アイシズ編④
クラーケン出没地域コトオズではすでに物々しい雰囲気が立ち込めていた。自治体が用意した遠征隊や軍艦がすでに手配されており、港から物資を搬入している。ノビーは管理者と思われる人物に話しかけたが、すでに遠征隊への一般受付は打ち切られており、自治体が用意した部隊のみでの遠征に変更となっていた。誤算により路頭に彷徨うことになった一行。
「困ったな。これでは目的が果たせない」
「こっそり忍び込めばいいんじゃないの?」(ダリアン)
ダリアンらは船の荷積み作業の隙を狙って船舶に侵入する計画を立てた。指揮官に運搬員がつまみ食いをしていたと嘘の密告をし、監視の目が緩んだ隙に樽の中身を解放、その中に隠れ潜むことによって荷積みと同時に侵入する計画を立てた。
計画は上手くいき、樽の中で転がりながら船倉への侵入に成功した一行。出航の気配を感じ取って樽から脱出する。船倉はひんやりと冷たく、角灯が一つ掛けられているだけの薄暗い空間だった。一行は樽の中身をつまみ食いしながらクラーケンとの接触を待つ。管理者が言っていたが、クラーケンは神出鬼没なため、長い間海上に留まる前提で手配がされており、ダリアンらは船に揺られながらその時を刻一刻と待ち望んでいた。
「まだかしらね~」
薄暗い船倉のなかでルチルゥが角灯に照らされるようにボウっと現れ、「何かが……来る……」と呟く。その声を皮切りに船を大きな揺れが襲い、一行は待ってましたといわんばかりに甲板を覗いた。しかし揺れの原因はクラーケンではなく、辺りは濃霧に包まれており、海軍が海賊団に襲われている。濃霧を利用した急襲に慣れているのか海賊の方が一枚上手であり、下手に出た海軍隊員は為す術もなく制圧されていく。
「海賊だー!! グエっ……!」
濃霧のなかほかの船員に知らせるように叫んだ兵隊が次から次へとやられていく。クラーケンとの戦いの前に人間同士の争いによって疲弊してしまった。あっという間に海賊に占領されてしまった海軍船舶は至る所に捕縛された兵隊が転がっている。ダリアンらの隠れていた船倉へも海賊の魔の手が近寄り、一行は船長の前へ引き摺り出されてしまった。
「おいおい、その見覚えのある顔は……ノビーじゃねぇか!! 誰かと思ったら奇遇だなァ?」
海賊団船長チックはノビーの顔を見るなり嫌味の篭った笑みで舐め回すように睨みつけた。不潔な身なりと、横向きのバナナのような風に靡くモヒカン以外を刈り上げた特徴的な髪型の悪党である。下卑た笑いを浮かべるチックは俺に勝てたら船を解放してやってもいいとノビーに決闘を申し込み、長年の因縁にけりを着けようとした。
ケイラス細胞と融合したことで異常に発達したノビーの肉体は白衣に隠されている。そんな顛末も知らないチックは鞘から湾曲した剣を抜き、ノビーに突きつけ一気に距離を縮め切りかかった。最高効率の筋肉で顎に直撃を受けたチックは一撃で沈み、周囲の海賊船員共は狼狽える。
その時、再度船が大きく揺れ、長い触手が船舶を包み込む。とうとう現れたクラーケンはすぐさま船を破壊し出し、海を引き摺り込もうとする。チックはよろよろと立ち上がると休戦の合図をノビーに投げかけ、ノビーはそれを了承した。海軍隊員の縄もほどかれ、一身となってクラーケンに抵抗する。ノビーの強力な氷の槍がクラーケンの触手を貫き、チックの鋭い剣捌きが触手を切りつける。二人のコンビネーションは完璧だったが、一瞬の不意からノビーが触手に捕まり、それをチックが助けた。強力な火責めに遭いながら氷の槍で足を引き裂かれたクラーケンは、ずるずると海へと戻っていき、危機は去ったかに思えた。
ノビーの目的はクラーケンの刺身であり、海軍隊員の魔術によって焼け焦げた足ばかりになってしまった現状に不満を抱いていた。香ばしい匂いを放っているが、彼が求めているものはそれではない。
