《game.8》臨時協定
「─────じゃあ、二人の【魔術拘束】を解くね?」
小春の問いかけに、泉は無言で頷いた。
小春も頷いて杖を朔田と結菜に近づけると、二人の体を拘束していた不可視の力がスゥッと抜けていく。
「お、おぉ?」
泉にかけられていた縄もほどかれ、完全に拘束を解かれた二人が、両手を振ったり肩を回したりして自由を謳歌する。
「朝比奈っち♪ 結菜らを自由にすること、後悔しないようにね~?」
破顔する結菜に、泉は肩をすくめた。
「もう後悔てるわ。だから、せめてここから早くいなくなってくれない?」
「またまたぁ!本当は結菜がいなくなると寂しいんじゃないのぉ?」
「は?誰が?」
「まぁまぁ二人とも~~」
取りなすように間に入った小春を尻目に、その一部始終を眺めて嘆息する朔田。
意外であり、不思議な状況であった。
てっきり、自分と結菜が話終わった途端に自分たちは殺されるものだと覚悟していた朔田だが、短く話し合った泉と小春の出した結論は、二人を解放するというものだった。
Hell Moneyを本気で勝ち抜くつもりなら、甘すぎる処置だと助命された側の朔田でも思ったが、泉に理由を問うと「無抵抗の人間を殺すのは、たとえゲームの中でも寝覚めが悪くなりそうだから」と素っ気なく言われた。
自らを「屈辱だ、殺せ」と言うような歪んだ矜持など朔田は持ち合わせていないので、ありがたく彼女らの助命を受け入れることにした。
当然、結菜もそれを受け入れたのでこの状況になったのだが、最初の刺々しい敵意はどこへやら、結菜は何かと泉にまとわりつくようになっていた。案外、この二人は長く付き合えば気が合う間柄になるのかもしれない。
「ま、そんなことよりも─────」
朔田は杖を出した。
泉の方に目で『今から魔法を使う』と合図をし、彼女が軽く頷いて了承したのを確認してから、魔術師のスキル【気配探知】の準備をはじめた。
魔法を使う前にわざわざ泉に合図をしたのは、あらためて自分に攻撃の意志がないことを知らせるためである。泉からすれば、解放した途端に魔法で朔田から攻撃されたりしては、たまったものではないだろう。その心理がわかるからこその、朔田の配慮であった。
【気配探知】は周辺の人間の気配や動向を魔力で探知し、その対象が地面に《砂》で描かれる仕組みのレーダーのような魔法スキルだ。周辺に人がいれば砂が魔法の力で『人間』を形取って、それが動くことで術者に動向を教えてくれる。
朔田としては、結菜と二人で行動する前にもし近くに他の参加者がいれば、それを警戒しておこうというつもりだった。
「【気配探知】」
朔田の腕の職紋が光ってスキルが発動すると、地面の砂が少しずつ動き出した。
まず、四つの小さな砂の塊が出現して、それぞれが接近した集団状態を作っている。これは、今ここにいる自分たち4人を表現していた。
「他には、と」
朔田は地面を広範囲に見渡した。一見、近くに反応は見当たらないが、探知の範囲内で何かが見つかるかもしれない。
そう思っていると、自分たちがいる森から見て東側から、砂が反応して形を作り、移動をはじめた。
その動きは急速で、彼らがいる森の方に一直線に近づいてくるのがわかる。
「お、おい!ちょっと、これを見てくれ!」
朔田は慌てて、女子高生たちを呼び寄せた。
そのただならぬ剣幕に泉が真っ先に反応して朔田の砂陣を覗きこみ、結菜と小春も驚いてそれに続く。
「わかるか?ここに、何者かが物凄い速さで接近してきているぞ!朝比奈、藤浪。この森の迎撃用の罠は?」
泉と結菜は顔を見合わせた。
「私は、もともと森の東側の入口付近を中心に罠と簡易警報器をいくつか仕掛けていたのだけど────?」
「あちゃぁ!それは多分、ここに攻めいる時に結菜が念入りに全部解除したっし。なんせ、罠解除は盗賊の得意技だし?」
得意気に結菜が言う。
泉は顔色を変えずに朔田に向かい合った。
「─────というわけで、これから来る相手に足止め策はなし。朔田先生、あなたたちに共闘を申し入れしたいのだけど、どうですか?」
朔田は頷いた。
「願ってもない話だ。ここに誰が向かってきてるのか知らんが、もしそれが噂の化物騎士だったらと思うと─────ここはお互い、嫌でも協力せざるをえんだろう」
泉は、小春に振り返った。
