不器用な、優しさ
王様の、もやもや。王妃の、脅し。暗号のこと。
考えることが、多すぎて。少し、疲れていたのかもしれない。
その日、私は。屋敷の中庭で、ぼんやりとベンチに座っていた。春の、柔らかな日差し。手入れの行き届いた花壇。穏やかな、時間。
なのに。
『……みどり。だいじょうぶ?』
「ん? ……うん。ちょっと、考え事」
『最近、難しい顔、ばっかりだもん。僕、心配だよ』
(……ピピにまで、心配かけてるな)
苦笑して。私が、深呼吸を、したとき。
「……こんなところで。ぼうっとして。何を、しているの」
ツンとした、声が、降ってきた。
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顔を上げると。蜂蜜色の髪のフレデリカが、腕を組んで立っていた。相変わらず、絵に描いたようなお嬢様の佇まい。そして、絵に描いたような不機嫌そうな表情。
「フレデリカお姉様」
「ご機嫌よう、じゃないわ。……あなた、また、顔色が、悪いじゃない」
(……あ。また、それ)
フレデリカは。なぜか、いつも。私の、顔色を、気にする。会うたび、ほとんど、必ず。「顔色が悪い」と。
「だいじょうぶです。少し、考え事をしていただけで」
「考え事? ……ふん。あなた、倒れて記憶まで失くしたくせに。無理ばかりして。また、ぱたりと倒れても、知らないわよ」
ぴしゃり、と。突き放すような、口調。なのに。
(……これって)
言葉は、冷たい。でも。その、中身は。完全に——私の身を、案じている。
「……ご心配、ありがとうございます」
「っ。だ、誰が、心配なんて」
フレデリカの、頬が。かすかに、赤く、なった。
「べ、別に。あなたが、また倒れたら。屋敷の中が、ばたばたして。わたくしが、迷惑するから。それだけよ」
(……ふふ)
この人。本当に。分かりやすい。
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フレデリカは。つん、と。そっぽを向いたまま。でも、なぜか。立ち去ろうとは、しない。
しばらく、迷うように。それから——意を決したように、口を、開いた。
「……ねえ。一つ、聞くけれど」
「はい?」
「あなた。本当に……だいじょうぶ、なの?」
(……え?)
その声が。さっきまでの、ツンとした調子とは。少し、違った。もっと——慎重で。どこか、探るような。
「……顔色のことだけじゃ、ないの。なんて言えば、いいのかしら。あなたから……時々。何か、こう。ぞわっとするものを、感じることが、あって」
(……っ)
心臓が。とくん、と、鳴った。
ぞわっと、するもの。それは——もしかして。私の中に、ある。シルヴィアの、抱えていた、何か。あの、「同じ運命」。
(……この人。何か、感じてる……?)
「……わたくし。子供の頃から。時々、そういうのが、わかるの。人がまとっている……良くないものとか。そういう、気配みたいなものが。お母様の生まれた国では、そういう力が珍しくない、というから。その血かしら」
(……隣国の、力)
フレデリカは。ローザ義母様と同じ、隣国の出だ。この国の精霊士とは、また違う何か。そういう力が、フレデリカにもあるのかもしれない。
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「……あなたからは。前から。なんだか、薄暗い……影みたいなものが。ちらちら、見えていたの。記憶を、失くす、ずっと前から」
(……ずっと、前から)
シルヴィアの、頃から。フレデリカは——感じていた。シルヴィアが、隠していた、あの、運命の影を。
「だから……その。気になって。何度か。様子を、見に、行ったり……したのだけど」
フレデリカの、声が。少し、ばつが悪そうに、なる。
「あの子……前のあなたは。なぜか、わたくしを避けて。……まあ。嫌われていたの、でしょうね。近づこうとすると、いつも、するりと逃げられて」
(……違う)
胸が、きゅっと、なった。
違うんだ、フレデリカ。シルヴィアは、あなたを嫌っていたんじゃない。きっと、あなたに心配をかけたくなかった。自分の抱えた、暗いものを。優しいあなたに気取られたくなくて、避けたんだ。
(……二人とも。不器用で。優しすぎる)
すれ違った、二人の、想いが。今——私の中で。やっと、繋がった、気がした。
「でも……記憶を失くしてから。あなた、少し変わったわ。前より……その影が。薄くなった気がするの。気のせい、かしら」
(……影が、薄くなった)
それは——もしかしたら。私が、この身体に、入って。少しずつ——シルヴィアの抱えていたものを。分かち合っているから、なのかもしれない。理由は——わからない。でも。フレデリカには。それが——視えるのだ。
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「……だから、その。何が、言いたいかというとね」
フレデリカは。ふい、と。目を、逸らしたまま。早口で、言った。
「もし。何か……一人で、抱えきれないことが、あるなら。…………言いなさい。べ、別に。聞いてあげても、いいわよ。姉、ですもの。それくらい」
(……フレデリカ)
その、不器用な、優しさに。胸が——熱く、なった。
嫌味な、継姉。ずっと——そう、思っていた。でも。違った。この人は——ずっと。シルヴィアのことを。そして今は、私のことを。彼女なりのやり方で。心配して、くれていたのだ。
「……ありがとう、ございます。フレデリカお姉様」
「っ。だ、だから。お礼なんて、いいのよ。気持ち悪い」
そう言って。フレデリカは。つん、と、踵を返す。でも——その、足は。なぜか、すぐには、動かなかった。
「……あのね」
背を向けたまま。フレデリカが、ぽつり、と。
「……無理は。しないこと。いいわね」
それだけ言うと。今度こそ。足早に——去って、いった。
蜂蜜色の髪を、揺らして。少し、赤くなった、耳を——隠すように。
(……ふふ)
私は。その背中を、見送りながら。思わず、笑って、しまった。
なんて——不器用で。なんて——優しい人、だろう。
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『……みどり』
肩の上で。ピピが、ぽつり、と。
『あの人。怖いと思ってたけど。……いい人、だね』
「うん。……ほんとに、ね」
私は——頷いた。
フレデリカ。彼女には、何か。私たち精霊士とは違う、確かな「視る」力がある。そしてその力で、彼女はずっと。私の中の影を、見つめていた。
(……心強い、味方が。また一人)
まだ——全部を、打ち明けられはしない。わたしの正体も。この身体が、抱えているものも。暗号のことも。今は、まだ。
でも。いつか。この人にも。きちんと——話せる日が、来るかもしれない。
そう思うと。なんだか——心が、少しだけ。軽く、なった。
春の日差しが。中庭を、優しく照らしている。
その光の中で。去っていった、不器用な姉の背中を、思い浮かべる。
ツンツンして。素直じゃなくて。でも、本当は誰より、優しい。
(……なんだか)
ふいに。胸の奥が、きゅっと、なった。
あの子に。似ている。
元の世界に置いてきた、二つ下の妹。「お姉ちゃんなんて」と、いつも生意気ばかり言って。つっかかってきて。でも、わたしが落ち込んでいると。こっそり机に、お菓子を置いていくような。そんな、可愛い妹。
(……元気にしてるかな)
もう会えないかもしれない、妹。その面影が、フレデリカの不器用な優しさに、ふと重なって。
懐かしさと。寂しさと。それから——少しの、温かさが。胸の中で、混ざり合う。
(……不思議だな)
遠い、別の世界で。よく似た、誰かに。出会えるなんて。
会えない妹の代わりには、ならない。それでも、この不器用で優しい姉が、そばにいてくれること。それは、きっと私にとって。小さな、救いだった。
私はもう一度、去っていったフレデリカの背中を、思い浮かべて。
そっと、微笑んだ。




