02-04
ネールを旅に巻き込むのは、そんなに難しくなかった。
「アルだけ勇者として試練の島に入れるなんて、ずるいよねぇ。あの島、魔王討伐時以外は降り立つことを禁止されてるのにさ」
そんな風に呟けば、冒険心に溢れたネールは興味を持つ。
さらに
「また、子供の頃みたいに三人で冒険したいなぁ」
と追い打ちをかければ
「行きましょうよ!」
なんて明るい顔で言ってくれた。その顔はとても愛らしいのだけれど、ちょっと心配になってもしまう。
「……ネール。お菓子もらっても、知らない人について行ったら駄目だからね?」
ついそんな注意をしてしまって、「子供じゃないんだからしないわよ!」と割とガチで怒られた。怒られたけど、飴玉を渡したら機嫌を直していたので、本当に心配だ。
まぁ、この国の治安は異常なほどにいいので、そうそう問題になることはないと思うけど。
船長に関しても、アルのことで不安を煽っていたので、僕たちの密航を見逃してくれた。僕たちがいれば……いや。ネールが側にいたら、アルが無茶をしないと判断したのだろう。
そのあと、アルに着いてきたことがバレたけれど、そこまでは織り込み済み。
問題は、ここからだ。
初めて降り立った試練の島は――気持ち悪い空気を放っていた。
「まぁっ綺麗ね!」
はしゃぐネールに「そうだね」と笑って返しつつ、できればすぐに家に帰りたいと思うくらいに、気持ち悪い。
この島は、前回の魔王討伐後、誰も訪れていないはずだった。
にも関わらず、踏み固められた茶色い道は消えることなく存在し、僕たちを導く。
――試練の島の森は、誰も住んでいないにも関わらず、あまりにも『整い』すぎていた。
一見自然の風景。しかし、計算され尽くしたように草木が生え、苔が覆う。
そこに住まう生き物たちは、自身の行動範囲を決められているかのように一定範囲内しか動いてないように見えた。
どうしても通らないといけない場所には、まるで神が配置したかのように魔物が待ち構え、罠があった。――そう。罠があったのだ。
人の気配がない場所に存在する罠。誰が設置したのか。何のために?
そして奥に向かうほどに、人工物のあとである石畳や柱が現れてきた。
崩壊した遺跡。
だがその崩壊具合ですら、どこかわざとらしい。というよりも、一定のパターンで崩壊しているのが分かった。まるで印刷された同じ柄を何枚も貼り付けてるかのように。
地層も調べてみたが、あまりにも綺麗すぎた。
眼鏡で魔力を見てみたが、あまりにも均等すぎた。
この島は、何者かによって作られている。
目があったアルも、同じ事を考えているようだった。
(……ほんと、気味が悪い)
舌打ちを百回したい気分だが、ネールが楽しそうにしているのでこらえる。
不幸中の幸いは、彼女がこの不気味さに気づかなかったことだろうか。楽しそうなので良かった。
しかし、思っていた以上に勇者というものは、何かが奇妙だ。剣を手にしたら一度街に帰るということだから、ネールはそこで下ろして僕だけなんとかついていけるように交渉しよう。
そう思いながらたどり着いた島の最奥の祭壇。
「この建築様式は、一千年以上前のセルベル様式にも似てるけど、違う。もしかしてセルベル様式はこれを真似たもの……? となると、これは一体いつからここに……」
書物にかかれていた図とよく似ている建築物。しかしそれでいて少し異なり、使われている素材もよく分からない。石に見えるが、ただの石にも見えない。勇者伝説の始まりは一千年以上前だから、セルベル様式がこの建物を真似したものだとしても、おかしくはないが。
そしてふと、思う。
(勇者と魔王って、いつから誕生したんだ?)
考えてみれば、初代の勇者の話は聞いたことがなかった。ああ、本当に。どうしてこんなに簡単な疑問を、今まで抱かなかったのだろうか。
「あれが、勇者の剣!? ……思ったより、地味ね」
ネールが少しつまらなさそうに言った。
たしかに、勇者の剣は地味で実用的な剣に見えた。……というのは、良い言い方で。つまりは何の変哲もない剣だった。
一体これがどうして勇者の剣なのかと、半信半疑で眼鏡の縁に触れて魔力を見る。
ゾッとした。
勇者の剣は、真っ黒に見えた。この影の見え方は――アルとまったく同じだ。
無計画に手を伸ばしてしまったのは、なんとなく……アルに触れさせてはダメだと思った。自分らしくない。けれど、僕が触れても何も起きなかった。
そして、アルが触れた途端、影が割れた。
アルを包み込んでいたものと、剣を包み込んでいた影が同時に割れ、そこから強力なモヤが立ち上り始めた。
(これは……封印が解けたってこと?)
ごくりとつばを飲み込む。アルから溢れ出る魔力は、あまりにも……多い。
(これは……ほぼ確実に五段評価。陛下よりも上かも……勇者に選ばれるのは、やっぱり魔力量?)
他にも要因はあるかもしれないけど、今のところはその説が濃厚だ。
最も大切なのは、その役目を代わることは出来ないのか、というところ。
その決め手となるのは、やはり勇者の剣だろうと剣をじっと見つめる。剣から出たモヤは、アルの魔力と絡みついている。
ふと、アルがこちらを見て、剣をしまった。それ自体は普通のことに見えたけれど、その指先が震えているのを確認した。つばを飲み込んでいる。――ひどく緊張しているようだ。
なぜ急に?
(……いや、待て。どうしてアルは、魔力が解放されたのに驚かない? 彼は彼自身が魔力なしだと思っていたはずなのに)
あれだけの魔力が溢れているのだから、身体も軽くなっているはずだ。気づかないなんてありえない。だが、驚いていない。当たり前のように受け入れている。
(なんだ? 魔力解放以外にも、何かあったのか? 何か思い出した?)
昔から魔力には思念が宿ると言われている。あれだけ強固な封印を施されていたのだ。封印時に一部の思念や記憶も魔力と一緒に封印されても、おかしくはない。
とはいえ、聞いたところで、アルは答えてくれないだろう。なにせ、僕が勇者の剣に近づくのをやたらと警戒している。
決定的だったのは、寝ている時。寝ながらも剣を手放さない彼に手を伸ばした時の、過剰なまでの反応。そこから導き出される答えは――あの勇者の剣をアルから切り離さないといけないということ。
あの剣さえ奪えば、何かが変わるということ。――勇者を代われるかもしれない。
壊すことが出来たら一番だ。けど、そんな都合よくはいかないだろう。
(ただでさえ実戦経験ではアルに劣ってるのに、魔力まで解放されたんじゃ、アルを抑えるのは難しいし)
かといって薬などは無理だろう。なにせ、彼は魔力無しで狩人になった。様々な薬や道具を使って数多の魔物を狩ってきた。薬の知識では彼のほうが上だし、アルは勘が効く。そう簡単に罠に引っかかってはくれないだろう。
(……いや。ひとまず街に帰って勇者の剣を陛下に渡すらしいから、その様子を見てからでも遅くないか)
息を吐き出し、焚き火に枝を一本放り込む。
パチパチッ。
燃える火を見て心を落ち着かせようとするものの、勇者の剣から伸びる魔力のモヤがアルに絡みつく様子が不愉快でならない。
頭の中に描いていた未来に、不快な影が差し込んだ気分だ。
アルは、ネールの側にいないといけない。いけないんだ。
(そのためなら、僕は――)
目を閉じると、瞼の裏に『二人が』笑う姿が見えた。




