03-01
頼むと言われた。
何をかは言われなかった。
その人が言うのだから、この国のことだろうと単純な俺は思った。
そして馬鹿な俺は、その時が来るまで、本当の意味に気づけなかった。
***
弟子なんて、本当はとるつもりはなかった。
面倒だし、そもそも俺になにか教えられるとも思えなかった。
ただたんに、あの人の息子だから……魔力なしの中でも生き延びられる方法を教えようと思った。
そしたら……思いの外、弟子が優秀で。気がつくと色々と叩き込んでいた。どんどんと吸収する姿に、面白くなっていた。
あまり陸地は好きではないが、我慢して相手をしてやってもいいかと思うくらいには、可愛がっていた自覚はある。
そんな弟子も、いつのまにか自立して立派な狩人になり、周囲の目も変わった。もう弟子のことを魔力なしと蔑むやつはいない。
と、そこで終わったのならば、良かった。……良かったんだ。
弟子が勇者に選ばれたと聞き、栄誉あることだったから何か贈り物をと考えていた時、陛下に呼ばれた。そこで
「は? 勇者の剣をもってこい、ですか」
思わず聞き返してしまう。
今までも、何度も良く分からない任務を受けたことがある。けれど、聞き返したりなんてしなかった。誰よりもこの国を愛し、この国に住まう者たちを愛する陛下の頼みなら、この国にとって悪いことではないと知っていた。
なのに、なぜか今回ばかりは違和感があった。
陛下はいつもと変わらない表情をしているのに、何かが違う気がした。
「なにせ、前回からずっと島に剣は放置されているからな。一度鍛え直す必要があるやもしれん」
言っていることは、辻褄が合っているように思えた。
「それに……ほれ。伝説の剣とやら、少し見てみたいだろう?」
片目を瞑って笑う姿は、いつものおちゃめな陛下のままだ。――きっと、気のせいだろう。
「……はい、分かりました」
俺はそう頷いた。頷いてしまった。深く、考えず。
***
けれど、どこか違和感は拭えなかった。だから……お嬢たちが船に乗り込んだのを、気づかないふりをした。イデアルがお嬢を連れてきたのは、何か理由があるはずだから。
あいつは賢い。
賢すぎるところが、少し心配になるほどに賢い。
だが、あいつの行動原理は単純だ――弟子とお嬢の幸せ。
それだけ。
だからこそ、あいつが危険なはずの旅にお嬢を連れてきたのは、理由がある。けど決して二人を傷つけるためではない。クソガキだけど。ムカつくけど、そこは信頼している。
しかし……海が不自然に荒れた時、違和感は確信に変わる。――この旅は、オカシイ。
弟子が勇者に選ばれたことじたいは、驚きではなかった。周囲ではなぜ魔力なしがと言っていたが、若い連中の中で一番の実力者なのは間違いなかったから。やっぱりな、という感覚こそあれど疑問はない。
だが、その日から何かが狂っていく感覚はあった。
まるで、言動の決められた劇をこなしているかのような、気味の悪い空気。
その気味の悪い雰囲気を、目の前の不自然な嵐から感じ取った。あれは自然の嵐ではない。だが、人にあんな規模の嵐を起こせるわけがないことも分かっている。
神様なんてものを信じてはいないが、いるのではないかと思いそうになるくらいには、圧倒的な力を感じた。――ほんと、胸糞悪い。
苛立つ。
身の回りで感じる違和感の数々に。何よりも、何かが起きているのに自分だけが除け者になっているという感覚に、苛立つ。
魔王の島についた。
弟子がいつもの様子で降り立って去っていく。その晩、お嬢が船を出てついて行った。そして、イデアルはそんなお嬢に気づかれないようについて行った……船を降りる時、俺の方へちらっと視線を向けてから。
「ったく、本当にムカつくガキだな」
イデアルは、昔から俺を使うのが上手い。俺も利用されているのは分かっても、気づいた時にはどうしようもない状況に追い込まれているから、従わざるを得ない。
俺は船を部下に任せて二人を追いかけた。
途中で訪れたオアシスで、俺は襲ってこない小さな虫を初めてみた。植物も、どれもこれも毒などなく、触手を伸ばしてこちらを縛り付けてくることがない。こんなに呑気な虫と植物は初めて見た。
何よりも、空気が美味いと感じた。空気に味などあるわけがないのに。
「大陸の空気なんざ、吸いたくねーくらい気持ち悪かったってのによ」
物資を運ぶために何度も大陸と往復してきたが、ここの空気を知った後だと、どれだけ大陸が濁っていたかがわかる。あんな空気の中で暮らしているから、大陸の連中は性根が腐ってるのだろうか。
魔王城付近のほうが空気が綺麗というのは、俺達が魔力を持っているからそう感じるのか? イデアルなら知っているだろうか。
首を傾げつつ、城に入っていく。
城の中も、良く分からない違和感があった。なんとなく気配を消してついていきながら、見ていく。ゴースト系の魔物がいるようだが、この程度なら二人で問題はないだろう。しかし、妙に弟子もイデアルも、らしくなく感情的だ。
ふいに、あの人の言葉を思い出した――頼む。
なぜ突然その言葉が頭に浮かんだのかは、良く分からない。
だが目の前で、弟子は睡眠薬を二人に盛った。まだ少し分からなくもない。こうでもしないと、お嬢は着いてこようとするだろう。そして二人は、お嬢には弱い。だから、眠らせたのだというのは分かる。
お嬢の護衛としてイデアルを置いていこうとするのも分かるが、イデアルにまで睡眠薬を盛る必要はない。
この時点で、弟子も俺が二人を守ることを前提として動いていることを理解した。
まったく、むかつきガキどもだ。俺を利用してやがる。
なのに、なにも説明しようとすらしない。
二人が争っている。二人の間にだけ通じるなにかのために、本気で戦っている。
俺には分からない。一つ分かるのは……勝った方が、もう帰ってこないということだ。
――頼む。
その言葉の意味が、今この瞬間のことだったのだと、ようやく俺は気づいた。




