01-05
なぜだ。
ネールが付いてこようとする可能性は、考えた。だけど、もしそうなったとしても彼女が一人で悲鳴を上げる状態になるだなんて、思っていなかった。
道を戻っていく。
角を曲がり、一階の玄関ホールに続く長い廊下。その先に見えた春を表すような鮮やかな色。
「ネール!」
彼女の前には骸骨騎士。巨大な剣を振り上げている! 距離は……十メートル。
グっと足に力を込めた。
俺らしくない。
分かっているのに、一気に跳んだ。腕を切り落とし、二撃目で頭蓋骨を叩き割る。
カタカタカタッ。
骨は不愉快な音を立てて、崩れていった。床に骨と剣が落下して、霧散していく。
「はぁはぁはぁっ」
心臓がうるさい。体が熱い。頭は未だに混乱していた。
「アル……ありがとう。助かっ」
「なんで着いてきた!」
振り返ってネールを睨むと、彼女はビクリと肩を震わせた。罪悪感がこみ上げる。しかし、言わなければならない。
「足手まといだって分かってるだろうっ?」
「っ! ご、ごめんなさい。私……で、でも……アルが、なんか変な気がして」
涙目になったネールに何か言おうとして
「ちょ、ネールっ? 大丈……って、アル!」
イデアルが慌てて駆け寄ってきた。驚いた顔をしているが、ふと気づく。――イデアルは、今までどこにいたんだ?
少し乱れた呼吸をしているイデアルをじっと見る。イデアルはネールの肩を叩いて慰めていた。
「アルが怒ったのは、君が大事だからだよ。僕も朝起きて君がいないからびっくりしたんだよ」
ぎゅっと拳を握った。
そんなこと……ありえない。
師匠がいて、イデアルがいて、船員たちがいて……ネールが抜け出したことに気づかないなんてこと。どうしてありえるだろうか。
額を手で押さえて首を横に振る――落ち着け。
「イディ。お前が来たなら、ネールを連れて帰れ。見ただろう? 魔物の強さはそうでなくても、魔王城だ。何が起きるか分からない」
そう言うと、イデアルは気まずそうな顔で頭を掻いた。
嫌な予感がした。
「あー、それがさ……入口、さっき閉ざされちゃったんだ」
「……は?」
***
舌打ちした。
来た時は開いていた門扉は固く閉ざされ、びくともしない。そしてあちこち崩れているというのに、外への道はここしかない。
笑けてくるが、笑みはでなかった。
最後にもう一度扉に蹴りを食らわせるが、音がするだけで手応えがない。音にしても、扉に当たる音ではない。結界のような、何かだ。
「…………」
深呼吸する。落ち着かなければ。
今までのことを考えるに、これはあの嵐のようなものだろう。この旅には、目的を達成するまで戻る道はない。なら、目的を果たせば良い。
どうする? 入口で待機させるか? いや、目を離すとまた何をするか分からない。なら――天井を見上げる。
「はぁ~~~~~~~~。イディのそばを離れないようにな」
長い息を吐き出して、同行を許可した。現状、それが一番安全だった。
城の奥へと戻っていく。頭の中に地図ができているので今度は迷わない。
「この装飾は、ずいぶんと古い様式だね。……って、それもそうか。魔王と勇者の話なんて、もう何千年と続いてるし」
イデアルが城の中を見渡して言う。俺にはまったく価値が分からない。
亡霊たちが住民のように歩いている城内は、しかしなぜか温かみすら感じる。まるで、今も誰かが住んでいるかのような。
「……っ」
ヒュッと飛んできた矢を叩き落とす。骸骨の弓兵に、短剣を投げてから、飛びかかって剣を振り下ろ……す前に、飛び退る。
雷が骸骨を砕いた。
振り返ってイデアルを見る。ひらひらと呑気に手を振ってきた。睨んだところで笑みが返ってくるだけ。
「僕にも活躍の場ちょうだいよ」
「ちょっと! アルに当たるところだったじゃないの!」
「いたたたたっ! 大丈夫だって! アルはアレくらい避けられるから……イタイっ」
「やっぱりアルはすごいのね!」
「そんなっ、ネール! 僕は? 僕だって魔物倒したよ?」
騒いでいる二人に息を吐く。握っていた拳を解く。
「じゃれてないで、行くよ」
「あっ、待ってアル!」
「僕を置いてかないでよ」
――試練の島よりも、よっぽど魔王城のほうが試練の場のようだ。
二階へ続く階段をようやく登りつつ、そんなことを思った。
二階は、一階とは違い、静かだった。魔物の気配がない。
どころか、美しく整った部屋があった。四つのベッドがあり、やや埃っぽかったが、軽く払えば十分に使えそうだった。さらに結界石も置いてあるし、簡易的な調理施設も付いてあった。
まるで魔王前の休憩場所のようだ。
「わぁっ、ここならゆっくり寝られそうね! 先代の勇者もここで休んだのかしら?」
イデアルがこちらを見た。俺もイデアルを見た。
「そうかもな」
「どのベッドが勇者が使ったベッドだろうね」
はしゃぐネールは、「んー」と悩んでから「きっとコレよ! 勘だけど!」と窓際のベッドを選んだ。勘というより、枕の色がピンク色だったからな気はするが。
肩をすくめ、リラックスしている二人の会話を聞きながら、料理を作る。
「…………」
腰につけた革袋の一つから、瓶を取り出した。
「アル、その瓶なに?」
「スープの素だな。コレを入れて溶かすとスープになる」
「へぇ。この前のとは違う香りするね」
「毎回同じスープも飽きるだろ? ほらっ、もうすぐできるぞ。これ飲んで、ひとまずゆっくり寝ろ」
そして俺は、スープを器に入れた。




