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急に地球が滅びないかな、と異世界で私は呟いた 〜気絶のフリで乗り切るはずが、私を召喚した令嬢に転生を待たれていた件〜  作者: めるしー


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元気が、いちばん

 隠れ家を見つけて、数日。


 その日は、朝から、医者の往診が、予定されていた。


「お嬢様、本日は、お医者様が、いらっしゃいます。倒れられて以来の、診察ですね。……ご気分は、いかがですか?」


 エマが、心配そうに、尋ねる。


「うん。……すごく、いいよ。むしろ、最近、調子がいいくらい」


 答えながら、自分でも、そう思った。


 この世界に来た、最初の頃。シルヴィアの身体は、すぐに疲れた。少し動くと、息が切れて。集中すると、頭が痛んだ。弱い身体なんだな、と、ずっと感じていた。


 でも——ここ数日。明らかに、身体が、軽い。階段を上っても、息が切れない。長く考え事をしても、頭が、痛まない。


(……元気に、なってきてる)


 理由は、わからない。でも、悪いことじゃ、ない。むしろ、ありがたい。この世界で生き延びるには——健康な身体は、何より心強い。


-----


「失礼いたします」


 往診に来たのは、初老の、医者だった。


(……あ。この人)


 見覚えが、あった。というより——忘れられない。


 この世界に来て、いちばん最初。トイレで目覚めて、運ばれて。わけもわからず横たわっていた、あのとき。私を診察したのが——この医者だった。


 あのときは、必死だった。記憶も知識も、何もないまま。下手に喋れば、ボロが出る。そう思って、ひたすら気絶したふりをして。診察を、なんとかやり過ごした。今思えば——あの「温かい力」に助けられた部分も、大きかった。


 あれから、ずいぶん、経った気がする。実際は、ほんの、数週間なのに。


「シルヴィア様。その後、お加減は、いかがですかな」


「ええ。おかげさまで。……ずいぶん、楽になりました」


 今度は、落ち着いて受け答えができた。あのときみたいに、誤魔化す必要も、ない。それだけ、私が、この世界に——この身体に馴染んできた、ということ、なのかもしれない。


 医者は、丁寧に診察を進めていった。脈を診て。顔色を見て。いくつか、質問をして。


 そして——診察を終えると。


 彼は、少し、意外そうに、目を、見開いた。


「これは……驚きました」


「……何か?」


「いえ。正直に申し上げますと。倒れられたと伺ったときは……失礼ながら、もっとお悪いのでは、と案じておりました。お身体が、もともと、あまりお丈夫なほうでは、ありませんでしたから」


(……もともと、丈夫じゃ、なかった)


「ですが——今は。脈も、しっかりしておられる。顔色も、いい。むしろ、以前お見受けしたときより——ずっと、お元気になられている」


 医者は、感心したように、頷いた。


「療養が、功を奏したのでしょうな。この調子で、ご無理をなさらなければ。きっと、これまでよりも、ずっと健やかに、お過ごしになれますよ」


(……良くなってる)


 医者の、お墨付き。それは、素直に、嬉しかった。


「ありがとうございます。……安心しました」


 私が、礼を言うと。医者は、にこやかに、頷いて、帰り支度を、始めた。


 エマも、隣で、ほっと、胸を、撫で下ろしている。


「よかったです、お嬢様……! わたし、ずっと、心配で。お元気に、なられて、本当に……」


 今にも泣きそうな、エマ。相変わらず、主人想いだ。私は、苦笑しながら、その気持ちを、ありがたく受け取った。


-----


 医者が、帰り。エマも、お茶の支度に、下がって。


 一人に、なった部屋で。私は、ふと、考え込んだ。


(……良くなってる、か)


 嬉しい。それは、本当だ。


 でも——一つだけ。引っかかることが、あった。


 医者は、言った。「もともと、丈夫なほうではなかった」と。それは、エマの話とも合う。シルヴィアは、よく体調を崩していた、と。


 そして——あの、鏡の夢で。シルヴィアは、確かに、言っていた。


 ——時間がない、と。


(……時間が、ない)


 あのときは、深刻な響きだった。まるで——もう、長くはない、とでもいうような。


 なのに。


 今、私の身体は——元気に、なってきている。「もっと悪いのでは」と案じていた医者が、驚くほどに。


(……どういう、こと?)


 シルヴィアの身体は、本当は、よほど、悪かったんじゃ、ないのか。「時間がない」と、口にするほどに。


 なのに、私の魂が、この身体に、入って。馴染んで——それから、回復している。


(……まさか)


 考えかけて。私は、頭を、振った。


(……いや。考えすぎ、かな)


 わからない。医学のことなんて、私にはさっぱりだ。療養で良くなった、という医者の言葉を、素直に信じればいい。元気になったのは、いいことだ。それを、わざわざ難しく考える必要は、ない。


 でも——心の隅に。小さな、引っかかりが、残った。


 シルヴィアの「時間がない」と。私が来てからの、回復と。その二つが——どこかで、繋がっているような。そんな、気が、して。


『みどりー? なに、難しい顔してるの?』


 いつのまにか、ピピが、目の前で、ぷかぷか、浮いていた。


「……ううん。なんでもない」


 私は、微笑んで、首を振った。


 今は、答えの出ないことを考えても、仕方ない。元気になったのなら、それでいい。やるべきことは、ほかに、山ほどあるんだから。


(……暗号に、手鏡に、シルヴィアの過去。それに——元気になった、この身体)


 謎は、増える、ばかりだ。


 でも、私は——前より、ずっと、健康な身体で。それらに、立ち向かえる。


(……ま、元気が、いちばん、だよね)


 私は、軽く、伸びを、して。


 ほんの少し、引っかかりを、胸の隅に、残したまま。それでも、前を向いて、立ち上がった。

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