「小春、そういうわけよ。今すぐ戦闘態勢に入って」
「う、うん」
小春は大人しく従って、杖を出現させる。
「藤浪、あなたも─────朔田先生の方針に依存はない?」
結菜の方にも声をかけつつ、泉は弓を出現させて自らも臨戦体勢に入る。
少なからず結菜からの反発を予想していたが、結菜は投擲用の小振りな短剣を右手に数本出現させながら、へへん、と笑った。
「おケマルよー!朝比奈っちには借りもできたし?ウチ、こう見えても義理堅い性格だし?それをキッチリと返してからが本当の勝負、ってことでシクヨロ」
陽気な口調で、結菜は泉の方に左手で拳を突き出した。
彼女の中では、泉が結菜の拳に自分の拳を合わせてコツンとやる、海外ドラマでよく見る友情シーンを期待したのだが、弓を手にする泉は素っ気なかった。
「そう。じゃ、せいぜい期待してるわ────朔田先生、敵が現れたら距離をとりつつ一斉に迎撃、って方針でどう?」
「うむ、無難な選択だな。ただ、せっかく魔術師が二人もいるのだから、俺は万一に備えて防御と支援系魔法に回ろう。攻撃魔法は園原さんに任せたいが、いいね?」
「は、はい!」
杖を握りしめて、小春が返事する。
泉は弓に矢をつがえながら、全員に声をかけた。
「みんな、油断は絶対にしないで!八重樫千鶴の話がどこまで本当かは知らないけど、本当に私たちの想像を超えた化物がやって来るとしたら、出会って即、全滅というのもおかしくないんだから」
「そいつは御免被りたいところだな」
朔田が首をすくめながら、砂の動きを見つめる。
「来るぞ、敵はもう森の入口にさしかかっている!ここまで来るのに、1分とかかるまい!」
全員に緊張が走る。
泉は矢をつがえ、結菜は短剣の投擲の体勢に入り、小春も杖を構えて攻撃魔法の準備をする。
「私が合図をしてから、一斉に攻撃で!」
泉の言葉に、皆が無言で頷く。
朔田も不意の攻撃に備えて【物理障壁】の準備をしつつ、横目で砂の動きを追っていた。
近い。
敵の砂は、もう自分たちを示す砂にかなり接近しており、いつ目の前に現れてもおかしくない状況だ。
化物などと呼ばれるほどの騎士の物理攻撃に自分の障壁が通用するかな、と朔田が一抹の不安を覚えた時。
“それ”は、激しい具足の音を鳴らしながら、彼ら四人の前に現れた。
それぞれが、構えていた武器で攻撃を放とうと力を込める中、現れた“それ”の異変に気づいたのは泉だった。
「みんな、待って!何か─────、様子がおかしい!」
つがえた矢を一旦外し、泉は制止の声をあげた。
「えっ?!」
「え、わ!やばッ!」
驚きの声の小春と、短剣を投擲する挙動に入りかかっていた結菜が、バランスを崩しながらも慌ててそれを途中で止める。
「ちょ、朝比奈っち!どういうことさ……?」
泉に苦情を言おうとして、結菜も“それ”に気づいた。
四人の前に現たのは、話に聞いて予想していた騎士の少年ではなく、満身創痍の男を肩に担ぎ、さらに金属製の鎧を身にまとった若い女性であった。
ここまで移動してきたせいか、荒い息を吐く女性の手には、白っぽい柄のハンカチを木の棒にくくったらしい物体が握られており、それは一般的には戦争などで『降伏』を表現する証だったと泉は認識している。
女性が口を開いた。
「当方には其方との戦闘の意思はございません。厚かましいのは承知ですが、仲間のためにこの《・》場を一時お借りしたく思います。もちろん、無償とは申しません。私共は、其方の望む情報をご提供できますが、時間がないので早急なご決断を願えればと」
「どういうこと?」
警戒を解かずに、泉が問う。
それに答えたのは、満身創痍の男の方だった。
「や、やぁ、また会えたね、朝比奈、泉さん。時間がない、というのは、もうすぐここに規格外の化物、がやって来るからだ、よ」
「────あなたは……!高坂、さん!」
泉は目を見張った。
それは、泉がHell Money開始直後に最初に出会い、自らの共闘組に勧誘してきた眼鏡の男────身体中から血を流し、右腕の肘から先を欠損した変わり果てた姿になっているが、その高坂敦彦に間違いなかった。
「規格外の化物?まさかそれって、騎士の─────?」
「すでに知っているなら、話は早い。その化物が、もうすぐ、僕らを追って、ここにくる」
「────────!!!」




