02-07
スープは美味しかった。
同時に、悲しくなった。やはりアルは……僕たちを置いていくつもりなのだ。
「うーん……今日は疲れたね。悪いけど先に寝てもいいかな?」
伸びをして、ベッドに横になる。後ろから、「ああ。見張り交代の時に起こすよ」というアルの声がした――起こす気なんかないくせに。
部屋はとても静かだった。
すうすうと、ネールの穏やかな寝息だけが部屋に響く。
外からは動物や虫の鳴き声も、一階の亡霊たちのうめき声も聞こえない。不自然なくらいに、この部屋は守られていた。
「むにゃ……わたしだって、やるときはやるんだからぁ……」
どんな夢を見ているのか。ネールがそんな寝言を叫んだのが、後ろから聞こえる。
穏やかな寝息を立ててていると、くくっと笑い声がした。
「まったく、お前はほんと昔から……」
言葉は続かなかった。
「……悪い」
代わりの言葉は、それだけだった。それも、本人には決して届かない。
アルは僕の方を見たのだろう。背中にしせよう感じた。けれど、近寄ってくることはなかった。調べるのが、怖かったのかもしれない。
彼は何も言わず、部屋を出ていった。
少ししてから、起き上がる。
「馬鹿だね、アル。甘すぎるよ」
本当に僕を寝かせたいなら、魔力酔いの薬でも使えばよかったのに。ネールに影響が出るからと弱めの睡眠薬しか使わなかった。今だって、この部屋の中に薬を撒き散らせばいいのにしなかった。僕がアルの立場なら、そうする。
魔力酔いの薬は、魔力量が少ないものでも関係なく効く。ネールはきっと苦しむだろう。僕だってネールに苦しんでほしくはないけど、それが必要ならば僕はする。
「……でも、それができないから、ネールは君が好きなんだろうなぁ」
よだれを垂らしながら寝ているネールをちらっと見て、肩をすくめた。欠けた男には、彼女はやはり眩しすぎる。彼女の隣に立つのは、アルであるべきだ。
静かに部屋を出た。
ネールが一人になるけど、船長がいるっぽいので大丈夫だ。僕には相変わらずその存在を確認できないけど、アルが眠った僕たちを置いていくということは、安心できる存在がそこにいるということだから。
二階は、一階よりも崩れているところはほとんどなく、魔物もやはりいなかった。
だから……アルの姿がよく見える。
魔力を瞬時に集めて氷の矢を放つ。
カァンッ!
アルは、振り返りざまに矢を叩き落とした。
「うーん、さすがだね。これくらいじゃ全然だめか」
ニコニコと笑った。アルはやや苦しげな顔をして、首を軽く左右に振った。
「眠っておけばよかったのに」
「あはは。駄目だよ、アル。僕は君のお母さんの弟子だよ? あれくらいの睡眠薬じゃ、解毒は簡単すぎる」
アルの母親は凄腕の治癒師だ。当然、僕も治癒魔法は得意だ。むしろ、本来は攻撃魔法より得意だけど、治癒魔法の応用で攻撃魔法まである程度使えるようになってしまった。そのせいで魔法騎士団から誘われてしまって、面倒だったのを思い出す。
アルが使い慣れた短剣を抜く。勇者の剣ではなく。それはきっと……勇者の剣を僕に使いたくないからだろう。
「その眼鏡、また改造したのか?」
――僕がきみのまりょくなしを、なんとかしてあげるよ。
ふと昔のことを思い出した。
アルは魔力なしで周囲からいじめられていた。彼は魔力がなくても強くて、自力で追い払っていたけれど……それでも、悲しそうにしていた。だから僕はなんとかしたくて、いろんな薬や道具の研究をした。魔力が見える眼鏡も、その一つだった。
それがこんな形で役に立つ日が来るなんて思わなかった。
「何言ってるんだい、アル。研究開発なんて、永遠に続くものだよ」
アルから立ち上る魔力のモヤが、勇者の剣に吸われている。
魔を食らう剣。
まさしく、勇者の剣と呼ぶに相応しい不気味な剣。
「悪いが、勇者に選ばれたのは俺だ。お前じゃない」
「そうだね。だけど、君で固定されてるわけじゃない。そうだろう? その剣さえあれば……僕でも勇者になれる!」
手に炎をまとって手を振り下ろすと、アルは舌打ちしながら、真横に飛び退った。彼の横から飛ばした風の刃が、先程までアルのいた空間を切り裂いている。
舌打ちしたくなる。
(他の奴らなら、今のでくらってくれるんだけどなぁ)
