01-03
試練の島はとても神秘的で美しく、同時にとても不気味だった。
外の世界を余り知らないネールは、ただ「綺麗ね」とはしゃいでいる。イデアルは……気づいているのかいないのか。そんなネールに相槌を返していた。彼も余り外に出るタイプではないから、気づかなくてもおかしくはない。
いや。この男が気づかないわけがないか。
試練の島の森は、誰も住んでいないにも関わらず、あまりにも『整い』すぎていた。
一見自然の風景。しかし、計算され尽くしたように草木が生え、苔が覆う。
そこに住まう生き物たちは、自身の行動範囲を決められているかのように、一定範囲内でのみ動いているように見えた。
どうしても通らないといけない場所には、まるで神が配置したかのように魔物が待ち構え、罠があった。――そう。罠があった。
人の気配がない場所に存在する罠。誰が設置したのか。
以前の勇者?
それにしたって以前から150年経っている。だが、目の前の罠は朽ちてはいない。
そして奥に向かうほどに、人工物のあとである石畳や柱が現れてきた。
崩壊した遺跡。
だがその崩壊具合ですら、わざとそうしたかのように見えてしまう……のは、疑い過ぎだろうか。
試練の島、なのだからそういうものだと言われたら、否定はできないが。
「ギシャアアアアアっ」
朱と緑の巨大な鳥の首を切り落とし、息をつく。ネールがいるので、なるべく平坦な道を辿っているが……そう。ちゃんと道まで存在することには違和感しかなかった。
前回の勇者も、その前の勇者も通った道だろうとはいえ、こんなにもしっかりと踏み固められた道が100年以上保たれているというのは、やはり疑念が残る。
誰がこんな島を作ったのだろうか。
やがて見えてきたのは、巨大な建造物。
朽ち果てつつも、元来の形を残している。ただその入口には扉はなく、ぽっかりとした大きな穴が、口のように開いて俺達を待っていた。
ぞくりとした。
――本当に、食べられるような感覚に襲われた。
「わぁっすごい! ここが勇者の剣が安置されてるところ?」
「これはまた……素材は普通の石じゃないね。どうしてこんなに形を保ててるんだ?」
ネールが歓声を上げ、イデアルが眼鏡に触れながらじっくりと建物を見つめていた。知識欲が湧いたらしい。
「この建築様式は、二千年以上前のセルベル様式にも似てるけど、違う。もしかしてセルベル様式はこれを真似たもの……? となると、これは一体いつからここに……」
ぶつぶつと呟いている様子に、ネールと顔を見合わせて肩をすくめた。イデアルは気になることがあると周囲が見えなくなる。
「イディっ? もう行くわよ」
「え? 待ってくれ! もう少し……ああっ! 置いていかないで~」
奥へ進む。特に光源らしいものが見えないのに、不思議と中はほどよく明るかった。
すべてがハッキリ見えるほどではないけれど、恐怖を感じるほど暗くもなく、歩くのに困らない。
一本道の最奥には祭壇があり、そこには――剣があった。
「あれが、勇者の剣!? ……思ったより、地味ね」
ネールは一瞬目を輝かせてから、残念そうにした。
俺は苦笑した。
たしかに勇者の剣というすごい名前にも関わらず、あまり装飾はなかった。だが、逆に言うととても実践的な剣に見えた。武器屋に置いてあっても納得できそうな、シンプルな『武器』だ。
「なんの変哲もない剣に見えるけど」
イデアルがじっと見て、何気なく剣に手を伸ばす。
「イディっ?」
驚いて駆け寄るが、イデアルはすぐに剣から手を離した。
「……だめだ。持てない」
珍しく、眼鏡の奥の目が開き、鋭い目が見えた。ネールが「へえ」と感心する。
「やっぱり勇者に選ばれた人しか持てないってこと?」
「そう、かもしれないね」
ひとまず、イデアルには特に怪我もなさそうで安堵する。
「何か罠でもあったらどうするんだ」
「あはは、ごめんごめん。好奇心が先走っちゃって」
笑う彼をジト目で見つつ、改めて剣を見下ろした。
陛下が、修繕するために持って帰ってきてほしい、と言っていた剣は刃毀れ一つない。むしろ新品に見えた。
だが、この剣でなければ魔王は倒せないそうだから、見た目以外の何かがあるのかもしれない。
慎重に手を伸ばして、柄を掴む。
――なんということだ! まさか、我が子が……。
