希望と、絶望
深い、深い——闇が。すべてを。呑み込もうと、していた。
もう。だめ、なのか。
その、ときだった。
『——させ、ない!』
凛と、響く——声。シルヴィアだった。
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シルヴィアの身体が、まばゆく光る。
その光が、私を押し潰そうとしていた重力を。闇を——弾き、飛ばした。ぱぁん、と。風穴が、開く。
「……っ、動ける!」
縛めが緩んだ、その隙に。ユリウスが——地を、蹴った。
『おぼっちゃん、こっちだ! 合わせろ!』
「——ああ!」
フェンが、さらに強い風を。ユリウスの剣に束ねる。二人で、襲いくる闇を——斬り、薙いでいく。
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でも。
みんな、必死に戦っているのに。私は、借りた力を振り絞るので——精一杯。ピピも。
『どう、しよう……っ。僕、も。何か……何か、しないと……!』
あたふたと、小さな身体で。おろおろ、している。
その、ときだった。
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『——ピピよ』
静かな、声が。響いた。時計塔の——精霊王。
『そろそろ——思い出す、ときだ。お前の——本当の、姿を』
『……っ、本当の、姿?』
『思い出せ。お前が——何者で、あったかを。なぜ、あの娘の、そばに——いるのかを』
時計塔の方角から、一筋の——眩い光が。ピピの小さな身体に、流れ込んでいく。
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ピピの身体が、まばゆく光りはじめた。
光が。膨れ上がり。弾ける。
そこに、いたのは。もう——あの、小さな、水の精霊では、なかった。
すらりと伸びた背。流れる水のような、透き通った長い髪。深い湖の色をたたえた瞳。神々しいほどに美しい——水の、化身。
(……ピピ。これが、あなたの——本当の)
『……うん。思い出した。みどり。僕——あなたを、守るよ』
その声は。あどけなさを、残しながらも。凛と——澄んでいた。
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『……っ、な——!?』
その姿を見た、瞬間。
あれほど余裕に満ちていた——闇の精霊王が。初めて、動揺の声を——漏らした。
『……水の、上級精霊。なぜ、貴様が——こんなところに。その姿……まさか。兄者の——眷属、か』
明らかに、動じている。ピピの本当の姿に——何か、心当たりが。あるように。
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『さあ——いくよ』
ピピが。すっと——手を、かざす。
とたん。広間に、清らかな水が——あふれ出した。それは。さっきまでの、ちょろちょろした水とは——比べものにならない。とうとうと、大河のように。うねり、渦巻き、襲いくる闇を——根こそぎ、押し流していく。
さっきまで私たちを苛んでいた、闇の勢いが。みるみる——削がれていく。
「——今だ! みんな!」
私の、声に。みんなが——応える。
ピピの水が、闇を押し流し。フレデリカお姉様の光が、それを灼く。ユリウスとフェンが、風の刃で——斬り込む。シルヴィアの光も、私の借りた力も。すべてを、束ねて。
闇の精霊王へと。叩きつける。
『——ぐ、ぅっ……!?』
初めて、闇の精霊王が。明確に——たじろいだ。その身体が、みしり、と軋んで。わずかに——後ろへ、よろめく。
(……効いてる!)
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光が、闇を——押し返していく。あの、絶望的だった闇が。少しずつ。少しずつ——後退していく。
「このまま——!」
希望が、胸に灯る。みんなで力を合わせれば、きっと——届く。この、闇さえ。
その、とき。
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『……ふ』
闇の精霊王が。笑った。
『ふ、ふ……ふは、はははっ……!』
突然の哄笑。攻撃の手を、緩めてもいないのに。さも愉快そうに、心の底から——おかしそうに。
(……っ、なに?)
ぞわり、と。嫌な——予感が、する。
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『健気だな。実に——健気だ。そうやって、素直に力を合わせて。懸命に、戦おうとする。……人間とは。実に、いい』
闇の精霊王の、声が。愉悦に——濡れている。
『だが——知っているか? 希望とは、大きく膨らむほど。打ち砕かれたときの——絶望もまた。深くなる、ものだ』
「……何を、言って——」
『ほら——ご覧。希望が。絶望へと——早変わりだ』
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ずるり。
玉座の、後ろ。深い闇の、奥から。
何かが。ゆらり、ゆらりと揺れながら、姿を現した。
人影。それも、一つ、二つ、では、ない。いくつも。いくつも——。
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先頭に、いたのは。
(……っ、あれは)
見覚えの、ある——男性。シルヴィアの父、グリュンヴァルト家の当主——コンラート様。
でも。その目は——虚ろで。肌は、土気色に。全身から、黒い靄を纏わせて。ゆらり、と——意思を失ったように。揺れている。
『……お、父、さま……?』
シルヴィアの、声が。凍りついた。
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コンラート様だけじゃ、ない。
その隣には——フレデリカお姉様の母、ローザ様。さらに——その後ろには。気品のある、壮年の男女。
(あれは……ユリウスの、ご両親)
「——っ、父上!? 母上!!」
ユリウスが。声を、上げる。
その後ろにも、見覚えのある顔が。お茶会の、ヘルミーネ様。アンネリーゼ様。それに——街で見かけた人たち。何人も。何十人も。
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みんな、虚ろな目で。黒い靄を纏って、ゆらゆらと——揺れている。
闇に。侵食され——操られて。
『この者たちは。もう——我が、ものだ。さあ——どうする? 救いたければ、我を倒してみよ。だが——倒せば。この者たちも、ともに——闇に、消える』
(……そんな)
大切な人たちが、みんな——闇の、人質に。
希望は。一瞬で——もっと深い、絶望へと。塗り替えられて、しまった。




