぁ、あの陛下だから好奇心ってのが本当だ、と言われたら納得できてしまうけど)
一国の王でありながら、王冠をかぶってない時はどこにでもいるのほほんとした中年男性の王様を思い出し、肩をすくめる。
信頼できる人ではあるし、いざという時は頼りにもなるけれど。
そう思いながら、怪しまれない程度に色んな人に話を聞いていたら、今度は船長もどこかおかしくなった。
あの船長が、時折ぼんやりして何か考え込んでいる。
あの船長が! 考え事をしている!
「船長さん、どうしたんです? また発作ですか?」
イヤイヤ声をかける。しかし、船長はしばらく反応しなかった。……これは、重症だ。
「……あ? イデアル? お前いつから」
「なんですか? また陛下から無理難題でも言われました?」
冗談半分、本気半分で問いかける。
この人がおかしくなるのは陸の上に長時間いた時と、陛下関連だ。
案の定、びくっと体を動かした。
「あー、いや。難題ってわけじゃないんだが……」
船長は微妙な顔をした。難しくはないのに、悩む。意図が分からないことを頼まれた、ということだろう。それでも、いつもの船長ならば陛下の言葉に疑問なんて抱かない。
なのに、どこか不安をいだいている。
さすがに何を頼まれたかは言わなかったので、一つ思いついて口にしてみた。
「もしかして、勇者の剣を見たいから持ってきてくれって頼まれました?」
「!」
「あ、やっぱり! 陛下ってこういうの好きそうですもんね」
あはは、と笑うと船長は少しホッとしたようで「そうだな。陛下らしいな」と肩から力を抜いた。
僕は船長と笑顔で別れてから、城の方を見上げた。
(船長さんにまで頼んでいた……なら、勇者の剣に何かある?)
眼鏡に手を触れる。以前から着手していた研究に力を入れる必要があった。
「開発、急がないと」
時間がない。
ある日、親友が勇者に選ばれた。
これは……勇者も魔王も自分に関係ないと高をくくっていた僕の――後悔の物語。




