アイシズ編②
ダリアンの予想は当たっていた。ノビーは彼女らが帰る日程に合わせ、大きな荷物を背負って旅行に出ようとしていた。それは彼女らの機嫌を取るためであり、あくまでも通常の旅行の一環として連れていくことができないと暗黙の了解のなか旅立つための方便であった。この了解がなければ彼の館は危険に曝され、彼はそれを嫌ったのだ。
「では、行ってくる」
しかし彼女たちはそれを見越しており、彼が強い風を纏って飛び立とうとするその刹那に館からダッシュしてきてノビーの気づかずうちにバックパックに鉤爪ロープを引っかけた。
「今よ!」
「(ノスタルジアがロープを持って館から飛び出る)」
直後、上昇気流によってノビーの体は浮き上がり、同時に姉妹たちの体も引っ張られるように浮く。
「(風船で飛んでいくように引っ張られていく姉妹)」
ノビーが彼女らに気づいたのは港町スダリクに着く半分程の経路を経てからだった。後ろに引っかかる感触を覚えた彼は後方の長いロープの先に姉妹がくっついているのを発見する。呆れた彼はロープを手繰り寄せ、彼女らを空中に浮かせた。
「……何をしている?」
よもやこんなことをしてまでついてくると思っていなかったノビーは深い諦観に苛まれ、姉妹の同行を渋々許可した。
港町スダリクは白い景観の港町である。曲線状の塀と複雑な路地が入り組んでおり、噴水がある中央広場からは港が一望できる。
「うぅ~ん、潮の匂いが気持ちいいわね」
広場には出店が多く出店しており、ダリアンらはそこでノビーに綿菓子を買ってもらった。広場からは大通りが東西に伸びており、旅行の目的の多くはそこにあった。ノビーはまず宿屋にチェックインする。酷くボロい宿屋であり、ダリアンは怪訝な表情を見せる。宿屋オリー・ボリーの主人ガストノは店と同じく酷く陰気であり、やつれている。ノビーは先に部屋を見てから夕食付きの契約で料金を支払った。
彼らがまず向かったのは風呂屋である。スダリクには有名な風呂屋があり、石のトンネルを抜けると熱気が篭った風呂場の休憩所が見える。すのこが多く敷かれ、熱気を上手く逃がしている。ノビーと姉妹は分かれ、思い思いの入浴を楽しんだ。泡風呂や酸っぱくて黄色い薬湯、甘い薬湯などがあり、堪能したダリアンらは先に休憩所で待っている。直後ノビーが退浴してきて、ノビーは姉妹にソーダを奢らされる。ライチのような種を割って作るそれはクワィチソーダと呼ばれ、現実のサイダーやラムネに近い(種はそのまま入っている)。
「人の金で飲むソーダは最高だわ……」
時間も程々に、夕暮れが近くなってきたスダリクには港から帰ってきた航海士や漁師が銭湯へ雪崩れ込む。ダリアンらはそれと入れ替わるように、最高のタイミングで夕食が待つオリー・ボリーへ帰還した。ガストノは彼らに地元の海産物の揚げ物やそのスープと白米を提供し、それらは一行に好評だった。主人は意外とお喋りで、その最中ノビーとガストノが同郷であると発覚。
「あなたもロータル・ロート出身なんですか?」
「奇遇だな」
ダリアンらは疎外感のなか食事をすることとなる。
(何も悪いことをしてないのに悪いことをしたような気分になるわ……)
「(お構いなしに揚げ魚と白米を掻っ込むノスタルジア)」
話に熱が入るなか、二人は学級の問題児についての意見を交わす。
「あの人のこと、覚えてますか? ほら、あの目付きの悪い……」
「チックのことか?」
ノビーには犬猿の仲ともいえる悪友チックの存在があり、ガストノはよく因縁を付けられて困っていたと愚痴を零した。連絡はすでに取っていないようだが、優秀だったノビーはそのまま高等学校へ進学し、関係は薄れていった。
