02-05
誰もが呆然とそれを見た。
「わぁ、これはすごいね」
そんな中で、僕は最初に脳天気な声を上げた。だって僕ならそうするはずだから。
街に帰ろうと船をそちらに向けたら、突如目の前に現れた不自然な『嵐』。
まるで綺麗に境界線でもあるかのように。
コチラ側は晴れ渡っているのに。
街に向かう方角だけに現れた『嵐』は、僕みたいな無神論者でも神という存在を信じさせてしまいそうになる。
それほどに、なんとも『都合の良い嵐』だった。
眼鏡の縁に触れて、魔力の流れを見てみる。
魔力のモヤは見えたが、それは今まで見てきたモヤの中では、最も人工的な規則的なものに見えた。
「えっと……つまり……もうちょっと冒険できるってことよね?」
背後からネールの明るい声が聞こえた。そこには期待と、不安もあるのが感じ取れたけれど、振り返らなかった。彼女の不安を拭う役目は、僕じゃない。
船の上でなるべく嵐に近づいて、興味深そうにメモをとって、不思議な嵐に夢中になっているフリをする。
「魚……だけでなく、魔物まで嵐で浮き上がってる。嵐が突然で逃げる時間がなかったのか……それとも」
どうでもいいことをつぶやきながら、頭の中では、狂った予定をどう調整するかで溢れていた。
(これじゃ、ネールを街においておくことが出来ない。こうなったら船長さんの側に一番安全だから、旅につれていくしかないけど……)
ネールのことを気にしながら、アルから勇者の剣を奪わないといけない。もしかしたら正面からぶつかることになるかもしれないのに、そんな姿をネールには見せたくなかった。僕たちが本気でぶつかる様子を見れば、ネールは心を痛めるだろうから。
船の上で奪うのは難しい。なら、魔王の島に着いてからとなるけど……警戒しているアルから剣を奪う方法が中々思いつかない。
(アルの弱点……やっぱり、ネールを使うしかないか)
気は進まないものの、そうしないとアルに隙など生まれないだろう。
仕方ない、とそんなことを受け入れてしまう僕は、やっぱりどこか欠けている。
アルもまた、仕方ないとネールを連れて行くことに同意していたので、そろそろいいかと二人に近寄る。
「だけど、師匠の近くを離れないこと。それは守れよ。あとさすがに魔王の島には連れて行かないから、船で待機しとけよ」
「分かってるわよ! 子供じゃないんだから」
「そうだよ。さすがのネールでもそこは分かってるよ」
いつもの軽い口調で言いながら、心の奥で囁く――大丈夫だよ、アル。何があってもネールだけは守るから。
そう。何があっても、君とネールの未来は守ってみせる。
***
魔王の島は、更に南。世界の最南端と言われる場所に存在した。
あちこちに鋭い針のような岩がゴロゴロ存在する海域を、船は慎重に進んでいく。いつも騒がしい船員や船長たちも、珍しく真剣な顔で船を操っている。
彼らが船の操作に集中できるようにと、僕が魔物の警戒にあたっていた。
しかし、予想していた魔物の襲撃は……島に近づくにつれて、『減って』いった。
魔物の発生原因と言われている魔王城に近づくほどに、魔物はいなくなったのだ。
(……あれ? でも、魔王が封印されていても魔物がいるのは、なんで?)
ずきりと頭が痛んだ。
また一つ、『疑問に思わなかった疑問』がどんどんと湧いてくる。それは本当に『思わなかった』のだろうか? 『思えなかった』のではなく?
不明瞭だった何かが浮かび上がっていくようでいて、どんどんと謎めいていく。
気持ちが悪い。
この世界は、とても気持ちが悪い。
まるで僕自身みたいだ。
一晩を海の上で過ごし、また日が昇る頃……島が見えた。
乾いた土地。砂に覆われた魔王の島は、しかしとても空気が澄んでいた。
世界の敵で汚らわしい存在であるはずの魔王に近づくほどに、魔物は減って、空気が澄み渡る。
あまりにも奇妙な事象の連続に、頭が追いつかない。今まで培ってきた理屈と噛み合わなすぎる。
(なにか、根本から間違えてる気がする)
妙な不安にかられた。
不安を拭いたくて、眼鏡の縁に触れて機能をオンにする。島は特に異変がない……と、海の方を見て違和感を覚えた。
もう一度島を見る。
(綺麗に、見えてる?)
