02-06
「ネール!」
彼女の前には骸骨騎士。巨大な剣を振り上げている! アルがいる場所からは……十メートルは離れている。
僕はその剣を受け止められる結界の準備をしていた。普通に間に合う。しかし、手を出さずに見ていた。
アルは、ネールと骸骨騎士しか見えていなかった。彼らしい。
いつだってアルは、僕やネールが危険に陥ると、他のことが見えなくなる。
アルの身体が一瞬沈んだと思った時、彼の姿は消えていた。僕の目が遅れてその姿を捉えた時は、アルの持つ勇者の剣は骸骨騎士の腕を切り落とし、二撃目で頭蓋骨を叩き割っていた。
カタカタカタッ。
骨は不愉快な音を立てて、崩れていった。床に骨と剣が落下して、霧散していく。霧散して――勇者の剣に吸い込まれていった。
「はぁはぁはぁっ」
目の前ではアルが肩で息をしている。まだ僕に気づいてない。
ネールが安堵して笑う。
「アル……ありがとう。助かっ」
「なんで着いてきた!」
珍しいアルの怒声。それだけアルにとって肝が冷えた出来事だったのだと分かる。それだけ必死なのだ。僕は、そうはなれない。
羨ましいのかと言われると、よく分からない。なることができないと分かっていることを求めるほど、愚かではない。
深呼吸をした。
「足手まといだって分かってるだろうっ?」
「っ! ご、ごめんなさい。私……で、でも……アルが、なんか変な気がして」
涙目になったネールへ、あるが更に何か言おうとしていた。
「ちょ、ネールっ? 大丈……って、アル!」
慌てた様子で二人に駆け寄った。何も知らないという風な顔をして、平然と嘘をつく。
嘘はだめだと教わってきた。
たしかに嘘だらけは駄目だろうと思う。
けれども、嘘がない世界は……僕にとっては息苦しい。アルとネールなら、そんな世界でも普通に過ごせるのだろうけれど。
「アルが怒ったのは、君が大事だからだよ。僕も朝起きて君がいないからびっくりしたんだよ」
何も知らないという風にネールに声をかける。アルが僕を観察していることを察しながら、本当に今駆け寄ってきたのだという風に呼吸を乱す。
じっと僕を見ていたアルは、額を手で押さえて首を横に振った。必死に心を落ち着けているようだ。
「イディ。お前が来たなら、ネールを連れて帰れ。見ただろう? 魔物の強さはそうでなくても、魔王城だ。何が起きるか分からない」
そう言われたので、頭を掻いた。
「あー、それがさ……入口、さっき閉ざされちゃったんだ」
「……は?」
唖然とするアルに、その気持はわかる、と心の中で同意した。
さっき自分も、扉が閉まった時に慌てたものだ。僕の考えでは、船長がついてきていなければならないのに、その気配が掴めないから。
もちろん、船長が本気で隠れたら自分では見つけ出せない。
ただ、アルの目が天井に向いた。
それで安堵した。どうやら船長は着いてきているらしい。何かあっても、船長がいれば大抵はなんとかなる。なんとかならなければ、運悪く災害にあってしまったと思って諦めるしかない。
「はぁ~~~~~~~~。イディのそばを離れないようにな」
アルは結局、そんな長い息を吐き出して、ネール(と僕)の同行を許可した。現状、それが一番安全だと彼も判断したのだ。
城の奥へと向かっていく。アルの頭の中にはすでに地図ができているのか。動きに迷いはない。
だけど、僕はわざとゆっくり歩きながら、建物内の装飾を見ていく。
「この装飾は、ずいぶんと古い様式だね。……って、それもそうか。魔王と勇者の話なんて、もう何千年と続いてるし」
緩めかしくも豪勢な装飾の城内を、亡霊たちが住民のように歩いている。本来ならば、肝が冷えるおぞましい光景なのだろう。しかしなぜか、城内には温かみすら感じた。ずっと誰も住んでいないはずなのだが、今も誰かが住んでいるかのような、不思議な生活感のようなものを感じた。
