01-04
誰もが呆然とそれを見た。
「わぁ、これはすごいね」
そんな中で最初に脳天気な声を上げたのはネール……ではなく、イデアルだ。眼鏡を光らせながら、目の前のそれ――嵐を見た。
街に帰ろうと船をそちらに向けたら、突如目の前に現れた不自然な『嵐』。
まるで綺麗に境界線でもあるかのように。
コチラ側は晴れ渡っているのに。
街に向かう方角だけに現れた『嵐』は、無神論者でも神という存在を信じさせてしまうかもしれない。
それほどに、なんとも『都合の良い嵐』だった。
「えっと……つまり……もうちょっと冒険できるってことよね?」
ネールの明るい声に、複雑な思いを感じながら彼女を見た。彼女の赤い瞳は、不安と期待に揺れている。置いていかれるのではないかという不安。もう少し一緒に旅ができる期待。
イデアルは、船の上でなるべく嵐に近づいて興味深そうにメモをとっていた。
「魚……だけでなく、魔物まで嵐で浮き上がってる。嵐が突然で逃げる時間がなかったのか……それとも」
ぶつぶつと呟き、好奇心に駆り出されている様子からして、彼にネールを説得させるのは無理そうだ。
「ま、お嬢は呑気すぎるが……これはさすがの俺でも突破は無理だな。いつ終わるかも分からねーし、進むしかねー。
アル、それでいいな?」
師匠が髪をかきむしって言った。海に慣れている彼ですら未知の現象なのだろう。
良いか悪いかで言うと、良くはない。
だが、試練の島にネールとイデアルを置いていくのは不安が残る。
イデアルがいれば大丈夫と分かっているし、試練の島には魔物はいても、そんなに強力な魔物はいなかった。街周辺にいる魔物より、少し強いくらい。海に出たらもっと強力な魔物がうじゃうじゃいる。
しかし……やはり、どうしようもない不気味な場所だ。――気にしすぎかもしれないが、誰かに見られている感覚にも陥る。
そんな島に二人を置いていくくらいなら、師匠がいる船に乗せたままの方が安全だ。この国において、最も安全な場所が師匠の場所と言ってもいい。
「はぁ。しょうがないですね」
ため息を吐き出して頷くと、ネールが「やったぁ」と飛び跳ねて師匠にVサインしていた。元気だな。
不安を覚えて釘を差しておく。
「だけど、師匠の近くを離れないこと。それは守れよ。あとさすがに魔王の島には連れて行かないから、船で待機しとけよ」
「分かってるわよ! 子供じゃないんだから」
「そうだよ。さすがのネールでもそこは分かってるよ」
胸を張るネールに、戻ってきたイデアルが同意する。メモを懐にしまい、満足げな顔をしている気で気が済むまで調べられたらしい。
「そうよ。さすがの私だって……って、イディ! それ、どういう意味よ!」
「いてっいたたたたっ! 悪気はないんだ! ないんだってば」
「余計たち悪いわよ!」
ぽこぽことイデアルを叩くネールと、本当は全然痛くないのに大げさに痛がるイデアル。いつもの光景に船員たちは朗らかに笑っていた。
ほんと、うちの国民はなんでこう脳天気なんだ。陛下がのんびりしているのが移っているのか?
呆れつつも、分かっていた。
俺の口元が、笑みの形を作っていることを。俺も、なんだかんだとこの状況を楽しんでいた。
***
魔王の島は、更に南。世界の最南端と言われる場所に存在した。
あちこちに鋭い針のような岩がゴロゴロ存在する海域を、船は慎重に進んでいく。
予想していた魔物の襲撃は……島に近づくにつれて、減っていった。
もちろん、襲撃が皆無ではなかったが、襲ってくる魔物はこの船に乗った者たちにとっては子どものようなもので、相手にはならない。
「…………」
そして一晩を海の上で過ごし、また日が昇る頃……島が見えた。
乾いた土地。砂に覆われた魔王の島は、しかしどこか懐かしい気配を感じさせた。
「じゃあ、行ってくる」
荷物を背負い、皆に手を振る。ネールは心配そうにしていたが、手を振り返してくれた。
「うん。ネールのことは僕らに任せてよ」
イデアルが細い目を弧の形にし、ネールの肩を抱き寄せて言う。
思い出した。
狩人になりたての頃、よくこうして二人は俺を見送ってくれたものだ。
「……ああ、頼んだ」
だからいつものようにフッと笑って背を向ける。
そう。何も変わらない。
狩人として街の外で魔物を狩るのも。
勇者として島の外で魔王を倒すのも。
どちらも同じことだ。
太陽の光が容赦なく俺を焼こうとしている。足元の砂は柔らかく、歩きにくい。ぬかるんだ道には慣れているが、さすがに砂漠には慣れてない。
しかし……やはり、魔物の気配はなかった。
むしろ、この島の空気はどこか清らかにすら感じた。
途中には水をたたえた緑あふれるオアシスがあって、良い時間だったのでそこで休憩する。
水はそのまま飲めるほど綺麗で、人生で最もおいしい水だった。
見知らぬ生き物が多数生息し、こちらを襲ってこない昆虫らしき存在を初めて見た。もしかしたらこんな光景が、大陸では当たり前なのかもしれない。こちらでは、襲ってこない生き物のほうが希少だ。
大陸には、魔物以外の存在も多いと聞くから。
そんな想像をしながら、オアシスを発つ。
砂漠地帯が徐々に姿を変え、緑が増えていく。
「これが……魔王城?」
呆然と城を見上げる。
石造りの城は、所々崩れ、草木に侵食されている。だが不気味さよりも、どこか美しさを覚えた。
まるで童話にでもでてきそうな城に、足を踏み入れる。
だが、さすがにと言えば良いのか。城の中には亡霊系の魔物が闊歩していた。
勇者の剣は、そんな魔物を切り裂くのに非常に適していた。
実体なきゴーストも。
痛みなき遺体たちも。
一刀のもとに斬り伏せられた。そして斬り伏せるごとに、手に馴染んでいく。
城の中は、崩れた箇所もあるせいで複雑だった。遠回りさせられる。
「……なるほど」
頭の中でマッピングしつつ、進んでいく。迷いの森よりは断然簡単だ。淡々と進んでいく。
勇者の冒険物語は、子供の頃に何度も聞かされてきたが、随分とイメージと違う。
「意外と、地味なんだな」
華々しく描かれていた物語と、現実のギャップに苦笑した。勇者らしいことは特にしてない。勇者の剣を持ってそれで魔物を斬り伏せてはいるものの、剣自体の見た目も地味だ。
その分実戦向きで使いやすくはあるのだが。
「チビたちが知ったら、残念がるかもなぁ」
勇者の物語に目を輝かせている街の子供達を思い出した。……昔、俺も同じように目を輝かせていたものだ。俺とネールが大人に物語をせがむのを、イデアルは呆れた顔で見ていた。
『ご都合主義すぎるよ、その話は』
あまりにも夢がないことを、そう言えば昔から言っていた。ネールがそんなイデアルに「ロマンがないわ!」とよく怒っていたっけ。
また一体。ゾンビを真っ二つに切る。ゾンビはぴくぴくとしばらく動いていたが、やがて霧散して消えた。より感覚が研ぎ澄まされ――耳が足音を捉えた。
「きゃああああっ」
驚くと同時に響く悲鳴に、考える前に走り出していた。
「ネール!」




