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急に地球が滅びないかな、と異世界で私は呟いた 〜気絶のフリで乗り切るはずが、私を召喚した令嬢に転生を待たれていた件〜  作者: めるしー


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逆さまの本

 夜会の、翌日。


 さすがに、疲れが抜けなかった。昼近くまで眠って、ようやく起き出したものの、身体は、まだ重い。この弱い身体には、昨夜の夜会は、よほど堪えたらしい。


 それでも、私には、一つ、やっておきたいことがあった。


(……フレデリカに、お礼を言っておこう)


 昨夜、イザベラに絡まれたとき。フレデリカが、隣に来てくれた。本人は「家の恥になるから」と言っていたし、たぶん、それが本音なんだろう。でも、結果として、私は、助けられた。


 理由はどうあれ、助けられたなら、礼を言う。それが、筋だ。元の世界の母に、そう躾けられた。


 エマに聞くと、フレデリカは、中庭にいるという。


 私は、まだ重い身体を引きずって、中庭へ向かった。


-----


 中庭では、フレデリカが、一人、ベンチに腰掛けて、本を読んでいた。


 蜂蜜色の髪が、昼の光に、透けている。つんと澄ました横顔は、こうして見ると、ただの——年頃の、綺麗な令嬢だった。


「あの……フレデリカ、お姉様」


 声をかけると、フレデリカは、びくっと肩を震わせ、勢いよく本を閉じた。


「な……なに。気配もなく、近づかないでくださる?」


「ごめんなさい。その……昨日のお礼を言いたくて」


「お礼?」


 フレデリカの眉が、ぴくりと、動いた。


「昨夜、イザベラ王女殿下に絡まれたとき。フレデリカお姉様が、間に入って、くださったでしょう。おかげで、助かりました。……ありがとうございます」


 私が頭を下げると、フレデリカは、一瞬、言葉に詰まったように見えた。


 それから、ふいと、顔を背ける。


「……勘違いしないでくださる。あなたを、助けたわけじゃ、ないわ。グリュンヴァルト家の名に、傷がつくのが、嫌だっただけ。妹が、王女に無様に絡まれていたら……家の、恥になるでしょう」


「はい。それでも、結果として、助けていただいたので」


「…………」


 フレデリカは、何か言いかけて、結局、口を、つぐんだ。なんとも、居心地が悪そうに、視線を、あちこちに泳がせている。


(……あれ?)


 ふと、引っかかった。


 てっきり、「礼なんていらない」と、もっと、ぴしゃりと、撥ねつけられると思っていた。なのに、フレデリカは、なぜか、気まずそうに、黙り込んでいる。怒っている、というより——どう反応していいか、わからない、みたいに。


(……変なの)


「……それより」


 フレデリカが、唐突に、口を開いた。私の顔を、見ないまま。


「あなた、まだ、顔色が悪いじゃない。昨夜、あんなに無理をして」


「え」


「……だから、その。今日くらい、おとなしく、休んでいなさい。こんなところまで、ふらふら出てきて。また倒れたら、どうするの。……まったく、世話の焼ける」


(……あれ?)


 また、引っかかった。


 今のは——どう聞いても、私の体調を、心配している。「世話が焼ける」と、嫌味めかしてはいるけれど。わざわざ、私の顔色に気づいて。休めと、言ってくる。


(嫌味……なんだよね?)


 でも、その「嫌味」は、なんだか、ちぐはぐだった。言葉の棘と、その中身が、噛み合っていない。棘で、何かを、隠そうとしているような。


 いや。


(……考えすぎ、かな)


 私は、すぐに、その引っかかりを、打ち消した。


 昨日、ユリウスに会ったばかりだ。「読めない人」と、立て続けに向き合って、私の勘が、過敏になっているのかもしれない。フレデリカは、ただの、口うるさい継姉。きっと、家の体面が気になって、ついでに、病人がうろうろしているのが、目障りなだけ。そう考えるのが、自然だ。


「……はい。ご心配——いえ、お気遣い、ありがとうございます。すぐ、戻ります」


 私が、そう言うと。


 フレデリカは、また、ぴくっと、肩を揺らした。そして、ますます、顔を背ける。


「べ、別に、心配なんて、してないわ。早く、お戻りなさい」


 そう言って、彼女は、ぱっと本を開き、私を、追い払うように、手を振った。


 ……けれど。


 その本が、上下、逆さまだったことに。フレデリカは、気づいていない、ようだった。


(……えっと)


 逆さまの本を、必死に読むふりをしている、継姉。


 私は、なんだか、おかしくなって——でも、それを、顔に出すのは、失礼な気がして。ぐっと、こらえた。


(……まあ、悪い人では、ないのかも)


 ふと、そう、思った。


 嫌味は、きつい。とっつきにくい。でも——本気で、誰かを、貶めようとする悪意は、感じない。イザベラの、あの、ぞっとするような酷薄さとは、まるで、違う。


 なんというか——不器用、なだけ、なのかもしれない。


(……いや。それも、考えすぎか)


 わからない。まだ、この継姉のことは、よくわからない。


 でも、一つだけ。さっきまでの「警戒」が、ほんの少しだけ、ゆるんだのは、確かだった。


「……では、失礼します。フレデリカお姉様」


 私は、もう一度、頭を下げて、中庭を後にした。


 背中に、フレデリカの視線を、感じた気がした。


 でも、振り返ったら、きっと、また、つんとされるだけだろう。だから、振り返らなかった。


-----


 部屋に戻ると、エマが、待っていた。


「お嬢様、お戻りですか。あの、フレデリカお嬢様のところへ、行かれたと聞いて……大丈夫でしたか? その、いつも、きついことを、おっしゃるので……」


 エマは、心配そうだ。フレデリカの嫌味は、使用人たちの間でも、有名らしい。


「うん。……まあ、相変わらず、だったけど」


 私は、苦笑した。


 逆さまの本を思い出して、もう一度、笑いそうになる。


「でも……思ってたより悪い人じゃないのかも」


「……え?」


 エマが、きょとんとした。


「お嬢様が、そんなふうに、おっしゃるなんて。珍しい、ですね。……前のお嬢様は、フレデリカお嬢様のこと、少し苦手にしていらしたから」


(……シルヴィアは、苦手だったのか)


 それは、そうかもしれない。あれだけ、きつく当たられたら。本当の意味で、心を許すのは難しいだろう。


 でも——もし。


 もし、シルヴィアも、あの「逆さまの本」を見ていたら。少しは、印象が、変わっていたかもしれないな、なんて。


(……まあ、それもわからないけど)


 私は、ベッドに、腰を下ろした。


 フレデリカ。継姉。きつくて、とっつきにくくて——でも、もしかしたら、少しだけ、不器用なだけの人。


 この屋敷には、まだ、私の知らない顔がたくさん隠れている。


 一つずつ。焦らず、見極めていこう。


 そう思いながら、私は、エマの淹れてくれた、温かいお茶に、口をつけた。


 昨夜の夜会が、ずいぶん、遠い昔のことのように、感じられた。

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