絶望という名の、舞台
『さあ。どうする? 救いたければ——かかってこい』
闇の精霊王は、玉座にふんぞり返って。にたにたと——嗤っている。心の底から、この状況を愉しむように。
そして。
操られた人たちが、ぎこちなく動き出した。
コンラート様が。ローザ様が。ユリウスの、ご両親が。令嬢たちが。街の、人たちが。みんな——にたにた、にたにたと。不気味な笑みを貼りつけたまま、私たちへと——向かってくる。
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「——っ、くそ……!」
ユリウスが。歯を、食いしばる。
迫りくる人たちを、傷つけるわけには——いかない。だって——みんな、操られているだけ。本当は——助けるべき、人たちだ。
だから。私たちは、攻撃をよけ。受け、流し。なんとか——拘束しようと。それだけで——精一杯、だった。
フレデリカお姉様が、光で結界を張る。けれど——次から次へと押し寄せる人たちに。じりじりと——追い詰められていく。
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大切な人たちが、みんな——闇の人質に。
救いたければ倒せ。でも、倒せば——人質も消える。傷つけることすら、できない。
そんなの。どうすれば——。
目の前が。真っ暗に——なりかけた、そのとき。
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『——緑。落ち着け』
胸の奥から、静かな声が響いた。精霊王。私にだけ聞こえる——その声は。不思議なほど、凪いでいた。
『よく、聞け。あの者は——ああ言っているが。まだ、完全には——元の力を、取り戻していない』
(……え?)
『あれほどの闇を、広げてなお。完全体には——ほど遠い。なぜだか——わかるか』
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(……どうして?)
『お前だ、緑』
精霊王の、声が。やさしく——告げる。
『お前が、これまで。街で、小さな闇を鎮めてきた。苦しむ人に、手を差し伸べてきた。その一つひとつが——あの者が、蓄えるはずだった闇の力を。少しずつ、削っていたのだ』
(……っ、そんな)
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そんな。私は——ただ。
目の前で、困っている人を。苦しんでいる人を、放っておけなかっただけ。何か大きなことを——しようなんて。これっぽっちも、思っていなかった。
『気づいて、いなかっただろう。当然だ。お前は——ただ、目の前の人を。助けていただけ、なのだから』
(……うん)
『だが——その、小さな積み重ねが。今。世界を——救う、力に、なっている』
胸が。じん、と——熱くなる。
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『よいか、緑。ここからは——賭けだ』
精霊王の、声が。引き締まる。
『絶望した——ふりを、しろ。心を折られたように、うなだれてみせろ。そうすれば、あの者は——必ず。お前を、取り込もうとしてくる』
(……わたしを?)
『お前は——異界から来た、魂。この世界の、理の——外にある、存在だ。そんなお前を取り込めば、あの者は——理を超えて。一気に、完全な力を——得られる。喉から手が出るほど、欲しいはずだ』
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『取り込もうとするとき、あの者は——必ず。己の核を、お前に——近づける。直接、呑み込むために。……そこが、狙いだ』
『指輪の力で、その核に——入り込め。そして——お前の、鎮める力で。奴の、内側から——』
(……内側から、鎮める)
できる、だろうか。いや——やるしかない。これが、みんなを——人質ごと、救う。たった一つの——道なら。
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私は、握っていた指輪から。ふっと、力を抜いた。
がくっ、と。
糸が切れた人形みたいに、膝から——崩れ落ちる。両手を、床について。がっくりと——項垂れた。
肩を、小さく震わせる。
「……もう……むり。もう……何も、できない……」
掠れた声で、ぽつり、ぽつりと——こぼす。
じわ、と。本物の涙まで滲ませて、瞳から。ひとしずく、床へと——落とす。
心をへし折られた——哀れな少女。何もかもを諦めた——絶望の淵。そういう「役」に、私は——なりきる。
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「——緑!?」
ユリウスが、血相を変えて——叫んだ。
「みどり……っ、しっかりして!」
ピピも、悲鳴のような声を上げる。
(……ごめん。みんな。心配、かけて)
心の中で、そっと謝る。
でも。今は——これでいい。みんなが本気で心配するほど、私の演技は——真に、迫っている。だったら——きっと。あいつも。
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(……騙されて、くれる)
演劇部で鍛えた——とびきりの、演技。「絶望」という名の——舞台。私は、その主役を。完璧に——演じきる。
(……来て。わたしを、狙って)
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『……くくっ。そうだ。それで、いい』
闇の精霊王が、嗤った。獲物を見つけた、ように。
『異界の、魂よ。お前を喰らえば、我は——完全となる。さあ——我が、もとへ』
ずるり、と。
玉座の、闇の奥から。どろりとした闇の塊が、せり出してくる。脈打つように蠢く——あれが、奴の核。
ぐぐっ、と。私の方へ伸びてくる。呑み込もうと——。
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(……今だ!)
その、瞬間。
私は、隠していた指輪を——かざした。
「——っ、はぁあ!!」
指輪が、まばゆく光る。私を呑もうとした、闇の中心。脈打つ核の、さらに——奥に。
ぽっかりと、黒く渦巻く。穴のような——一点が、見えた。
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(あそこだ……!)
指輪の力を、その一点へと——叩き込む。
ずぶり、と。光が、闇の核を貫いて。穴へと、流れ込んでいく。
その流れに、私自身も引き込まれる。
「——っ、ぅわ……!?」
「——みどり!?」
「緑——っ!!」
『みどりーーー!!!』
ユリウスが、フレデリカお姉様が。ピピが、フェンが、シルヴィアが。みんなが——叫んでいる。私が、闇に呑まれていくのを、見て。
でも——大丈夫。これは、私が選んだ道だから。
(……行ってくる。みんな)
ぐにゃり、と。世界が歪む。視界が、闇に巻き取られていく。渦に呑まれて、深く。深く——闇の、奥底へ。
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——そして。
ふっ。
すべての、音が。消えた。
あれほど荒れ狂っていた闇も、轟音も。何もかも、嘘のように——静まり返っている。
しん、と。
どこまでも——深い。暗闇。
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(……ここは)
真っ暗で、何も見えない。けれど——不思議と、怖くはなかった。
その、ときだった。
……ふぇ。
……ふぇ、ぇ……。
聞こえた。
小さな、小さな——泣き声。
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(……泣いてる?)
誰かが、この暗闇の奥で。泣いて、いる。
私は、声のする方へ——歩き出す。一歩、一歩。深い闇を——進んでいく。
やがて。
暗闇の、奥に。それは——いた。
ちいさくまるまって、ひとりぼっちで泣いている——生まれたばかりのような。小さな、小さな——闇が。




