01-07
カツンカツンと響くのは、俺一人の足音。
そして三階。
最後の部屋に続く廊下には、崩れた様子は一つもない。一階や外見は崩れていたというのに、だ。
もう……ここまで来ると、取り繕う必要がないからだろう。
一階で回り道させられたのは、やはり試練だったのだ。
「先代たちは、どういう別れをしたのかな」
それとももう、城に着いた時には、みんな一人だったのだろうか?
そんなことをつぶやき、思いを馳せながら、真っ直ぐな道を歩き、最後の部屋にたどり着く。
扉は――開いていた。
玉座の間。
最奥にある無駄に立派な椅子に、一人の男が腰掛けていた。赤黒く光る目が、俺を見た。
「ぐぅぁあっあああああああっ」
獣のような唸り声が、男の口から空気を震わせた。
「はじめまして、と言ったほうがいいのでしょうか。俺はアルオニー。今代の勇者です」
ひとまず挨拶してみるが、返ってくるのは唸り声だけで、苦笑した。
「そうですね。無駄口叩かず、さっさと終わらせましょう」
剣を鞘から抜いて、鞘を捨てた。もういらないから。
ボッボッと音がして、無数の青白い炎の玉が男の周囲に、浮かんだ。
「まったく。こっちは魔力封印解けたばかりで、ろくな魔法使えない脳筋だってのに、手加減ないですねっ!」
次々に襲ってくる炎を勇者の剣で切っていく。切るたびに、その力が剣から伝わり、いつの間にか切っていた頬の傷が治るのが分かる。
隙をついて魔力を込めた矢を放つが、炎の玉で防がれる。
と、炎に意識を向けていると、目前に男が現れ、拳が迫る。顎をそらす。拳が風を鳴らした。
後ろ向きに床に手をつくと同時に、蹴りをその腹に叩き込む。
「ぐぁっ」
ふらついた、その体に向かって勇者の剣を突き立てる。
ずぷりと肉を絶つ感触。血が滴る音と臭いに、なんとも言えない気持ちになる。――やっぱりイデアルにさせなくてよかった。
イデアルは、ああ見えて人の傷に弱いのだ。誰かを傷つけることを、最も恐れてる。
だからこそ、彼は治療術を何よりも真剣に学び、剣や刃物を手にしなかった。
赤黒く光る目が、落ち着いた様子で俺を見た。
「お前、は……?」
問われたので、挨拶をもう一度する。
「そうか。もうそんなに時が経ったか」
男は、よろよろとしながら玉座に再び座った。その胸には、勇者の剣が刺さったまま。
「以前からどれくらいだ? 俺は……二百年は保ったのか?」
「……はい。あなたが魔王を討伐してから、二百三十八年経ってます」
微笑むと、男も微笑んだ。
その指先が、ぼろぼろと崩れていく。
城が、揺れた。
また封印されるのだろう。
男が深く呼吸する。すべての荷が降りたかのように。
「では、後は頼む」
「はい」
いつの間にか、男の胸に刺さっていた勇者の剣は消えていた。代わりに、俺の脳裏に城内の様子が映し出されるようにハッキリ見えた。
所有権が映ったのだと、理解した。
師匠が、二人を抱えて城の入口にいた。扉は、まだ開いてない。
だが、慌てなかった。説明されずとも分かる。
扉を解放した。
師匠が驚きつつ、二人を外に出して。それから彼が戸惑うように振り返った時、扉を締めた。扉が外から叩かれるのが分かったけれど、解放することはない。
その時が来るまでは。
「……良き友に恵まれたものだな」
「はい。俺にはもったいないくらいです」
男はふっと笑い、俺に助言した。
「先達からの助言だ。お前はもう少し、演技力を身に着けた方が良いな」
思わぬ言葉に驚いて。それから頬をかいた。
「練習しておきます」
その言葉が聞こえたのかどうかは、分からない。
玉座に、男の姿はもうどこにもなかった。
先程まで床を汚していた血も。
部屋に漂っていた血の臭いも。
最初から存在しなかったかのように、消えていた。
城の揺れが、いつの間にか止まっていた。
窓に近づいて外を見れば、ぐにゃりと歪んだ景色が見えるだけ。魔王は時空の狭間に封印されると聞いていたが、こういうことらしい。
見慣れた青空はそこにはなく。赤とも黒とも紫とも言えない色が、絵の具が混ざるようにぐにゃぐにゃとしている空間が広がっているだけ。
特に面白くもないので、窓から離れた。
玉座に座ってみる。……意外と座り心地は良くなかった。
陛下も、あまり座り心地よくないなと思いながら、あの椅子に座っていたのだろうか? 今もなお、俺が勇者の剣を持って帰ると信じて待ってくれているのだろうか?
「ま、慣れないとな。ついでに演技の練習……んー、どんなのがいいかな」
先代のように狂ったフリもいいけれど、同じのそのままは芸がない。
ふと頭に浮かんだのは『ご都合主義すぎるよ、その話は』なんてイデアルに言われていた、勇者の冒険譚。
笑った。
「……ハハハハハっ! 良く来たな、勇者よ」
ある日、俺は魔王に選ばれた。――完




