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ある日、勇者に選ばれた  作者: 染舞
【01】ある日、俺は勇者に選ばれた。

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2/19

01-02

 朝一で出向するはずが、とある理由により、昼になってしまった。


 目の前には頬にヒトデのような赤い痕をつけた師匠。

 だが、その目は爛々と輝き、船員たちに生き生きと指示を出している。


 俺は他の人達の邪魔にならないように、甲板の隅でそれらを眺めていた。

 ちらと港へ目を向ける。


 先程までネールとイデアルがいたが、二人は軽く手を振ってから、仕事に戻っていった。

 薄情なと文句を言えば良いのか。信頼してくれていると誇れば良いのか。

 腰のベルトにつけている薬袋や剣に軽く触れて、笑う。


「勇者……魔王討伐、か」

 これから北東にある孤島、通称試練の島に向かう。そこには勇者の剣が置いてあり、魔王を倒すためにはその剣が必要らしい。


――良いか、アルオニー。勇者の剣を一度城へ持ってくるんじゃ。


 勇者に選ばれて呼ばれた謁見室。いつも柔らかい笑みを浮かべている陛下が、真剣な顔でそうおっしゃった。


――勇者の剣を?

――ああ。長年放置されておったからな。問題ないか調べる必要があるのじゃ。それに

――それに?


