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ある日、勇者に選ばれた  作者: 染舞
【01】ある日、俺は勇者に選ばれた。

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6/19

01-06

 静かだった。


 すうすうと穏やかな寝息だけが部屋に響く。

 外からは動物や虫の鳴き声も、一階の亡霊たちのうめき声も聞こえない。


「むにゃ……わたしだって、やるときはやるんだからぁ……」

 どんな夢を見ているのか。ネールがそんな寝言を叫んだ。


 一瞬動きを止めた。

 それから、くくっと笑う。その頬にかかっていた髪を払ってやる。


「まったく、お前はほんと昔から……」

 言葉は続けられなかった。頬に触れかけた手を引く。


「……悪い」

 自分が口に出せるのはそれだけ。それも、本人には決して言えない。

 もう言う機会もないだろう。


 もう一つのベッドを見る。こちらに背を向けた彼からは、規則正しい寝息が聞こえる――聞こえ続けてくれたらいい。


 願いながら、部屋を出た。



 

 二階は、一階よりも崩れているところはほとんどなく、魔物もやはりいなかった。


 カァンッ!

 そんな中飛んできた氷の矢を、振り返りざまに叩き落とす。


「うーん、さすがだね。これくらいじゃ全然だめか」

 そこにはニコニコ笑っているイデアルがいた。やっぱり駄目だったかと、首を軽く左右に振った。


「眠っておけばよかったのに」

「あはは。駄目だよ、アル。僕は君のお母さんの弟子だよ? あれくらいの睡眠薬じゃ、解毒は簡単すぎる」

 ネールも飲むからと弱めにしたのが良くなかったらしい。……いや、濃くしたとしても薬が入っているとバレている時点で、この男に状態異常など効くはずがない。瞬時に回復してしまうだろう。

 

 使い慣れた短剣を抜く。――そのことに、イデアルが目を細めたことから、やっぱりかと悟る。


「その眼鏡、また改造したのか?」

「何言ってるんだい、アル。研究開発なんて、永遠に続くものだよ」

 当然のように行ってのけるイデアルの目は、眼鏡のレンズの反射で見えない。一体何が見えているのか分からないが、もう確信してそうだった。


「悪いが、勇者に選ばれたのは俺だ。お前じゃない」

「そうだね。だけど、君で固定されてるわけじゃない。そうだろう? その剣さえあれば……僕でも勇者になれる!」


 イデアルが手に炎をまとって手を振り下ろした。

 舌打ちしながら、真横に飛び退る。

 横から風の刃が先程まで俺がいた空間を切り裂いている。


「相変わらず、めちゃくちゃだな、お前」

 本当に厄介極まりない。視線誘導、属性誘導するのもそうだが、こんなにも全属性を意のままに操ることなんて、師匠にも出来ない。


 彼はアカデミーの対人戦で常にトップにいた。


 魔物との戦いなら自分の方が慣れているが、対人戦はイデアルの方が上手だ。

 だからこそ、イデアルの食事には麻痺毒も入れていたのだが、動きを見るに効いてはなさそうだ。


「そういう君こそ……封印解除されたばかりの魔力を、随分となじませてるじゃないか」

「っ! それも気づいてるのかよ」

「まぁね。元々君が魔力なしだなんておかしいと思ってたし……だってあの二人の子だよ? 今の君の魔力量の方が納得だ。僕より遥かに多い」


 後ろから飛んできた雷をしゃがんで避ける。雷を横向きに放つなんて、本当にめちゃくちゃだ。しかもその間も俺の弓矢を防いでるし。


 本当にこの男は厄介極まりない。俺が世界で一番敵に回したくない男だ。――昔から。


 グッと膝を曲げ、魔力を足に込めて床を蹴る。そのまま遠慮なく短剣を振り下ろせば、カキンっと甲高い音がした。バリアだが、この厚み具合からして、全方位バリアじゃない。

 速度は俺の方が上だ。イデアルは俺を目で追えてない。だが……予測してる。


 遅れてイデアルの薄っすらと開いた目が俺を見た。


  気にせずにもう一振りし、バリンっとバリアが破れるが……床から伸びてきた草を見て、高く跳ぶ。


「ああっ本当に君は鬱陶しいね! 本当に今まで魔力封印されてたのかい? もうそんなに使いこなして……昔から苛つくね」

「それはこっちのセリフだ。いつもこっちの行動予測しやがって……」

「その予測を無理やり超えていくくせに、よく言うよ!

 けどっ!」


 床に降り立った……その瞬間。足が沈んだ。見れば床が泥のように膝まで飲み込んでいた。さらに紫色に輝く鎖が何重にも俺の身体を拘束してくる。


 腰にささった勇者の剣が抜き取られる。


――駄目だ。


「良いだろ、たまには。僕に格好つけさせてくれたってさ。……代わりにネールをあげるからさ。思う存分にいちゃついたら良いんだよ」

 イデアルが勇者の剣を持つ。少し……重そうにしながらも、持ち上げていた。


「ぐっ……これ持ち上げるとか、やっぱり『勇者』ってのは……」

 しかしそれだけで、勇者の剣がイデアルを拒絶することはない。結局、あの剣を持ち上げられれば、それでいいのだろう。剣の封印は、矢に選ばれた者がする必要あるみたいだが。

 何かあった時のための、スペアのつもりだろうか?


