おやすみ
玉座の——上。
ぐったりと、していた——王様が。ゆっくりと。瞼を——開いた。
その瞳に。もう。闇の、色は——ない。
「……お父様! お父様——よかった……っ!」
イザベラが。駆け寄って。震える手で——その腕に、すがりつく。
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「……イ、ザベラ……」
王様の、声は。掠れていた。
「ここは……?」
ゆっくりと。記憶を、手繰り寄せる、ように。視線が——さまよう。
そして。はっと——したように。
「ア、アデライドは——!?」
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イザベラは。
答えられ、なかった。
ただ。涙を、流したまま。ゆっくりと——首を、横に、振る。
その仕草だけで。すべてが——伝わって、しまった。
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「……そう、か」
王様は。静かに——目を、閉じた。
取り乱しは、しなかった。
ずっと。闇に——蝕まれていく、妻を。そばで、見ていた、から。いつか、この日が来ると。心の——どこかで。覚悟して、いたのだろう。
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「お母様は」
イザベラが。涙声で——告げる。
「ご自身で、選択を——なさいました。最期は、闇に抗って。ご自分のお心を——取り戻して。リリア様と一緒に、旅立って……いかれました」
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「……リリアと」
王様は。ふっと。
肩の力を——抜いた。その横顔は。悲しみの、中に——わずかな、安堵を、滲ませて。
「そうか……アデライドは。最後に。ちゃんと——自分を。取り戻せた、のだな」
闇に、蝕まれて。変わり果てた姿が。王様の見た——最後の、妻、だった。それが。最期に。本当の——彼女に、戻れた。
「……よかった。リリア殿と、一緒に。逝けたのなら——本当に、よかった」
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長く、苦しい——夜の、終わり。
失った、ものは。戻らない。けれど。
最期に。本当の自分を——取り戻せた。それだけが。せめてもの——救いだった。
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そして。
私は——振り返る。
広間の、片隅。小さく、なった——闇の精霊王が。ぽつんと。佇んで、いた。
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『——緑』
その声は。もう、すっかり——穏やかで。
『楽しかったぞ。本当に……お前と、過ごした、この、わずかな時間が』
「……うん」
私は。そっと——尋ねた。
「ねえ。あなたの——答えは。見つかった?」
小さな闇が。ふっ、と——和らいだ、気配を。見せた。
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『さぁな。……でも』
小さな闇が。ゆらり、と——空の方へ。伸び上がる。
『清々しい、気分だ。こんな気持ちは——いつ以来か。思い出せない、くらいだ』
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空の方へ、伸びていた——その影が。
すっ、と。しぼんだ。
さっきまでの、晴れやかさが。ふいに——陰る。
ちいさな影が、何かをこらえるように——わずかに、震えた。
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『……俺は。また。してはいけないことを——してしまった』
その声に。後悔と——けじめの、響きが。
『だから——また。封印の、中で。ゆっくり。考えるよ。今度こそ。間違えない、ために』
それから。小さな闇は。ふるり、と——身を、もたげて。
『——なぁ、兄者?』
いたずらっぽい、気配で。隣の——光の精霊王へと、向き直る。
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光の精霊王は。
なんとも、言えない顔で。それでも——口元を、ほころばせて。
『……そうだな。弟よ』
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「——それなら」
私は。その、二人の会話に。突然——割って、入った。
兄弟が。きょとんと——して。こちらを、向く。
「私、この指輪を。これからも——着け続けるわ」
『……?!』
小さな闇が。びくっ、と——揺れる。
私は。にっ、と——笑って、みせた。
「だって——公演の、続き。気にならない?」
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「一緒に。いろんなものを——見て。一緒に。答えを——探していこうよ。あなたが、納得、いくまで。何度でも」
私の——言葉に。
小さな闇は。きょとんと、固まって。それから——堪えきれない、みたいに。ふるふると、揺れた。
つられて。光の精霊王まで。肩を——揺らす。
二人の、精霊王の。あたたかな、笑い声が。明けていく広間に——ふわりと、響いた。
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『……まったく。お前は』
憑き物の、落ちた——その、晴れやかな、声で。
『お前が、演じる——いや』
彼は。言い、直す。
『お前が、作る。物語は——面白い。……続きを。見させて、くれ』
「……うん。約束」
私は。精一杯——笑って、みせた。
本当は、少しだけ——寂しい。たった、これだけの時間だったのに。この、不器用で優しい闇のことが。私は——もう。嫌いに、なれそうもなかった。
でも。これは、別れじゃない。指輪がある限り、何度だって——会える。だから。
「……いってらっしゃい。ゆっくり、休んでね」
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すっと。
私の、隣に。光の精霊王が——歩み寄った。
『——緑』
時計塔から。ずっと、私を——導いて、くれていた。あの、声。
『礼を、言う。お前が、いなければ。私は——永遠に。弟を、取り戻せなかった』
「……ううん」
私は。首を、横に——振る。
「私こそ。あなたに——何度も、助けられました。それに——」
ちらり、と。小さな闇を——見る。
「その子に、会わせて、くれて。……ありがとう」
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『お前は。本当に——不思議な、娘だ』
光の精霊王が。やわらかく——目を、細める。
『力で、ねじ伏せるのでは、なく。心を——解きほぐす。お前のような精霊士は、きっと——二人と、いない』
それから。彼は、小さな弟を——そっと。両手で、包み込んだ。
『……ゆっくり、おやすみ。次に、目を覚ますときは。きっと、もう——何も。恐れなくて、いい』
『ああ。……兄者。ありがとう』
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光の精霊王が。その手を——そっと、開く。
すると。腕の中の小さな闇が、淡い光の粒に——ほどけて、いく。
最後に。その光が、私に向かって。ひらり、と——たゆたうように、揺れた。
『——またな、緑。次は。お前の、舞台の。いちばん、いい席で。待って、いるぞ』
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その、瞬間。
その光が。すうっと——私の、指輪へと。吸い込まれて、いった。
ことり。
指輪が、あたたかく——一度だけ。ぽぅっ、と灯って。それから、また——静かに。元の、輝きに戻る。
ちゃんと。ここに——いる。すぐ、そばに。
また、いつか。
その日まで——おやすみ。
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見上げた、空は。いつのまにか。あの、おぞましい闇が——晴れて。
白み、はじめた——東の空に。柔らかな、朝の光が。差し込んで、いた。
……終わった。
本当に。長い、長い——夜が。今、明けたのだ。




