アンダーレジェンド編②
ノビーはノスタルジアが触った木の蜜を関係者の目印ではないかと予測した。入口から見える木を伝って、目的地まで迷わず辿り着こうという算段があったのではないかと語る。
「ほら、あそこ!」
ノスタルジアが指差した先にはたしかに不自然な樹液がべっとりとくっついている。どちらかといえば黒い蜜のようで、樹液のような僅かなものと違い誰かが意図的になすりつけたように見える。
ノビーが周囲の木を探すと、予想どおり次の木の樹液が見つかった。しばらくその樹液の目印のとおりに進んでいると、開けた場所に出る。そこだけ木が生えておらず、森が円形に繰り抜かれたような光景をしていた。
しかし、次の木を探すが見つからず、手掛かりは途絶えてしまう。
「一度帰るべきだろう(ラーガールの遠吠えに耳を傾けながら)」
そこへ空から菓子の衣装を身に纏った女性が話しかけてきた。空中で寝転んで気分よさそうに話しかける。
「あんたたち、あたしのこと探してるんでしょ?」
にやにやと笑いながら話しかけてきた魔女は、ノビーがダリアンらを庇ったのを見て少しムッとする。ノビーは向こうから都合良く関係者が接触してきたのを見て警戒しているようだ。都合の良いことには必ず裏があるとノビーは魔女を疑った。探していた人物がひょっこり自分から来るなどそうそうあり得ないからだ。
「何者だ。お菓子の国と関係があるのか?」
「えぇ~っ? どうしよっかなぁ~……そういう態度取られるとなぁ~……」
魔女は非常に不機嫌な様子であれこれ言っている。
「あたしさぁ~、あんたらのことずっと着けてたんだよね。どう見てもあたしのこと探してるじゃん! って」
魔女は杖を支えに地上に下りてきた。この世界で杖は非常に高価なもので一般にお目に掛かれることはほぼない。それは明らかに彼女が通常とは異なる状況にあることを示している。
「あんた、古代語知ってる?」
「専門外だが、少しは」
「わぁ~っ、よかったぁ~、あんたが知ってるなら好都合だね!」
彼女は開けた場所の中央にある草をがしっと掴むと勢いよく持ち上げ、草地に偽装していた蓋を持ち上げた。
「ここがお菓子の国の入口。ほら、入んなよ!」
そう言うと魔女は梯子を使って手際よく下りていく。どうやら慣れているようで、ノビーはこの魔女を信じてよいものか悩む。
「ほら、行きましょうよ。お菓子の国だってさ」
ノビーはダリアンに連れられて、草の蓋の奥の地下へと向かった。梯子はすぐ終わり、小振りな地下洞に辿り着く。そのなかにはすべてがお菓子で出来た小さな家が建っており、ダリアンは本物ではないかと少し期待する。子どもには期待に胸を膨らませられるような代物だが、ノビーは依然としてその前に立っている魔女を注視している。
「さ、入って入って!」
チョコレートで出来た扉を開けると、内装は無数のベッドが並ぶ異様なレイアウトが為されており、通常使用する民家ではないことがわかる。サロメと名乗った彼女はそんなベッド群には目もくれず、さらなる奥の小部屋へと移動する。兵舎のようだとノビーは思った。ブリキとチョコレートで出来た兵隊が寝ており、呼吸はしていない。サロメは「お菓子の国の兵隊」だと説明した。
小部屋にはチェック柄クッキーの床板以外目覚ましいものはなく、家は依然としてサロメの出す明かり以外の光源が無く薄暗い。サロメはその中央の大きな床板を外すと、「ここがお菓子の国の本当の入口! あんたら飛べる?」とにやにやしながら聞いた。依然として楽しそうで、ノビーが飛べると返すとサロメは高位魔術師であることに驚いていた。
「じゃ、さっさと入って! 蓋閉めなきゃいけないんだから(冷たくあしらうような手のジェスチャー)」
ノビーが反質量魔力を体に付着させ、風力で姉妹ごと浮き上がって中へ入ると、サロメも同様その上で浮きながら蓋を戻す。そして突如風を消したかと思いきや深い暗がりの穴の底へ飛び込んでいった。
「じゃ、お先~(擦れ違いながら落下していくサロメ)」
穴の底ではサロメのものと思われる明かりがどんどん小さくなり、いつしか見えなくなった。
「魔術使ってなかったわよね?(浮きながらノビーを見るダリアン)」
「……もしかすると本物かもしれん(暗がりの底をじっと見つめているノビー)」
ノビーは魔女が手馴れていることとその規模から、ただのお菓子の国好きの異常者ではないと感じ出していた。加えて蓋を戻した時彼女が実際に杖を使用していたことから(お土産などの)レプリカではなく本物であり、彼女の異質さを際立てた。
五百メトリ程降下すると、彼女が明かりを灯して待っていた。
「遅い! 先行っちゃうよ!?」
彼女は怒っている。ノビーが危険な降下法だと指摘すると、彼女はその方が早いと聞く耳を持たない。彼女はせっかちなようだ。
そこそこ広めの地下洞に繋がっており、地下洞には作り掛けか風化したものと思われる古びた木造民家が幾つか建っていた。不思議なことに明かりもないのに薄ぼんやり明るく、芝生と土の地面がぼんやりと淡く見える。彼女はそこに用はないようで、どんどん先へ進む。
もう一つ縦穴を抜け、最後の縦穴に入る。しかし、最後の縦穴を降下中、突如として魔術が機能しなくなり、三人は自然落下状態で底に激突するかと思われた。
激突の寸前、サロメのものと思われる猛風が吹き荒れ、三人を地面から遠ざける。浮かせられながら三人は無事着地し、サロメと相対した。
「ああ、ごめんごめん。最後魔術使えなかったでしょ。たまに起こるんだよね」
「ごめんで済む出来事ではないぞ(冷静に汗を拭うノビー)」
「ほんと、死ぬかと思ったわ!」
「すごかったね!!(喜ぶノスタルジア)」
三人を最後に待っていたのは天井の広い倉庫のような場所だった。天井の広い坂の廊下がどこまでも続いており、サロメはその先に向かって進む。
ノビーは彼女が古代語を知りたがっていることや、今の出来事から何かを隠しているのではと尋ねるが、彼女はしらばっくれる。無論、彼女のような性格から何かを聞き出せる程甘くはないとノビーも知っている。
「じゃっじゃ~ん! ここがお菓子の国!!(手を広げて歓迎するサロメ)」
彼らに待ち受けていたのは天井から家屋に至るまですべてが菓子で出来た想像も付かないような光景だった。家はロールクッキーや苺ジャムクッキーの屋根、キャンディの柱と、ビスケットやキャラメルの壁、チョコレートのドアと飴の窓で出来ている(ロールクッキーとキャラメルは汎用性が高いのか至る所に採用されている)。床はチェック柄クッキーで埋め尽くされており、縁石のようにピンクと緑のクッキーが散りばめられている。天井には逆さ吊りのホールケーキやフルーツ、糸に複数繋げられた飴、包装紙に包まれたキャンディ、マーブルチョコレートの飾り石が飾られており、ダリアンはどうやって手入れしているのか疑問に思う。遠くには砂糖菓子で出来たような大きな城も見える。左右にはホイップクリームが乗った監視塔が見えた。不思議なことにこれらの光景はすべて青空の下に存在しており、遠くは青く霞む程広い。