チックと海軍指揮官は今後の動向について言い争っている。一度制圧したのだから今回は見逃せと主張するチックと、不意打ちにそのような主張は認められないと拒否する指揮官。しかしノビーは海軍が助けられたのはチックとの一騎打ちに勝った自分のおかげであると指摘し、チックにはその約束を男として果たすよう主張した。チックとの戦いを間近で見ていた海軍隊員はたしかに恩があると口を閉ざし、チックは見逃すというのなら要求を飲むと譲らなかった。チックはいつの間にか団員を連れてとんずらしており、ノビーは今後の要求について指揮官と話し合った。
「私がクラーケンに止めを刺しにいく。それまで海上で待っていてほしい」
「君が独りで行くのか?」
「これは危険な行為だ。船すべてが沈むのを避けるため船員は残す」
ノビーはダリアンらを連れ、潜水するための準備を整える。水中を突き進む水の螺旋膜と沈まないための空気の循環を想像し、実行する。いつもの三人とダミーを抱き抱えたルチルゥを連れ、一行は深い海の中へ入っていった。
百~二百メトリを越えたあたりですでに海中は暗がりに染まっており、潜水に集中するノビーに代わってダリアンが明かりを出した。
深海六百メトリ到達直後、見覚えのある千切れた触手が海中を漂い出し、一行を取り囲む。ノビーは潜水魔術を保ちながら高度なガスを海中に溶け込ませ、クラーケンを一時的に麻痺させる。彼は持ってきた保冷箱に切り取った生のクラーケンの足を入れ、止めを刺すべく集中した時だった。
クラーケンの足の隙間から赤い潜水服のようなものを着た人物が現れ、彼らに向かって交信音を発生させた。ルチルゥはそれを翻訳し、彼が「どこから来たのか」尋ねていることを告げる。
「どこから来たのかというのは、彼が深海の種族であるということか?」
「そんなわけないでしょ」
しかし話を進めるうち、この深海の種族はダリアンらを遊びに誘うかのように「おいで」と深海にいざなっていることがわかる。彼はクラーケンの生みの親であり、情報を採取するために浮上していたに過ぎない。彼はそのクラーケンを生んだ海底街へとダリアンらを誘っていたのだ。
「いってみよう!!」(ノスタルジア)
「見せたいものというのが何か気になるな」
「冗談でしょ?」
ダリアンは突然現れたこの謎の人物に好奇心よりも疑惑が勝った。元よりダリアンはこのような冷静さを持っている。そこへさらに現れた青い潜水服のものは、途中まで通常のように同行するなか、突如狂ったように赤い潜水服のものを攻撃する。赤い潜水服のものは懐から注射器のようなものを取り出すとそれを青い潜水服の隙間に向かって刺し込み、青い潜水服のものは沈黙した。
「今何したのよ?」
「鎮静薬か何かを打ち込んだのか?」
ノスタルジアとノビーの意向により、ダリアンらはさらに深く深海千二百メトリ程度まで潜水。赤い潜水服のものに追従して訪れたその海底街は地上の街より遥かに進んだ技術を誇っており、至る所で発光する何かが建てられている。
ダリアンらはそのなかの三角錐のガラス張りのモニュメントの中へ入っていった。赤い潜水服のものは青い潜水服のものを周囲の冷凍睡眠装置へ入れ、稼働させる。急速に凍結された青い潜水服のものは、周囲の同様の装置で眠っている似た風貌のものたちと同様冷凍睡眠に入った。ダリアンはその潜水服の頭部の窓を覗き込むが、霜でよく見えない。
突如、赤い潜水服のものはダリアンらに向かって高濃度のガスを噴射し、それが内部の空気にまで達した瞬間、ダリアンとノスタルジアは深い眠りに落ちてしまう。
「うわっ!? …………ぐぅ(いびきを掻くダリアン)」
「(目を擦って静かに眠りに落ちるノスタルジア)」




