第二部43話目・逆らうべきではない御方からの要請
「ええ、はい、もう是非ともギャックボのボケナスどもにお灸を据えていただければこちらとしても非常に助かりますし、もちろん研究室の方々に発生した被害については全額こちらで弁済することを確約いたしますので……!!」
と、冷や汗ダラダラで引きつった笑顔を浮かべているは、赤龍宝山の看板役、管狐のフォッカスだ。
「ほう、経験が生きたな」
そしてフォッカスの背中を騎士剣の柄でゴツゴツと突いている金色の全身鎧姿の男は、顔は見えないがおそらく、最硬の騎士ブロトーンさんではないだろうか。
堕天組攻略班のエースにして、傷物聖女様の絶対的守護者。
聖奉天教会に所属する数多の神殿騎士たちの中でも5本の指に入る本物の実力者だ。
「そ、そ、そういうわけですので、どうか、どうかこの場は平に、平にご容赦いただければと思います……!!」
指紋が全部擦り消えてしまいそうな勢いで揉み手をするフォッカス。
本来ならこの男、やり手の商人か熟練の詐欺師かといった風情の男であり、街や国の役人、探索者協会の幹部とも互角にやり合える知識と弁舌の持ち主だ。
金勘定の早さと貪欲さ、なによりも危機管理能力の高さによってパーティーやクランを安定させ、大きくさせてきた男であり、
性格や人格のクソさに目をつぶれば、非常に優秀で仕事のできる人物である、と俺は思っている。
そんなフォッカスに、傷物聖女様がニコリと応じた。
「皆さん、今のお言葉、聞こえましたか?」
老齢の執事が答える。
「聞こえませんなぁ。何か仰いましたか?」
ブロトーンさんも、ガチャリと鎧を鳴らして剣の柄に手をかけた。
「俺の記憶には何もないな」
そして傷物聖女様が俺を見て「貴方はどうですか、セリウス・タキオン君」と問うので。
「……実害補填だけじゃなくて、迷惑料もいるだろ」
と、俺はあくまで一般論として答えた。
「そうですよね! というわけで、フォッカス君。貴方にチャンスを与えます」
「ひいっ……!?」
「パーティーの資産の2割、貴方個人の資産の7割、本犯である灼熱火山のメンバー全員の資産合計の12割を寄進するのです。そうすれば、この場は私の名に懸けて、手打ちにしてさしあげます」
「そ、そ、そんな大金、払えるわけが……!?」
フォッカスは一縷の望みに賭けるように、最強のパーメンであるスペードさんに目を向ける。
「そうなんですか、スペード君?」
「んあ? 払えるだど。オデがたくさん稼いできたからな」
が、撃沈。
バケツになみなみ入った紅茶をガブガブ飲みながら、フォッカスの希望を叩き潰す発言をしてしまった。
あーあ。
これはもう、フォッカスは終わりだな……。
「安心してください。研究室の方々や、周辺で受動被害を受けた方々への補償については、こちらで適正かつ必要十分以上にケアしておきますので。フォッカス君はただ、払うものだけ払っていただければ構いませんよ?」
「あ、あ、あ……!?」
「もちろん、無理だというのであれば断っていただいてもいいですよ? その場合は、私どももそれに応じた対応をするだけですので、ね?」
「ぐうぅっ……」
フォッカスは、あらゆる感情が抜け落ちたような表情を浮かべながら、膝から崩れ落ちた。
まぁ、気持ちは分かる。
そこいらの貴族様より遥かに権力を持った巨大宗教団体の、主要派閥の最高権力者の一人、傷物聖女様。
そんな彼女からの言葉は、役人や憲兵、裁判所からの宣告などよりも遥かに重い。
なにせ、聖奉天教会は神が見守るところ、つまり世界中のあらゆるところに信者が存在するからな。
傷物聖女様の言葉に逆らえば、すなわち教会全てを敵に回すことになり得るし、そうなれば、もはや陽の当たる場所にでることは一生できなくなる。
つまり、社会的に抹殺されるというわけだ。
しかも、場合によっては神殿騎士や背信者殲滅隊が来て物理的に抹殺される可能性もあるし、その場合は一族郎党に累が及ぶ可能性もある。
絶対に、敵に回してはいけない存在なのだ。
「それで、どうされますか?」
傷物聖女様からの言葉に、フォッカスは「はいぃ……」と頷くしかなかった。
そして、俺は俺で「マジでどうしてこんなことに……?」と思う。
なぜなら、こうして何もかも良いようにまとめたような雰囲気を出しているが、そもそも今回の件に堕天組は何の関係もないのだ。
研究室の連中も今まで堕天組と関わってこなかったと言っているし、今のやり取りを見るに、赤龍宝山の連中も一切繋がりがなさそうだ。
「うーむ……」
大前提の話として、堕天組の方々はダンジョン探索をしているが、それは聖奉天教会の教義が「神とは遍く地上を見守るもの」であり、それはイコールで「天」だからだ。
天から降り注ぐ全てのものは神から与えられたものであり、よって主要派閥として「快晴」派、「慈雨」派、「雷嵐」派、「淡雪」派、「隕石」派に分かれている。
そして、天の恵みを受けて育つもの(農作物とか)も神の恵みとして扱われているから、この国の国教である地母神教会とも折り合いがついている(実際には、信者間で色々イザコザはあるが、致命的なことにはなっていない)のだが、
その理論でいうとダンジョンは、突然地の底から湧き上がってきた邪悪な異物だ。
彼らの教義からすると、到底看過できない存在なのである。
なので、古来よりダンジョンが発生すると聖奉天教会の神殿騎士とか聖女とかが鬼気迫る勢いで乗り込んできて、ダンジョンを平定しようとする。
つまり、傷物聖女様たち堕天組がこの街に来てダンジョン探索をしているのは何もおかしな話ではないし、
その目的はダンジョンを完全攻略して平定すること、という意味で一貫している。
ただなぁ……。
聖奉天教会は、他の宗教団体と比べても教義の厳しさでは並ぶものがないと言われているし、信仰に熱心な、……ちょいとヤバいぐらい熱心な信者がたくさんいることでも有名な団体だ。
俺は宗教上でのポリシーは持ち合わせていないので、下手に交流して取り込まれたり反発したりすることにならないように、今まで堕天組の方々とは距離を置いてきた。
そんな俺でも、堕天組の方々が、世間一般で言われるような聖奉天教会員特有の苛烈さを持っているとは思えなかったし、
堕天組の方々がダンジョン探索にかける熱意も、それほど高くないように感じていた。
なんというか、ギラギラしていないというか。
街に来たばかりのスーパールーキーたちのほうが、よほどダンジョン攻略に熱心というか。
とにかく、虹ダンに潜れるようになるくらいにはちゃんと強いし、きちんと探索もしているのだろうが、……なんだか、本気じゃないように感じてしまう。
探索者協会とも深い付き合いはしていないようだしな。
だから、余計に意味が分からない。
どうしてこの人たちは、この話に首を突っ込んできたんだ?
どうしてこの人たちは、俺のことを待っていたんだ?
「……傷物聖女様」
「なんですか、セリウス・タキオン君」
「俺に、何をさせたいんですか?」
俺が問うと、傷物聖女様はニッコリと微笑んだ。
「決まっていますよ、セリウス・タキオン君。私たちの目的は1つしかありません。この街のダンジョンの完全攻略。すなわち、……虚空街アカシアの解体です」