海の方を見ると、全体的に暗く見える。それは街で使用した時もそうだったから気にしていなかった。
だが、島を見ると明るいままだった。透明度が高い。
人から昇るモヤが見えなければ、機能をオンにしていると分からないくらいに。
今までこの眼鏡が見させてくれるのはもやっとしたあの魔力だけかと思っていた。だが、薄靄のようなものが全体にかかっていたのだ。これも魔力なのは分からないが、少なくとも他の場所にあった何かがこの島にはないのだろう。
改めて空気を吸ってみる。――やはり、澄んでいる。
(この島に来てから身体が軽いのは気のせいと思っていたけど、これは気のせいではないのかも)
フッと笑う。
世界の敵と言われている魔王の城に近づくと空気が清らかになり、勇者の国と言われているあの街では空気が淀んでいる。
そう。淀んでいるのだ、あの街は。
この島と比較するから分かる。
今までは他を知らなかったから分からなかっただけだ。
(それが、この国から勇者を選ぶ理由とも関係しているのかな?)
疑問ばかりだ。答えがあるのかも分からない。時間があればじっくり調べるが、そんな時間もない。
今わかっているのは、アルが何か覚悟を決めているということと、アルを止めなければならないということだ。
船の甲板で、魔王の島を見つめるアルの横顔は穏やかだった。穏やかすぎた。あまりにも、いつもと変わらなかった。だからこそ……おかしかった。
(アル……君は、試練の島で何に気づいたんだい?)
こればかりは当人に聞くしかないのに、決して語らないと分かっているのが厄介だ。
一旦、去っていく彼の背中を見送る。
しばらくしてから、ネールが追いかけていくので、そんな彼女を気配を消して追いかけて影から護衛する。ぱっと見ネールが一人でいるように見せかけて、アルの隙を作る。その隙に、勇者の剣を奪うのだ。
剣を奪うことで、何かが見えるのか。何も分からないままなのかは分からない。
けれど奪わなければ、僕の世界は失われるのだ。
ネールを追いかけて砂漠を歩く。密かにネールが歩きやすいように彼女の足元の砂を固めてあげながら、魔力がコントロールしやすいことに気づく。自分の顔がしかめっ面になっているのを自覚した。
コントロールしやすいが、しやすすぎて暴走しそうだ。例えるなら、今までずっと身体につけていた重しが急に解き放たれたような感覚。
この感覚に慣れるためにも、ネールに隠れて彼女を支援するのはちょうどよかった。
途中でたどり着いたオアシス。そこにだけ溢れる生命力。生き物の気配。
(……こんなに無害な虫は初めて見たよ。本当にいるんだね)
虫というと、人間の頭以上のサイズのものが頭に浮かぶ。気を抜けば食い殺されるやつらばかりなのに、ここにいる虫はそんなことなさそうだったし、植物も襲ってこない。毒性もない。
そして、試練の島のような人工的な雰囲気もない。
(こういうのが、大陸では普通なのかな?)
自分たちよりも遥かに安全な土地に住んでいながら、互いに忌み嫌って戦い合っている大陸。愚か者ばかりだなと笑おうとして、ふと思い出した。
(あれ? でもアルのおじさんはどうして大陸の奴らを守ったんだ?)
ある日突然アルたちを置いて大陸に渡った彼の父親は、なぜか大陸の戦争を止めるべく奔走して、英雄として崇められることになった。
その事事態は悪くはないし、実力として可能だろうとは思う。しかし……まったくの他人のためにどうして命を張ったのか。未だに分からない。
けど、家族を誰よりも大切にしていたアルのおじさんが、家族を捨てて他人のためだけにそこまで自身を捧げるだろうか。
そんな疑問を抱きつつ、城内に入る。
城内は外とは違い、ようやく魔物がいた。魔物がいることに、むしろ安堵してしまった。
ネールに近づいてきたゾンビを燃やそうとした時。
「きゃああああっ」
彼女が悲鳴を上げ、こちらに走ってくるアルの姿が見えた。
「ネール!」
いつもだったらここにいる僕の存在にあっさり気づいただろうに、気づくことなく。ただネールしか見ていないアルの姿がそこにはあって……これは僕には出来ないことだと、改めて思った。
――僕はこんな風にはなれない。
確信する。
だからこそやっぱり、ネールの隣にはアルがいるべきなんだ。




