01-02
朝一で出向するはずが、とある理由により、昼になってしまった。
目の前には頬にヒトデのような赤い痕をつけた師匠。
だが、その目は爛々と輝き、船員たちに生き生きと指示を出している。
俺は他の人達の邪魔にならないように、甲板の隅でそれらを眺めていた。
ちらと港へ目を向ける。
先程までネールとイデアルがいたが、二人は軽く手を振ってから、仕事に戻っていった。
薄情なと文句を言えば良いのか。信頼してくれていると誇れば良いのか。
腰のベルトにつけている薬袋や剣に軽く触れて、笑う。
「勇者……魔王討伐、か」
これから北東にある孤島、通称試練の島に向かう。そこには勇者の剣が置いてあり、魔王を倒すためにはその剣が必要らしい。
――良いか、アルオニー。勇者の剣を一度城へ持ってくるんじゃ。
勇者に選ばれて呼ばれた謁見室。いつも柔らかい笑みを浮かべている陛下が、真剣な顔でそうおっしゃった。
――勇者の剣を?
――ああ。長年放置されておったからな。問題ないか調べる必要があるのじゃ。それに
――それに?
――……私もちょっと見てみたくてな。
お茶目にウィンクして笑う陛下を思い出して、少し笑う。
あの時、突然勇者に選ばれて感じていたプレッシャーがほどけた。
「アルー! そろそろ出んぞ……って、どした?」
師匠が戻ってきた。
「いえ……陛下が」
「っ! 陛下が、どうした?」
眉をしかめた師匠に、笑う。
「勇者の剣がどんなのか見てみたいっておっしゃってました」
「ああ……あの人らしいな」
ふっと師匠も笑った。
そして俺達は出航した。
***
船が、大きく揺れた。
「魔物だ!」
部屋から飛び出し、甲板へ向かう。
「師匠!」
「おうっ、アル。来たか?」
海から伸びてきた触手を燃やし切りながら、師匠が振り返って笑った。
「随分とたくさん来たらしいぞ」
「よっしゃあ、今日こそは俺がトドめさすぜ」
「ケッ、お前になんざ無理だろうが」
船員たちに慌てているものはおらず、セリフはともかく、動きは洗練されている。
国の最高戦力たちなのだ。当然ではある。
だから最初から心配はしていないのだが、かといって揺れる中で寝られるほど図太くもない。
飛び乗ってきた魚人を短剣で真っ二つにしてから、師匠を呆れて見た。
「魔物の群れに突っ込んだんです?」
問題ないとはいえ、数が多い。普段なら、一応群れを避けて通るはずだが。
「そうだって言いてぇが、ちげーよ。最近、魔物が増えてんだ」
「……そうですか」
魔王の影響だろう。
だがまぁ、こんな魔物との戦いは慣れている。そのまま次の魔物に向かおうとして
「きゃああああっ」
聞こえてはいけない悲鳴が聞こえた。
見れば、鮮やかな髪色が見えた。ネールと……イデアルだ。
「イディ! お前」
「まぁまぁ、落ち着いて。後で話すから、今はともかく、ね?」
イデアルが魔法でネールの周辺にバリアを張っているのを見ながら、ひとまず息を吐く。
イデアルがそばにいるならネールは大丈夫だ。
ああ見えて、イデアルはアカデミーの首席だった。彼の実力は確かだ。
しかし念のために、腰につけた袋の一つをイデアルに投げた。結界石だ。簡易的なバリアを張れる。
イデアルが受け取ってそれをネールに使ったのを確認しつつ、背中に背負った単弓を手にとって引き絞る。
矢が、イデアルの背後に迫っていた魚人の目に突き刺さり、イデアルの魔法が俺を掴もうとしていた巨大な触手を焼いた。
「反応が遅いぞ、イディ! 本屋に引きこもりすぎたんじゃないか?」
「現役狩人の君と比べないでほしいね」
すぐさま反応し、適切な魔法を繰り出すイデアルを見ると、もったいないと常々思う。
彼が望めば、すぐに国内でもっと地位のある役職につけるだろうに。
とはいえ、彼が常に街にいる、というのはとても安心ができた。俺が狩人として外に行く時、心配にならなかったのは、イデアルが街にいるからというのは大きい。
だから彼がネールのそばにいるなら大丈夫という安心と、街にいないのかという不安感が胸の中で渦巻いた。
とりあえず状況が落ち着けば、すぐに二人を街に帰そうと決めた。
***
魔物を倒した後。船は休息のために近くの島——本来の目的地である試練の島に停泊していた。
「で? 言い訳を聞こうか」
