アイシズ編⑤
ダリアンが目覚めると、そこは深海の研究室のような海藻に覆われた部屋だった。自身の体はカプセルに覆われており、左には同じようにカプセルに囚われたノビー、ノスタルジア、ルチルゥの姿が見える。
「どうなってるの!?」
ここから出せとカプセルを叩くダリアンだったが、外部の状況を踏まえてやめた。今外は高水圧の海水で埋め尽くされており、万が一飲み込まれれば命はない。
ダリアンはノビーに話を聞く。ノビーはあのガスで眠ることはなく、樹脂で出来た人形のルチルゥとともに赤い潜水服のものから話を聞いていた。赤い潜水服のものは自身をアトラシアンと名乗り、青い潜水服のものと同様寄生虫の脅威に怯えながら過ごす長命の深海種族だった。しかし最後の同僚でありながら子孫である二号(青い潜水服のもの)に寄生症状が発症してしまったために、彼は独りでその寄生虫と戦っていかなくてはならなかった。だが彼はノビーらが解決の糸口になるかもしれないと、日頃調査していた海上付近での調査物としてノビーらの細胞を上げ、新たな薬品が開発できないか協力を申しつけてきたのだ。ノビーは同じ研究者のよしみとして協力する旨をダリアンに話し、ダリアンは自身が寝ている間に勝手に進められた人体実験の許可に反吐が出る。
「勝手に進めんじゃないわよ!」
「悪いようにはならん。私にはわかる」
カプセル内にスキャンが走り、針のついたアームが伸びる。悲鳴を上げるダリアンだったが、無慈悲に採取は終了し、検査は終了した。採取された細胞はアトラシアンによって高速で解析が進められ、その間ダリアンらは海底街を観光していてもよいと、交信音がルチルゥによって翻訳され、ダリアンらはげんなりしながら海底街を散歩する。
深海のなかで水を吸い込み吐き出す機構のウォータースライダーは真っ暗で景色も何も見えず、所々にある出店のような機械からは海水でずぶ濡れのホットドッグが出てきたり、娯楽街なのかもぐら叩きのような気持ち悪い生物を叩きのめす機械があったりした(水の抵抗がないため新記録)。ダリアンらは一通り体験したものの、それは楽しむという感情では表現できない微妙な何かだった。
ダリアンらはホテルで休憩しようとそれらしき建築物に入るが、内装は海藻だらけで、ベッドもとても利用できたものではない。
「あいつらこんな所で寝泊まりしてるの? 髪が海藻だらけなんだけど」
「蛸だから気にならないんだろう」
「『蛸』?」
暇を持て余したダリアンらは研究中の一号(赤い潜水服のもの)の下へ向かってみる。彼は全力で検査を進めているが、上手く調査が終わらないらしい。ノビーが自分にできることはないかと協力を表明したことで、さらに高速で検査が進む。ダリアンは待っている間、壁の冷凍睡眠装置の窓を確認する。霜の隙間からよく見れば蛸の頭のような部位が見え、ノビーが言った『蛸』という言葉に納得した。彼らは深海に住む蛸種族であり、長命を手に入れた進化した蛸だったのだ。
ノビーが協力したことで検査は終了し、あとはアトラシアンの体に合わせた製薬のみとなる。ノビーはあとは彼らの仕事だと三角錐のモニュメント(研究室)を出て、ダリアンらと共に再度娯楽街へ向かう。ダリアンらはウォータースライダーの排出口に赴き、排出されてくる魚を鉤爪ロープをほどいた釣糸で釣って楽しんでいた。その大体の魚に「もぐら叩きの生物に類似した生物」が引っついているのを発見し、一行はこれが寄生生物の正体かと納得した。
「これもぐら叩きの生物じゃない?」(ダリアン)
「お茶目なことを考える蛸もいたものだな」
やることもなくなり、三角錐の天辺で光るネオンを眺めていると、下から冷凍睡眠を脱した二号とともに一号がこちらに向かって手を振ってきた。
「上手くいったみたいね」
彼らはダリアンが手を振り返したのを確認すると、さらなる仲間の解放のために研究室へと戻っていく。
「もういいでしょ? 帰りましょうよ」
海上で待たせていることもあり、ノビーらは海底街を後にする。後に残されたのは寄生症状を緩和する薬と、仲間を救うことができた未知の蛸種族のみだった。
海上で待っていたのはなぜか気分が良くなっている海軍隊員たちだった。ノビーが理由を聞くと、事前にダリアンに「蛸の足を使って休憩時間を作れ」と指示された隊員がいたらしい。冷静に考えればダリアンらは密航者であり、密航者に助けられたからといっていつまでも海軍が従順に海上で待ち続けているとは限らない。ダリアンはそこを見越し、クラーケン騒ぎの時に一緒になって船倉に隠れていた腰抜けの海軍隊員に「『休憩時間を作る』という大義名分でヘイト分散に利用しろ」と指示していたのだ。おかげで指揮官たちは優雅にクラーケンの身を摘まみながら(一部の隊員は酒を飲みながら)休憩しており、ノビーが討伐に失敗したにもかかわらず上機嫌で一行を出迎えた。
「何? 失敗した? ガーハハ! そんなことは気にするな。そもそも痛手を与えたのだ、成果がないわけではない!(クラーケンの焼身を頬張りながら笑う)」
船は無事にコトオズの港に着き、いまだ残っているクラーケンの焼身をもってして痛手を与えたと高らかに報告した。ダリアンらは自身の目的であるクラーケンの生身をこっそりと持ち出し、密航者であることを追及される前に手早く帰路に就いた。
ルチルゥはフロムの下へ帰りたいと言う。雪道を南下している時、フロムの家に繋がる林道を前にした時だった。ノビーは快諾し、ルチルゥは覚束ない足取りで林道を進んだ。
「何だかんだ助けられたわね」
「何だかんだどころではないだろう」
ノスタルジアはルチルゥに別れを告げ、ルチルゥは林の奥で振り返り、一行に目線を送った。




