04-01
――昔々、大陸の南に、とても平和な国がありました。
それは、この国に数多ある勇者の物語の決まりきった始まり方。
彼はそんな物語の数々を幼少期から読んできた。
目を輝かせて乳母に読むのをせがった。
歴代勇者には自分の血筋の者が多く選ばれていると聞いた時は、それを誇りに思い、いつか自分が選ばれる日を夢見たこともあった。
――父親から真実を聞くまでは。
より正確に言うならば、未だに彼は自身が選ばれることを願っていた。ただその理由は、英雄になりたいからではなかった。
国民が『英雄』に選ばれないために。
「大変です! 南に魔王城が現れました!」
「ばかなっ? まだ前の討伐から200年も経ってないのだぞ?」
いつもは長閑な城内の空気が一気に重く苦しくなった時、彼は驚かなかった。静かに報告や議論をする臣下たちの話を聞いていた。
以前から伝え聞いていた大陸の様子からして、『封印』が早まってもおかしくはない。
憎しみは、魔王をこの世界に呼ぶ。
(はぁ、ライオネル。お前の努力を、大陸の連中は無駄にしたようだ)
彼は心の中で、亡き親友へ声をかけた。
そんな風に彼が心静かにいられたのは、自分が選ばれるだろうという安堵があったからだ。
(良かった。私がもっと老いていたら危なかった)
不幸中の幸いにして、今国で一番魔力があるのは彼だった。……少なくとも、記録上は彼だった。
だから選定の矢がアルオニーを……親友の息子を選んだと聞いた時、彼はようやく慌てた。
「馬鹿な! アルオニーは魔力なしでは」
幼少期から何度かある魔力測定の儀の結果を、彼は見直した。
何年にも渡る書類をめくって確認するが、やはりアルオニーはずっと魔力なしであり、つい最近もそうだった。
魔力なしであること自体はおかしくない。
むしろ、世界的に見れば圧倒的に『魔力なし』が多い。生まれる者のほとんどが魔力を持つこの国が異常なだけで。
「魔力なしが勇者に選ばれるわけが……! いや、しかしあの二人の子供ならば」
彼はとある事実にたどり着いて、愕然とすると同時に納得してしまった。
魔力の大きさは本人の努力も多少は影響するが、血筋が多く影響している。魔力が多い親を持つ子は、魔力を多く持っている可能性が高い。
ならば……この国最強と歌われる魔法戦士だったライオネルと、最も優れた治癒師を母に持つアルオニーが、多くの魔力を持って生まれる可能性は十分にある。むしろ、魔力なしである可能性のほうが低いだろう。
「いや……いやしかし、魔力を封印する方法などあるわけ……っ!」
ライオネルは勇者の物語の真実を知っていた。
彼が教えた。
昨今の世界情勢で魔王の封印が解けてもおかしくないと思った彼は、自身が選ばれる可能性が高いから、後を託すためにライオネルに告げた。
それからというもの、ライオネルはいつもの任務をこなしつつ、大陸にも積極的に向かって探していた。――魔王を出さずに『魔』を封印する方法を。
その過程で、個人の魔力を封印する方法を知った可能性はあった。
自らの息子の魔力を封印し、国を出て大陸に渡り、本格的に調べながら、少しでも魔王の封印を長引かせるために戦争を止めた。親友と息子を救うために。
しかしながら戦争は、ライオネルの死後わずか数年で再び勃発し、アルオニーが選ばれてしまった。
「……魔力を封印されていても、世界は見抜くということか」
もうライオネルの行動の真意を知ることは出来ない。だがおそらくそうだろうと彼は思い、直ぐに頭を働かせる。
アルオニーが選ばれたのは仕方ない。そして、剣の封印自体はアルオニーでなければ解除できない。だが、彼は知っていた。封印が解けた勇者の剣は、誰にでも持つことができる。
一定以上の魔力量を持つ者ならば、持てるのだと。
実際過去には、勇者として選ばれなかった勇者の仲間が剣を持って『英雄』となったことがある。――後世には、最初から勇者として選ばれていたと広く伝わっているが。
「なんとか、剣を持って帰らせなければ……」
彼が旅についていくのが一番確実だが、国王という彼の立場がそうさせてくれない。
今までは、王家の血を引いていることで自身が選ばれる可能性が高いことに安堵していた彼は、今初めて国王という立場が重荷に感じた。国王でなければついていき、自身が剣をもって魔王城に向かうのは容易だった……しかし同時に、王家でなければ真実を知ることもなかったのだと、理解はしていたが。
アルオニーと船長に、剣を見つけたら一度持ち帰るようにと指示をした。いつもの彼らしく軽やかに。仰々しくなく彼は言ったつもりだった。
だが、世界は甘くなかった。
アルオニーたちが出発した後、不可思議な嵐が王国と試練の島の間に現れた。
報告を受け、見に行った彼の目の前に、あまりにも不自然にその場に留まり続ける嵐が存在した。
それを見た彼はしばらく呆然とし、それから……叫んだ。
もう平静を装っている余裕はなかった。
周囲が不安になるからと抑えていたすべてが弾け飛び、彼は自身の持つ魔力、持つ技術、持つ権力のすべてを駆使して、その嵐を消そうと試みた。
周囲は彼の様子に驚いたが、彼がここまで慌てる以上、そうしなければならないのだと、誰もが疑問を口にせずに嵐に向かって魔法を放った。
彼は、彼が剣を使わなければならないと強く思っていた。なぜなら――ライオネルに伝えてしまったからだ。
ライオネルに伝えていなければ、彼は国を離れることなく、家族とともに過ごしただろう。アルオニーもアルオニーの母親も、家族を失うことなく日々を平和に過ごせた。
ライオネルに伝えていなければ、彼はアルオニーの魔力を封印することはなかっただろう。アルオニーが魔力無しとして、片身の狭い思いをすることはなかったはずだ。
ライオネルに伝えていなければ、彼は大陸の戦争を止めようとすることなく、そうすればもっと早くに封印が解けただろう。アルオニーの魔力量が彼を越える前に。
彼は、親友から奪ってしまったのだ。家族とともに過ごす時を。
だから、その責任として彼が選ばれなければならなかった。
しかし……嵐は消えない。
叫ぶ彼を、ただ見返すようにそこに在った。――魔王が封印されるまで。
***
ぺらり、とページのめくれる音が部屋に響いた。
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昔々、大陸の南に、とても平和な国がありました。
そこには『魔力なし』と周囲から笑われていた少年がいました。
少年は『魔力なし』と蔑まれながらも努力をし、大人になる頃には誰もが認める狩人になっていました。
しかしある時、魔王が現れ、世界を危機に陥れました。
狩人は、世界を救うために勇者として旅たちました。
真の勇者にしか抜けない伝説の剣を持ち、魔王に果敢に挑み、ついに勇者は魔王を倒しました。
そうして、世界には再び平和が訪れました。
めでたしめでたし。
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最後のページを捲る音は、しばらく聞こえなかった。
まるで最後のページを捲ったら、すべてが終わってしまうかのように。
彼の指は、結局最後をめくることなく、本は閉じられ、棚に入れられた。たくさんある物語の中に、また一冊が加わった。
「……この物語は満足されましたか?」
彼の目が、虚ろに天井を見る。――いや、その目はハッキリと『こちら』を見た。
「神(見届ける者)よ」
ある日、親友の息子が『主人公』に選ばれた。――完
ある日、勇者に選ばれた。――終。