別に何か、住んでいる証拠が見えたわけでもないのに。
深く考え込みたかったけれど、そうもできなかった。
「……っ」
ヒュッと飛んできた矢を、アルが叩き落とす――生身でやるなんて相変わらず無茶苦茶だ。そのままアルは流れるような動きで、骸骨の弓兵へ短剣を投げてから、飛びかかって剣を振り下ろ……す前に、飛び退る。
バチッと大人を立てる手を振ると、雷が骸骨を砕いた。
アルが振り返って僕を見る。なので、笑顔でひらひらと呑気に手を振ってみた。睨まれた。ネールがむきーっと怒った。やっぱり、アルとネールの反応は面白い。
「僕にも活躍の場ちょうだいよ」
「ちょっと! アルに当たるところだったじゃないの!」
「いたたたたっ! 大丈夫だって! アルはアレくらい避けられるから……イタイっ」
「やっぱりアルはすごいのね!」
「そんなっ、ネール! 僕は? 僕だって魔物倒したよ?」
ネールに耳を引っ張られる。イタイ。冗談抜きでイタイ。ネールは僕に対して本当に手加減してくれない――だからこそ、好きになったのだけど。
アルのため息が聞こえた。
「じゃれてないで、行くよ」
「あっ、待ってアル!」
「僕を置いてかないでよ」
肩をすくめて歩いていく彼を追いかける。どこか、その背中が苦しげに見えた。わざと回り道をさせているような城内の構図に、苛立っているようだ。
実際、この城の崩れはおかしい。道が崩れているのに、崩れている箇所と瓦礫の量が合ってない。明らかに人工的に崩し、道を塞いでいる。真っ直ぐゴールにいかせないように。
そういった人工的な道は、試練の島を思い出させる。
でも、試練の島で感じた気持ち悪さはなかった。むしろ、温かさすら感じる。この違いは、なんなのだろう。
(アルは察してるっぽい? だから、この回り道に何か思うことがあるのかな?)
二階へ続く階段を登りつつ、そんなことを考えた。
二階は、一階とは違い、静かだった。魔物の気配がない。
それどころか、美しく整った部屋があった。四つのベッドがあり、やや埃っぽかったが、軽く払えば十分に使えそうだ。さらにまだ使える結界石も置いてあるし、簡易的な調理施設も付いてある。
まるで魔王前の休憩場所のようだ。
違和感しか無いのに、悪意を感じない。――なんとも奇妙な部屋だった。
「わぁっ、ここならゆっくり寝られそうね! 先代の勇者もここで休んだのかしら?」
アルが僕を見た。僕もアルを見た。
この部屋がおかしいことは、互いに分かっていた。
「そうかもな」
「どのベッドが勇者が使ったベッドだろうね」
僕たちは部屋について何も言わず、ネールに合わせた。
はしゃぐネールは、「んー」と悩んでから「きっとコレよ! 勘だけど!」と窓際のベッドを選んだ。勘というより、枕の色がピンク色だったからだろうね。ネールはピンク色が好きだから。
アルは肩をすくめ、料理を作りはじめた。
「じゃあ、僕はこのベッドにしようかな。落ち着いた色だから、きっと歴代の賢者が使ったに違いないよ」
「えー!? ただの地味なベッドじゃない?」
「地味! ひどいよ、ネール!」
いつもの調子で泣き真似しつつ、アルを見た。
「…………」
アルは腰につけている革袋の一つから、瓶を取り出した。……目を細める。
「アル、その瓶なに?」
何気なく声をかけると、アルは僕をまっすぐに見つめた。
「スープの素だな。コレを入れて溶かすとスープになる」
「へぇ。この前のとは違う香りするね」
「毎回同じスープも飽きるだろ? ほらっ、もうすぐできるぞ。これ飲んで、ひとまずゆっくり寝ろ」
そしてアルは、スープを器に入れ、僕たちに差し出してくれた。