魔法を使う時。多くの者が動作と魔法の動きを連動させる。手に雷を纏って振り下ろせば、頭上から雷を落とすし、炎を纏って横に振れば炎を薙ぎ払うように放つ。それをバラバラにするだけで、面白いようにほいほいと引っかかってくれた。
「相変わらず、めちゃくちゃだな、お前」
アルが呆れた顔をしていた。だけど、呆れたいのは僕の方だ。
僕はアカデミーの対人戦で常にトップにいた。
そしてアルは、魔力が使えない状態でも上位に組み込んでいた。最初、アルの成績は不正を疑われていた。それくらい、魔力なしと判定されながら勝ち残るのは難しいのだ。
最終的には船長の弟子だからということと、船長との模擬戦を披露して信じてもらえるようになったけど。
「そういう君こそ……封印解除されたばかりの魔力を、随分となじませてるじゃないか」
「っ! それも気づいてるのかよ」
「まぁね。元々君が魔力なしだなんておかしいと思ってたし……だってあの二人の子だよ? 今の君の魔力量の方が納得だ。僕より遥かに多い」
僕がここまで魔力に慣れるのにどれだけの時間を費やしたと思ってるんだと、八つ当たりしたくなる。まさしく、天才とはアルみたいな存在をいうのだろう。
カキンっと甲高い音がした。バリアにアルの剣が当たったのだろう。その動きは、僕には追えない。ただ、予測してバリアを各所に張り続ける。
じっと彼を見つめる。
アルがもう一振りし、バリンっとバリアが破れるが……床から伸びてきた草を見て、高く跳んだ。舌打ちする。
「ああっ本当に君は鬱陶しいね! 本当に今まで魔力封印されてたのかい? もうそんなに使いこなして……昔から苛つくね」
「それはこっちのセリフだ。いつもこっちの行動予測しやがって……」
「その予測を無理やり超えていくくせに、よく言うよ!
けどっ!」
床に降り立ったアル……その瞬間。彼の足元の床が、泥のように膝まで飲み込む。さっき仕掛けておいた罠だ。さらに紫色に輝く鎖が何重にも彼の身体を拘束する。
一息ついて、アルの腰にささった勇者の剣を抜き取った。
「良いだろ、たまには。僕に格好つけさせてくれたってさ。……代わりにネールをあげるからさ。思う存分にいちゃついたら良いんだよ」
剣を持ち上げようとして、ひどく重いことに舌打ちする。
「ぐっ……これ持ち上げるとか、やっぱり『勇者』ってのは……」
しかしそれだけ。剣が僕を拒絶することはなかった。剣にとってはどちらでもいいのだろう。
もちろん。出来れば、矢の選んだ人物が好ましいのだろうけど、この剣を持ち上げられるものならば、誰でも勇者になって良い。
――本当に、ふざけた剣だ。
なんとか壊せないものかと、剣を眺めた。普通の剣に見える勇者の剣だが、改めて見てみると素材は鉄ではなさそうだった。一見鉄に見えるが、魔力を放っている。壊せないなら、やはりコレを持って先に進むしか無いかな。
何がそこに待っているのか。まだ分かっていないけれど、行ってみれば分かることだ。
と、剣に気を取られたその時。
パリンっと鎖が砕ける音と同時に、お腹に衝撃が走る。息が詰まる。
「っ! アル……くっ」
それは遠慮のない一撃だった。すぐに魔法を放つけれど、分かっていた。もうこの距離ならば関係なかった。バリアの内側に入られてしまえば、肉弾戦で僕はアルに勝てない。
なんとか反撃しようと蹴りを放つも、足を掴まれ、床に叩きつけられた。――本当に、容赦ない。
それだけ強敵と見てくれているのは、ある意味で嬉しいけど……今は嬉しくない。
「かはっけほっ」
咳込んだ時、開いたその口に薬が放り込まれた。何の薬かは、すぐに分かる。
視界が歪んだ。
抵抗したけれど、同時に眠気もきた。いつもならこの程度の睡眠薬はすぐに直せるけれど、今は魔力が暴れていて上手くいかない。
完全に意識を失う前に、アルが離れていった。
手にした勇者の剣を杖のようにして、なんとか立ち上がったものの、アルの位置を目で追えない。それでも、アルの位置を予測して魔法をなんとか放つ。……当たった気配は、しなかった。
僕の手から剣が抜き取られる。支えを失い倒れ込む。必死に目を開けて顔を上げると、アルの背中が見えた。
「だ、めだ……アル……君は、ネールと」
アルが振り返った。アルは笑っていた。
「……ごめん、イディ。ネールのこと、頼む」
苛立つくらいに、綺麗な笑顔だった。