――本当に、ふざけてる。


 イデアルが、剣を眺めていた。意識が、剣に流れている。


 今だ。


 一気に魔力を解放した。力任せに床を蹴れば、鎖がちぎれ飛んだ。


「っ! アル……くっ」

 遠慮なく殴りつけた。力加減などすればこっちがやられる。瞬時にイデアルが魔法を使うけれど、もうこの距離ならば関係なかった。バリアの内側に入ってしまえば、肉弾戦でイデアルは俺には勝てない。

 鋭い、しかし俺にはゆっくり見える蹴りが迫ってきたが、その足を掴んで床に叩きつける。手加減は出来ない。


「かはっけほっ」

 苦しげな声に歯を食いしばり、開いたその口に薬を放り込んだ。


「んぐっ~」

 イデアルが暴れるのを、抑え込んで飲ませる。飲ませたのは……魔力酔い効果のある強力な薬。魔法使いにとって最も忌み嫌うもの。こればかりは――自力での治療などほぼ不可能。

 さらに睡眠効果のある液体を染み込ませた布で口元を覆った。


 が、イデアルが完全に意識を失う前に、後ろに下がる。

 彼は手にした勇者の剣を杖のようにしてふらつき上がら立ち上がったが、目は焦点を結んでない。だというのに、そんな状態で俺へ正確に魔法を放つのだから、たまらない。


 でも、俺は恐れることなく再び近づいていき、彼の手から剣を抜き取る。支えを失った彼が倒れたけれど、背を向ける。


「だ、めだ……アル……君は、ネールと」

 

 振り返った。イデアルが、珍しく目を大きく開いて俺を見ていた。


「……ごめん、イディ。ネールのこと、頼む」




 ***



 

 

「待てよ」

 声に足を止めた。頼りがいのある声。


「おい、どういうことだ? 勇者は魔王を倒すだけだろう?」

 師匠は、唖然とした顔で立ちふさがっている。彼の背後には、意識のないイデアルとネールがいる。


 そう。師匠がいたから。イデアルを気絶させられた。後を任せられる。


「言えっ! アルオニー! お前や、陛下の様子がおかしかったのは……!」

「師匠。その通りですよ。勇者は、魔王を倒すだけです」

「っ! 馬鹿にしてるのか!? 俺がいくら馬鹿だからって、おかしいってことくらいは分かってんだよ!」

 叫ぶような怒声とともに、ゴオオッと炎が彼の周囲を積み込む。


「……その剣を渡せ。俺が行く」

 鋭い目で睨まれて、ふっと笑った。そう言うと思っていた。


――勇者の剣を?

――ああ。長年放置されておったからな。問題ないか調べる必要があるのじゃ。それに

――それに?

――……私もちょっと見てみたくてな。


 ふと、陛下とのやり取りを思い出す。……皆、馬鹿ばっかりだ。


「無駄ですよ。師匠も分かってるでしょう?

 あなたは強い。一対一じゃ俺に勝ち目はない」

「なら、さっさと剣をっ……!」


 弓を瞬時に掴んで背後のネールに矢を放てば、師匠の炎が矢を燃やし尽くした。


「アルオニー! お前っ」

「あなたは強い……けど、二人という足手まといを背負った状態では、俺には勝てない。

 俺が本気なのは、さっきの戦いを見て分かってるはずです。俺は……二人を傷つけてでも勇者になる」


 傷つけないで済むなら、それが一番いい。

 けど、傷つけないと先に進めないなら、躊躇なく傷つける。


 師匠が、愕然とした顔をした。


「お前……まさか。それを見越して俺に気づいてないふりしたな?」

「……あなたが、ネールたちが船に侵入したり、船を抜け出たことに気づかないはずがありませんから。着いてきてるだろうなと思いました」


 そして、着いてきてくれていなければ、本気を出せずにイデアルを勇者にさせてしまっていたかもしれない。

 閉ざされた扉を前に、師匠の気配を感じ取った時、どれだけ安堵したことだろう。

 師匠がいれば、二人を連れて魔王城から退去して、二人を安全に街に送り届けてくれるはずだから。


「俺を利用しやがったのか! このっ、馬鹿弟子が!」

「……すみません」


 怖い顔の師匠に、笑いながら謝った。

 どんな表情が相応しいのか、分からなかった。だって俺は、師匠の優しさを利用している。師匠なら、少しでも傷を減らそうとすると、分かっているから。


 師匠の周囲に燃え盛っていた炎が――消えた。


 それはその横を通り過ぎる。


「あなたの弟子になれたこと、嬉しく思います」

 

 背後から「お前なんか弟子にするんじゃなかった」という声が聞こえたけれど、足は止めなかった。

 

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