第二部42話目・案ずるより産むが易し
現役最高峰探索者の一人、暴れ竜のスペードさん。
彼のことを一言で現すなら、「物凄い馬鹿力の物凄いバカ」だ。
銅ダンラスボスの魔獣監獄長(牛頭で筋骨隆々のバケモノだ)にも引けを取らない人間離れした体躯(身長2.5メートル、体重300キロオーバーの巨漢)に、疲労と苦痛と恐怖をまるで意に介さない鋼鉄のような精神力。
そして、一桁同士の足し算すら覚束ない壊滅的な算数能力と、それを補って余りある超野生的な直感を持った、怪物的な強さの人だ。
本気で暴れるスペードさんを取り押さえようと思ったら、おそらく四闘神の皆さん全員でかからないと不可能であろうし、あの超人グッド=ジョーさんでも手こずると思われる。
それぐらいにはヤバい。
「虹ダン潜ってる連中はどいつもこいつもバケモノみたいな強さだが、言葉を選ばずに言えば、スペードさんが一番バケモノじみている」
なにせ、竜と形容されるほどの強さと体格だからな。
文字通りの意味で、人間離れしているといえる。
「そんな怪物的強さの人が、場合によったら敵対する可能性がある。それがどれほど恐ろしいことかってのは、お前らでも分かるだろ」
「それはまぁ、確かに」
「だから、まずは元締めの連中にきちんと話を通しておいて、余計な横槍が入らないようにしておく必要があるんだ」
そして赤龍宝山に話を通すというのは、要するにカネの話をするということだ。
カネかモノか情報か。
こちらからなんらかの利益を提示することで灼熱火山を失うことの損失に目をつぶってもらい、ゴミ掃除をしたあとにスペードさんによる報復を受けないようにする、ということだ。
カネの亡者のカスども相手に下手に出るのはシャクだが、そうしないと話がまとまらないから、そうする。
この分の損失と怒りも全部乗せて、灼熱火山のギャックボたちは徹底的にボコボコにしてやろうと思う。
ツバサがうんうんと頷いた。
「強くて怖い人と仲良くしておくっていうのはタッキーのいつものやり方だもんね!」
「まぁ、タキ兄ぃの場合は徹底しすぎてて小物臭がするのがたまにキズだよなー」
「強い者には媚びて弱い者にはエラそうにすル。ター師父の姑息な立ち回りヨ」
「おい、ここぞとばかりに調子に乗ってんじゃねーぞ」
お前ら、あとで覚えてろよ??
今が急を要する状況じゃなかったら引っ叩いてるところだからな??
「しかしセリー様。ならず者相手に下手に出るのは得策ではないのでは? 弱みを見せると付け込まれますが」
「もちろんそれはそうだ。もっと時間に余裕があれば、相手の弱体化工作とかもやってから話し合いに行くんだがなぁ」
カネで裏切らせて黒い噂を集め、証拠とともに叩きつけてやったりとか。
今回の話をもっと街中に大々的にキャンペーンして、社会的に窮地に追いやったりとかな。
それによって、向こうにさっさと損切りの判断(灼熱火山を切ったほうが得になる状況に追い込むってことだ)をさせることができるなら、それに越したことはないんだよなぁ。
「……悪どさでは、セリウス殿もなかなかではござらんか……?」
「つまり、せーじ的圧力をかけるのですわね!! わたくし、よく分かりますわ、セリウス様!」
そんなこんなと喋りながら、俺は内心で赤龍宝山の連中との交渉材料を考える。
あの連中が納得するであろうもののなかで、一番渡しても惜しくないものは何か。
カネだとすればいくらで、あるいはいくら相当の利益に値する情報なら納得させられるか。
赤龍宝山のパーティーハウスに着くまでの時間で、俺は猛烈に脳ミソをフル回転させた。
どういうふうに切り出して、どういうふうに話を持っていって、どういう流れになればこちらの損が少なくなるのか。
向こうがどういう話をしてくる可能性があって、それぞれに対してどのように答えるのが良いのか。
バカ弟子たちに茶々を入れられながらあれこれ考え、向かった先の赤龍宝山のパーティーハウスで、
俺は、このアカシアの街の掟と不条理さを、あらためて思い知らされるのであった。
◇◇◇
「あら、遅かったですね、セリウス・タキオン君」
赤龍宝山のパーティーハウスの玄関前にテーブルセットを並べ、ティータイムを楽しんでいる人たちがいた。
……はっっ!?
「オデ、この甘いの、もっと欲しいですだ、聖女様」
「スペード君。貴方はクッキーばかり食べるのではなく、紅茶も楽しんでごらんなさい。せっかくジンドリクセンが淹れてくれたのですよ?」
「でも、こんな小っちゃなカップじゃあ、持ちにくいし一口で無くなっちゃうだ。どうせならオデ、バケツいっぱいに入れて飲みたいですだ」
「なるほど。それなら仕方がありませんね。ジンドリクセン、お願いします」
「はい、聖女様。仰せのままに」
所持品枠から取り出した寸胴鍋で湯を沸かし、アホみたいな量の紅茶を淹れ始めた老齢の執事。
優雅に紅茶を飲む疵面の老女。
大きな身体を縮こまらせてテーブルに着き、ニコニコと菓子を食べる巨漢の男。
「……傷物聖女様と、スペードさんが、どうしてこのようなところでティータイムを?」
思わず呟いてしまった俺の言葉に、傷物聖女様がニコニコと微笑んだ。
「決まっているではありませんか、セリウス・タキオン君。貴方がここに来るのを待っていたからですよ」
「……俺を、ですか??」
「ええ、ええ。貴方をですとも。さぁ、お掛けになって」
俺は、勧められるまま椅子に座った。
なんだ、いったい何がどうなっているんだ??
「オデはスペードだど。よろしくな、セディウス」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「お茶をどうぞ」
老齢の執事服の男が、アツアツの紅茶を大ジョッキになみなみと注いで俺の前に置く。
嫌がらせか何かか??
「そんなに不安そうにしなくても良いのですよ、セリウス・タキオン君。私は、君たちの力になろうと思っているのだから」
「……えーっと、それはどういう……」
「ここの子たちには、私から話を通したわ。スペード君にも、ね」
「んだ。オデのとこの下っ端が悪さしたみたいだな。煮るなり焼くなり好きにしてくれて良いど」
「…………」
やべぇ。
なにがどうなってるのか意味が分からないが。
絶対に、良くないことが起こっていることだけは確信できるぞ!!?