――……私もちょっと見てみたくてな。


 お茶目にウィンクして笑う陛下を思い出して、少し笑う。

 あの時、突然勇者に選ばれて感じていたプレッシャーがほどけた。


「アルー! そろそろ出んぞ……って、どした?」

 師匠が戻ってきた。

「いえ……陛下が」

「っ! 陛下が、どうした?」


 眉をしかめた師匠に、笑う。


「勇者の剣がどんなのか見てみたいっておっしゃってました」

「ああ……あの人らしいな」

 ふっと師匠も笑った。


 そして俺達は出航した。




***




 船が、大きく揺れた。


「魔物だ!」

 部屋から飛び出し、甲板へ向かう。


「師匠!」

「おうっ、アル。来たか?」

 海から伸びてきた触手を燃やし切りながら、師匠が振り返って笑った。


「随分とたくさん来たらしいぞ」

「よっしゃあ、今日こそは俺がトドめさすぜ」

「ケッ、お前になんざ無理だろうが」


 船員たちに慌てているものはおらず、セリフはともかく、動きは洗練されている。

 国の最高戦力たちなのだ。当然ではある。

 だから最初から心配はしていないのだが、かといって揺れる中で寝られるほど図太くもない。


 飛び乗ってきた魚人を短剣で真っ二つにしてから、師匠を呆れて見た。


「魔物の群れに突っ込んだんです?」

 問題ないとはいえ、数が多い。普段なら、一応群れを避けて通るはずだが。


「そうだって言いてぇが、ちげーよ。最近、魔物が増えてんだ」

「……そうですか」

 魔王の影響だろう。


 だがまぁ、こんな魔物との戦いは慣れている。そのまま次の魔物に向かおうとして


「きゃああああっ」

 聞こえてはいけない悲鳴が聞こえた。


 見れば、鮮やかな髪色が見えた。ネールと……イデアルだ。


「イディ! お前」

「まぁまぁ、落ち着いて。後で話すから、今はともかく、ね?」

 イデアルが魔法でネールの周辺にバリアを張っているのを見ながら、ひとまず息を吐く。

 イデアルがそばにいるならネールは大丈夫だ。

 ああ見えて、イデアルはアカデミーの首席だった。彼の実力は確かだ。

 しかし念のために、腰につけた袋の一つをイデアルに投げた。結界石だ。簡易的なバリアを張れる。

 イデアルが受け取ってそれをネールに使ったのを確認しつつ、背中に背負った単弓を手にとって引き絞る。


 矢が、イデアルの背後に迫っていた魚人の目に突き刺さり、イデアルの魔法が俺を掴もうとしていた巨大な触手を焼いた。


「反応が遅いぞ、イディ! 本屋に引きこもりすぎたんじゃないか?」

「現役狩人の君と比べないでほしいね」

 すぐさま反応し、適切な魔法を繰り出すイデアルを見ると、もったいないと常々思う。

 彼が望めば、すぐに国内でもっと地位のある役職につけるだろうに。

 とはいえ、彼が常に街にいる、というのはとても安心ができた。俺が狩人として外に行く時、心配にならなかったのは、イデアルが街にいるからというのは大きい。


 だから彼がネールのそばにいるなら大丈夫という安心と、街にいないのかという不安感が胸の中で渦巻いた。

 とりあえず状況が落ち着けば、すぐに二人を街に帰そうと決めた。




***




 魔物を倒した後。船は休息のために近くの島——本来の目的地である試練の島に停泊していた。


 「で? 言い訳を聞こうか」

 俺が笑顔を浮かべて腕を組むと、ネールはあからさまに顔をそらした。対してイデアルは「ははは、怖い顔だねぇ」と楽しげに笑っている。

  食えない男だ。


 二人は荷物の中に紛れて船に紛れ込んだらしい。ネールが一人でこんなことを考えつくはずがないので、十中八九この男にそそのかされたに違いなかった。


「あのな。ピクニックに行くんじゃねえんだぞ?」

 呆れて言うと、ネールが「だって勇者の冒険なんて……ずるい!」と開き直って叫んだ。頭が痛い……一体、イデアルはネールになんと言ったのだろう。

 泣かれたり不安がられるよりは、いいんだが。

 イデアルを睨みつける。


「本当だよね。僕たちを置いて大冒険に行こうだなんて、アルは薄情だ」

 なんて堂々と言ってくるのだから、反論よりもため息が出てしまった。それでも文句だけは言いたくて口を開く。


「あのな」

「まぁまぁ、いいじゃねえか。お嬢も冒険したい年頃だろ。試練の島で用事終わらせたら一度街に戻って二人を帰せばいいさ。陛下にも一度戻るように言われてるしな」

 師匠が短い赤髪をかき上げて「ガハハ」と豪快に笑い、ネールが「そう! 分かってるじゃない、船長」と調子に乗った。


「いっつもあなたたちばっかり外に出て……私だって冒険しても良いはずよ!」

 無邪気に赤い瞳を輝かせるネールに、周囲の船員たちまでもが「そうだそうだー」などと囃し立てる。他人事だと思って。


「ということで、行ってこい。俺らは出航の準備しておくからよ」


――そうして、勇者による魔王討伐の旅は、急遽。幼馴染三人のピクニックに変更された。


「どうしてこう、うちの国の連中は脳天気なんだ」

 俺の嘆きに同意してくれる存在は、残念ながらいなかった。



 

***




 普段、人が入り込むことのない試練の島は、踏み荒らされることのない自然に溢れた場所だ。

 その空気は澄み渡り、聞こえてくる草木の揺れる音や動物たちの鳴き声は耳障りがいい。


「わぁっ綺麗な花!」

 ネールは野生の花にテンションが上っているようだった。はしゃぎながら「アレは何?」「今何か動いた!」と俺達に聞いてくる。

 その姿に、少し胸が痛くなる。

 本来ならば成人前に国民たちのほとんどは「外出許可」の試験を受けて街の外に出られるようになるが、魔力があまりないネールは許可を得られなかった。

 俺やイデアルが付き添って何度か連れて出たことはあるが……国の周囲は危険だ。大陸よりも魔力濃度が高いだけあって、魔物も多い上に強力な存在ばかり。中々頻繁には連れて行けなかった。だから、ネールが楽しんでいるのを見られるのは、素直に嬉しい。


 嬉しいが……これが世界を救う旅、ということを全員忘れているのではないだろうか。


「ネール、それは触るな。毒がある」

 ひとまず考えるのを放棄して、ネールの手首を掴んで止める。緑色の花弁のその花は、夜には淡く輝いてとても美しいのだが、その花粉には麻痺毒があった。

 手袋をした状態で花を手折り、花粉を取り除いてネールに渡す。


「ほら……イデアルに魔力コーティングしてもらえ」

「わぁっ! ありがとう、アル! イディ! イディ! コーティングしてちょうだい!」

「はいはい、良かったねぇ」

 イデアルはぴょんぴょんと跳ね回っているネールから花を受け取ると、魔力で花弁を覆った。魔力が切れない限り、そのままの状態が保てるだろう。

 イデアルは、コーティングした花をネールの髪に刺して、笑った。


「……うん、似合ってるよ」

「えへへ……あったりまえでしょ!」

 胸を張ってイデアルに言ったネールは、「アル、どうかな?」とこちらを恥ずかしそうに振り返った。


 鮮やかな桃色の髪の中に差し込まれた緑は、とても色が映えて、ネールをより可愛らしく飾っていた。


「うん。可愛い」

「っ~~~!」

 ボンッと勢いよく真っ赤になったネールが、「あわわ」と意味のない声を上げているのを、眺めた。

 耐えきれなくなったネールが、イデアルをぽこすかと叩いている。


「痛いっ! ネール痛いってば」

 悲鳴を上げているイデアルを見て、ひとまず溜飲を下げる。


 二人がついて来てしまったのは仕方ない。

 それに確かにこうして三人で過ごすのは久しぶりで、心躍っている俺もいた。――港で、あっさりと二人が去っていったのを、なんだかんだと俺は根に持っていたらしい。

 自分でそんな事に気づき、苦笑した。


「呑気なのは俺もか」


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