俺が笑顔を浮かべて腕を組むと、ネールはあからさまに顔をそらした。対してイデアルは「ははは、怖い顔だねぇ」と楽しげに笑っている。
食えない男だ。
二人は荷物の中に紛れて船に紛れ込んだらしい。ネールが一人でこんなことを考えつくはずがないので、十中八九この男にそそのかされたに違いなかった。
「あのな。ピクニックに行くんじゃねえんだぞ?」
呆れて言うと、ネールが「だって勇者の冒険なんて……ずるい!」と開き直って叫んだ。頭が痛い……一体、イデアルはネールになんと言ったのだろう。
泣かれたり不安がられるよりは、いいんだが。
イデアルを睨みつける。
「本当だよね。僕たちを置いて大冒険に行こうだなんて、アルは薄情だ」
なんて堂々と言ってくるのだから、反論よりもため息が出てしまった。それでも文句だけは言いたくて口を開く。
「あのな」
「まぁまぁ、いいじゃねえか。お嬢も冒険したい年頃だろ。試練の島で用事終わらせたら一度街に戻って二人を帰せばいいさ。陛下にも一度戻るように言われてるしな」
師匠が短い赤髪をかき上げて「ガハハ」と豪快に笑い、ネールが「そう! 分かってるじゃない、船長」と調子に乗った。
「いっつもあなたたちばっかり外に出て……私だって冒険しても良いはずよ!」
無邪気に赤い瞳を輝かせるネールに、周囲の船員たちまでもが「そうだそうだー」などと囃し立てる。他人事だと思って。
「ということで、行ってこい。俺らは出航の準備しておくからよ」
――そうして、勇者による魔王討伐の旅は、急遽。幼馴染三人のピクニックに変更された。
「どうしてこう、うちの国の連中は脳天気なんだ」
俺の嘆きに同意してくれる存在は、残念ながらいなかった。
***
普段、人が入り込むことのない試練の島は、踏み荒らされることのない自然に溢れた場所だ。
その空気は澄み渡り、聞こえてくる草木の揺れる音や動物たちの鳴き声は耳障りがいい。
「わぁっ綺麗な花!」
ネールは野生の花にテンションが上っているようだった。はしゃぎながら「アレは何?」「今何か動いた!」と俺達に聞いてくる。
その姿に、少し胸が痛くなる。
本来ならば成人前に国民たちのほとんどは「外出許可」の試験を受けて街の外に出られるようになるが、魔力があまりないネールは許可を得られなかった。
俺やイデアルが付き添って何度か連れて出たことはあるが……国の周囲は危険だ。大陸よりも魔力濃度が高いだけあって、魔物も多い上に強力な存在ばかり。中々頻繁には連れて行けなかった。だから、ネールが楽しんでいるのを見られるのは、素直に嬉しい。
嬉しいが……これが世界を救う旅、ということを全員忘れているのではないだろうか。
「ネール、それは触るな。毒がある」
ひとまず考えるのを放棄して、ネールの手首を掴んで止める。緑色の花弁のその花は、夜には淡く輝いてとても美しいのだが、その花粉には麻痺毒があった。
手袋をした状態で花を手折り、花粉を取り除いてネールに渡す。
「ほら……イデアルに魔力コーティングしてもらえ」
「わぁっ! ありがとう、アル! イディ! イディ! コーティングしてちょうだい!」
「はいはい、良かったねぇ」
イデアルはぴょんぴょんと跳ね回っているネールから花を受け取ると、魔力で花弁を覆った。魔力が切れない限り、そのままの状態が保てるだろう。
イデアルは、コーティングした花をネールの髪に刺して、笑った。
「……うん、似合ってるよ」
「えへへ……あったりまえでしょ!」
胸を張ってイデアルに言ったネールは、「アル、どうかな?」とこちらを恥ずかしそうに振り返った。
鮮やかな桃色の髪の中に差し込まれた緑は、とても色が映えて、ネールをより可愛らしく飾っていた。
「うん。可愛い」
「っ~~~!」
ボンッと勢いよく真っ赤になったネールが、「あわわ」と意味のない声を上げているのを、眺めた。
耐えきれなくなったネールが、イデアルをぽこすかと叩いている。
「痛いっ! ネール痛いってば」
悲鳴を上げているイデアルを見て、ひとまず溜飲を下げる。
二人がついて来てしまったのは仕方ない。
それに確かにこうして三人で過ごすのは久しぶりで、心躍っている俺もいた。――港で、あっさりと二人が去っていったのを、なんだかんだと俺は根に持っていたらしい。
自分でそんな事に気づき、苦笑した。
「呑気なのは俺もか」




