02-03
昔から、僕には何かが欠けていた。
感情はある。
人への情もある。
道徳心も……まぁ、なくもない。
けれど、大切な人以外に関して、必要なら躊躇なく切り捨てることが出来るのは、やっぱり何か欠けてるのだと思う。――それで困ったことはないから気にしてないけど。
そんな僕からすると、ネールやアルは僕とは対極だ。
二人はたとえ名前も顔もよく知らなくても、誰かがどこかで死んだり苦しんでいると聞いたら、悲しむのだ。
だからだろうか。僕が二人に惹かれるのは。
***
旅についていくための準備をしていく。
荷物の準備と、しばらく留守にするから祖父のことも誰かに任せないといけない。
だというのに、準備をしていることも、何かしら普段と違う行動をしていることも、怪しまれてもいけない。
(とはいっても、さすがに船長さんに何も言わずについていくのは難しいね)
魔王退治の旅に船は必須だ。この国自体が小さな島で、勇者の剣がある試練の島はさらに小さな無人島。そして魔王の島は南にある。
船長は、勇者と魔王についてほとんど知らないだろう。あの人は演技ができない人だ。
演技ができないからこそ、船に乗せてもらうことに関しても、直前のほうが良い。
「そのために、少し不安煽っておこうかな。アルの様子がおかしいって」
僕たちがついて行った方がいいと思ってもらえるように。
「僕はともかく、ネールがいたらアルも無茶しないだろうし」
ただ、ネールを連れて行くなら、より準備をしっかりしなければ。自分がそばにいて危険な目に合わせるつもりはないが、結界石は多めに用意しておいたほうが良いだろう。
「ネールは、時おり僕の予想を超えるからなぁ。そこが不安だけど……船長さんもいるし」
船長がいても無理なら、それは僕でもアルでもどうしようもない状況だ。運が悪かったと諦めるしかない。
そうして、出発の日まではあっという間に過ぎた。
朝。いつもより早めに起きて朝食を作り、祖父に食べさせつつ、自分も食べる。
「じいちゃん、今日、アルが旅立つから見送り行ってくるよ」
「おう、分かった。気をつけてな」
何気ない言葉に、ぴくりと動きを止めた。
(見送りに行くだけって言ったのに、『気をつけて』か)
何か気づかれたのかと振り返って祖父を見るが、ぶるぶると体を震わせてぼーっと天井を見ている。
「イディや。飯はまだかの?」
食べたばかりなのにそう聞いてくる姿がいつもと変わらないことにホッとし、「さっき食べたでしょ」と声をかけて出かける。
向かうのは、アルの家。
アルが家から出てくるのが見えたので影に身を隠してやり過ごし、彼が去ったあとで家に入る。家の中にいた先生が僕を見て笑った。
「あら、いらっしゃい、イデ君。珍しいわね、外に出てるなんて」
「先生、おはようございます。……あれ? アルは?」
「あの子の見送りに来てくれたの? それならさっき出ちゃったわ。入れ違っちゃったのね」
残念そうな雰囲気を出す。
「そうでしたか。じゃあ、追いかけます……けど。その前にアルの部屋入っていいですか? この前ちょっと忘れ物しちゃって」
「ええ、いいわよ。どうぞ」
「ありがとうございます」
笑顔で頭を下げてから、勝手知ったる他人の家。アルの部屋に真っ直ぐ向かう。
相変わらず几帳面に片付いている部屋を見渡す。忘れ物など、もちろんしてない。何か手がかりがないかときょろきょろとしてみるが、ぱっと見変化が見えない。
「……? いや、何かが違う気が……! 工具?」
作業台に違和感があって、思い出した。アルはいつも、よく使うとある工具だけは出しっぱなしにしていた。しかしそれが今片付けられ、子どもの落書きとともに、アルのものと思われる書き込みがあった。
ざわりとした。
子供が入り込んで落書きするのはいつものこと。だけどアルは、この工具を片付けた。そして工具の下にあった落書きに気づき、書き込んだ。