翌日、ノビーはガストノととある約束を交わし、ガストノはそのせいでやつれた顔がさらにやつれているのか、顔色が悪い。話を聞いていたダリアンは自業自得だと鼻で笑った。
朝、ノビーたちは出航するまでの間に朝食をとることにした。シュガー・シュガーと書かれたいかにもな名前の店から甘い匂いが漂ってくる。
「食事って、デザートじゃないの?」
「有名な店らしくてな、前から一度行ってみたかった」
店内にはお気楽な店主がいらっしゃいと元気な掛け声を上げる。店内に入るとさらに甘い匂いが充満し、カウンター席に着いた三人に先程よりも凄まじい店主のお喋りが直撃する。お菓子の国がどうとか濃霧に気を付けろだとか暖流の影響で海産物が値上げしてライバル店が悲鳴を上げているのを楽しんでいるだとかとにかく凄まじい情報量だった。
「そうそう、あんたら、お菓子の国って知ってるかい? 何でも、五百年前に滅びたっていう伝説の国なんだけどよ、俺はいつかそこに行ってみるのが夢なんだ。何か知ってることはないか?」
「聞いたことないな」
「お嬢ちゃんたちはどうだ?」
「知らないわよ」
「そうか……まあ、いいや! あんたら、旅人か? そうなら近頃暖流の影響で濃霧が出るっていうから気を付けろよ! ま、俺はその影響でたんまり儲かったがな! ウハハ!」
メニューはキナコ風ドリア、キビクリームグラタン、カルメヤーキ(糸状の飴が乗ったカルボナーラ)など、個性に溢れたデザート紛いの代物である。そのふざけた名称に反して味は良く、ダリアンは中々に気に入る。
「なかなか美味しいわね、コレ(カルメヤーキを啜るダリアン)」
店主によれば観光客が激しいこの地域で生き残るためには奇抜さが必要だとし、海産物で勝負を掛ける店は競争が激しいと持論を語った。その結果が他店舗が潰し合うなか飄々と生き残り、常連客も確保しているという慧眼である。
シュガー・シュガーを退店し、彼女らが乗る分の交渉に入るノビー。船長との交渉が済み、追加賃金を支払うことで成立したが、ダリアンらは待っている間の港で見覚えのある影を発見する。それは航海士の父親トッドであり、彼もまたダリアンらに気づくと早足に近づいてきた。
「二人共!! こんなところで何してるんだ!!」
「(やばいと目を逸らすダリアン)」
「またちょくちょく抜け出していると思ったら、お母さんとても心配しているんだぞ!」
父親と話すダリアンらの姿を見たノビーは、事の顛末をトッドに話す。するとトッドは気の抜けたように「そうだったのか……」と含み笑いをし出す。父親の異常な行動にダリアンは少し寒気がするなか、トッドはダリアンらが自分の血を引いているのだと大きく笑った。彼は過去に冒険家だった時期があり、その時の血がダリアンに引き継がれていることを嬉しく思ったのだ。
「いいか、ダリアン。お父さんはお前が冒険に出るのを止めようってわけじゃない。だが、その時にはしっかりと報告をしてほしいんだ……そうじゃないと、心配性のお前のお母さんが凄く悲しむんだ」
「……(黙って話を聞くダリアン)」
ノビーは良からぬ雰囲気に理解ができないが、トッドはノビーにダリアンらを任せるというあり得ない選択をした。ノビーは贔屓目に見ても優秀な化学者であり、トッドは話のなかでそこを信頼したのだ。
ノビーは愕然とする。こんな場所で父親に会ったことで助手ごっこに終わりが訪れると踏んでいたのに、実際には父親から承認を得るという真逆の結果になってしまった。これでダリアンたちは心置きなくノビーに執着でき、ノビーは親の承認という逃げられない状態に陥る。母親マリーにはトッドから手紙を出しておくと、その場では別れ、後には愕然とする研究者と好奇心旺盛な姉妹のみが残った。