ふと、脳裏に声が響いた。その聞き覚えのある声は、父のものだった。
「くっ」
「アルっ?」「アル!」
視界がゆがむ。様々なものが頭の中へ押し入り、声が響く。やがて腹の底が熱くなり――ピシッ、と何かにヒビが入るような音が聞こえた。
そして、視界が一気に晴れ渡り、身体が軽くなった。
――そういうことか。
「……ふぅ」
息を吐き出し、心配そうにしている二人に笑いかける。
「大丈夫。なんか一瞬変な感じがしたけど、これが勇者になるってことなのかもな」
「ほんとに? 大丈夫なの?」
「顔色は、たしかに元気そうだけど……少し休もうか」
「大丈夫大丈夫。むしろ調子はいいくらいだから。
ただ、たしかに休む準備はしたほうが良いかもな。今日は野宿しよう。ここは逃げ道がないから、入口に行こうか」
この遺跡の中は、常に一定の明るさを保っているから、時間の感覚が狂う。
あと、俺とイデアルだけなら急いで師匠のところまで戻れるけど、ネールもいるから安全を取って早めに野営の準備をしたほうが良い。
入口付近に戻り、野営の準備をする。
「ネール、乾いた枝拾ってきてくれ。それでイデアルに火をつけてもらって。
俺は適当に何か食べるもの獲ってくるから」
三人で野営の準備をする。
獲ってきた兎肉と持ってきた乾燥野菜でスープを作り、あと偶然見つけた食べられる果物もデザートにした。野営にしては、中々豪勢だ。
器を両手で持ったネールが上機嫌にスープを飲んでいる。イデアルはスープに入った肉をすくって口に放り込んでいた。
俺は硬いパンをスープに浸してそれを食べた。うん。なかなか美味く出来た。
「んーっ美味しい! やっぱり外で食べるとなんだか違う感じがするわね」
「そうかい? どこで食べても一緒だと思うけど」
「ロマンがないわねぇ……あなたはもう少し陽の光浴びなさいよ」
「ちゃんとじいちゃんの散歩に付き合ってるよ」
「そういうことじゃないわよ」
軽快な二人のやり取りに、ふっと笑う。魔王退治の旅をしているなんて思えない光景だ。
(まぁ、歴史によると魔王退治に失敗だなんてなかったみたいだし)
皆が呑気なのも、そのせいもある。そもそも失敗していたら、国なんて滅んでるだろう。ここは魔王城から最も近いのだから。
そう思うと、少し気が抜けた。
夜。
火の番をイデアルと交代ですることになった。俺が先に少し寝る。
勇者の剣を抱きながら、目を閉じる。
――アル。お前は、父さんの自慢の息子だ。
父の声が聞こえる。もうその声を最後に聞いてから何年も経ち、忘れていた。だけど、一度思い出すと鮮明に頭の中で再生できた。
ある日突然、自分と母を置いて外の世界へ旅立った父。
ある日突然、英雄として戦死したと聞かされた父。
少し、考える。
父の望みは、なんだろうか。今ここに父がいたら、どうするだろうか。
深く考え込もうとして、カッと目を開け、自分に迫るものを掴む。
「っ!」
息を呑む音。やや苦痛に歪んだその声は、イデアルのものだった。イデアルの手は――勇者の剣に伸びている、ように見えた。
「イディ?」
「いたたたたっ! ちょ、ギブ! ギブだって! 寝苦しそうだから外してあげようとしただけだってば」
「あ、ああ。悪い。寝ぼけてた」
慌てて手から力を抜くと、イデアルは大げさなほどに手首を掴んで「ひどいなぁ」と言いながら、真っ赤になった手首を数回撫でた。真っ赤な跡が消える。
「……相変わらず、見事な治癒魔法だな」
「まぁね。君のお母さんに鍛えられたし……おばさん、普段はあんなにのほほんとしてるのに、治癒魔法のことになると人が変わるからねぇ」
「ははは、そんなこともあったな。俺はてっきり、お前はそのまま治癒師になるんだと思ってたよ」
パチパチと、焚き火の音が耳を打つ。
「って、ごめん起こしちゃって。交代までまだあるから寝ときなよ」
「ああ……だけど、寝てるときに気配消して狩人に近づくなよな。常識だろ」
「それはごめん。ちょっと気が抜けて忘れてたよ」
降参っという風に両手を上げるイデアルに肩をすくめてから、再び剣を抱いて横になる。眠れそうにはなかったが、目を閉じるだけ閉じた。
どこかから聞こえるフクロウの鳴き声と、ネールの寝息が、心地よいくらいに調和していた。