「なんで、工具片付けたんだ?」
もちろん、魔王討伐の旅が時間かかるから、と考えるとまったくおかしいというわけではない。
おかしくないのに、何かが引っかかる。
「……他には異変はなさそう、かな」
これ以上いても収穫はなさそうだ。それに、そろそろアルを追いかけないといけない。
肩をすくめた。
分からないことは多いけれど、一つ。確かなことがあった。
「魔王が迷惑極まりない存在なのは、間違いないね」
***
「そうだ。親父さんに言っておいてくれないか? 母さんの飯お願いするって」
「あー……おばさんの料理って、博打だもんね。
うん、分かった!」
そんな会話が聞こえてきた。
顔を上げると、ネールとアルが二人並んで歩いていた。その姿は絵本から飛び出してきたかのように自然で、僕の心を温めてくれると同時に、小さな針が心臓を突く。
ネールの目は、他の誰も見ていない。
深呼吸して、手を上げた。
「おやおや、お二人さん。朝からラブラブだね?」
いつものように軽い調子で声をかける。アルはそんなに驚くことなく、ただ呆れた顔をしていたけれど、ネールは真っ赤になる。
「イ、イディっ? なななっ、何言ってるの! らっラブラブなんて!」
――これで周囲にバレてないと思ってるんだから、やっぱり可愛いよね。ネールは。
アルがため息ついて僕を見る。その目は呆れると同時に、少し真剣でもあった。
「あんまりからかいすぎると嫌われるぞ」
「あはははは、ごめんごめん。ネールの反応が可愛くてさ」
「可愛っ」
笑いながら素直な気持ちを付け加えると、ネールはますます真っ赤になった。昔からの変わらないやり取り。心が安らぎ、同時に痛むやり取り。
「で、どうした?
引きこもりなお前が、こんな時間に外にいるなんて珍しい」
「心外だね。
親友が魔王討伐なんて誉れある旅に出るんだよ? そりゃ見送りくらいするさ」
ふふんっと胸を張って言い返すと、二人は途端にジト目になった。
「あんたが?」「お前が?」
ぴったり言葉が合う二人。
「ひどい! なんてひどい幼馴染なんだ! ショックすぎて今日は本が一冊しか読めなさそうだ」
「あら、いつも通りね。良かったわ」
「そうだな。いつものイデアルだな」
本当にひどいと思う。さすがの僕もちょっと拗ねそうになる。
しかも僕を置いていこうとするのだから、慌てて追いかける。
「って、そうだった。アル、船長さんがいつもの発作出てたよ? 出発できるの?」
「うっ、またかよ。師匠、そんなに陸地にいたっけ?」
「前回帰港したのが15日前で、魔王復活やら何やらで海に出れてないみたい。
ほら、一応あの人、海軍大将だし」
一応の部分を強調して言ってみたけれど、アルもネールも、何も言わなかった。
「一応、頼りにはなるしな」
ただそれでも、アルにとっては師匠であるからだろう。彼がそうフォローしてきたので、「そうだね」と、同意しておいた。
そう。頼りにはなる。
だからこそ、アルを止めるためには船長の存在は欠かせない。彼をこちら側に引き込みつつ、最後は彼を出し抜かないといけない。
アルには、船長という存在も必要だ。
そんな事を考えていると、地響きがした。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
噂をすればなんとやら。
上半身裸でその筋肉を見せつけながら、こちらに突進してくる男がいた。
——これで、僕が逆立ちしても勝てない人なんだもんな。
未だに信じがたい、と何度目か分からない複雑な心境になりつつ、空を見上げた。
耳は、聞いてはいけない音を拾っているが、いつものことだとすべて右から左に聞き流し、これからの見えない未来に思いを馳せる。
「そこに、お座りしなさい!」
「きゃふんっ!」
――これだけ聞いてると、平和な日常の延長に思えるのに。




