《game.9》急転直下
女性に支えられながら、高坂が苦しそうに続ける。
「おっと、だからと言って、僕らのせいにしないで、くれよ?遅かれ早かれ、ヤツは残りの参加者を狩るために、ここと君らを見つけたに、違いないんだから、ね」
「その傷は、騎士にやられたのか?」
憮然とする泉に代わって、朔田が会話に割り込んで訊いた。
「そう、だ。折よく、騎士が八重樫千鶴を狩ろうとするタイミングに遭遇したので、こちらは三人がかりでの奇襲だったが、まったく、歯が、立たなかった──────」
頭部から額にかけての深い裂傷で、高坂の眼鏡には自らの血がべったりとついて、見るからに痛々しい姿だ。
朔田は、高坂の言葉から元同盟者の八重樫千鶴がおそらく殺害されたことを察したが、女子高生たちの手前、あえてその事実を口に出しては確認しなかった。
「─────泉ちゃん、この人、治療してあげた方がよくない、かな?」
恐る恐る、高坂の惨状を見かねた小春が、泉に提案する。
泉が何か言おうとする前に、高坂が先に口を開いた。
「お気遣い、ありがとう。しかし、僕は、現実では外科医の仕事をしていて、ね。自分の体のことは自分でわかる、【回復・小】ぐらいでは、もう気休めにしか、ならないことぐらいは、ね」
「高坂先生──────」
高坂を支える女性が、今にも泣きそうな顔で彼を見つめる。
雰囲気でこの二人がただならぬ関係であることは、四人ともさすがにわかったが、泉だけは違うことに意識が飛んでいた。
記憶の深い奥底の、そのさらに先の既視感。
最初に高坂から共闘を持ちかけられた時はまったく気づかなかったが、幾つかの単語とこの状況、それらが重なって泉の記憶を刺激する。
外科医、先生───────?
病院?
そう、あれは確か、妹を見舞うために入院先の病院に行った時のこと。
私は、この高坂と─────白衣姿で颯爽と歩く彼と、病院内ですれ違わなかったか─────?
その時、高坂の傍らには今、彼を支えているこの女性が一緒にいたような─────?
「ど、どーすんのコレ?ねぇ、朝比奈っち?」
状況の急激な変化に戸惑う結菜の声で、泉はハッと我に帰った。
小春も不安を隠せずに泉を見つめている。
泉はすぐに決断した。
「どうするも何も、今は彼の情報を聞かせてもらうしか、選択肢はないと思う。何も聞かずにすぐ敵対した方がいい、という意見の人がいたらそれも尊重するけど、そうするとこの女性も必死に彼を守ろうとするだろうし、たとえ勝てても化物騎士の情報は得られない。それはお互いに損だと思う」
「同感だ」
朔田が泉に同調する。
「初対面の彼らのことを俺はよくわからんが────この二人がこちらに嘘や偽情報を流す可能性はある。しかし、もし俺たちと騎士を潰し合わせてやろうと画策したとしても、最低限こちらが勝てる見込みがなければ、結局自分たちもやられてしまうわけで安易な偽情報を流す意味はないはずだ。これから聞く内容は、ある程度信用できる内容だと思う」
「話が早くて、助かる。それは、交渉成立ととらえて、いいかな?」
傷だらけの高坂が、痛みをこらえて無理に笑った。
四人を代表して、泉が「ええ」と答える。
高坂は気休めと言ったが、泉は小春を促して高坂に【回復・小】をかけてもらった。
「う─────」
すると、高坂の浅めの傷が塞がっていき、確かに気休め程度だが顔色は多少良くなったように見える。
高坂を支えていた女性にも安堵の色が浮かび、泉と小春に向かって深々と頭を下げた。
女性は高坂をゆっくりと地面に寝かし、自らの膝枕を貸すような格好で話ができる体勢を整えた。
「すまない、気休めと言ったが、それでもありがたい─────しかし、もう、時間がない。今からここに来る騎士と今の状況について、手短に要点を、話そう」
高坂に相槌を打ちながら、泉は朔田に言った。
「朔田先生。彼の話を聞きながら、もう一度【気配探知】をお願いします。ここからは索敵が命です。話中にいきなり襲われないように、動きがあればすぐ知らせてください」
「もっともだ、了解した」
朔田は再び【気配探知】を行い、周辺にこの場の6人の砂しかないことを確認してから泉に「大丈夫だ」と伝える。
「高坂さん、しっかり見張ってますので、話の続きを」
高坂は満足そうに苦笑した。
「手際ががよくて、ありがたいな────では、まず状況だが、今ここにいる人間を除いて、Hell Moneyの参加者はここにやってくるであろう、騎士の少年だけだ。つまり、ヤツを倒せば実質、君たちの中の誰かが、Hell Moneyの最終勝利者となる可能性が高い」
「───────!!!」
全員に衝撃が走る。
泉をはじめ誰もが、総勢20名の参加者たちと競い合うのにもっと時間がかかると思っていたので、事態の進展の早さに気持ちがついていかないのが実際のところだろう。
「ほ、本当なんですか?」
小春の遠慮がちの問いかけに、高坂か頷く。
「ああ。僕はここにいる女性────伊吹楓くんと、もう一人、司祭の職種の男性と同盟を組んでいた。僕のチームで三人の参加者を退場させたんだが、騎士一人が、八重樫千鶴を含めて残りの参加者全てを殺ったようなので、ね。なぜそれが僕にわかるかというと、僕自身も魔術師で、【気配探知】を念入りに行って参加者全員をカウントしていたので、間違いない」
「え、ってことは─────コレって逆にチャンスじゃね?」
手の中で器用に短剣をクルクルと回しながら結菜が口笛を吹いたが、すぐに高坂に冷や水を浴びせられる。
「その見解は、間違ってはいない。だが、“あの”、超規格外の騎士を君たちが倒せるのなら、の話だが」
「噂話がやたらと先行してるけど、一体、何がそんなに凄いというの?」
泉が率直に問う。高坂は少し考えてから答えた。
「そうだな─────。まず、尋常ではない、人智を超えた速度。おそらく、騎士と対峙したら、君らが瞬きをする間に、この中の誰かの首と胴が離れているだろう。剣を振るう以外の動作もほとんど視認することができないレベルの────アレは完全に、人間の身体能力を逸脱したレベルの速さだ」
ゴクリ、と誰かが生唾を飲む音が響いた。
「そ、そんなことって─────」
小春が震えながら呟くのを、高坂が憐れむように見る。
「直接見ていない君たちがこの話を信じられないのも無理はないが、現にそれを目の当たりにしてこんな姿になった僕が言うのだから、信じてほしい。ただ、ヤツの驚異的な身体能力の秘密には、実は僕にはある程度、見当がついている。この場を提供してもらっている礼に、それを君たちに教えよう」
そこまで言ってから、高坂が朔田を見る。騎士の動向を気にしているのだろう。
「今のところ、大丈夫だ」
気配を読む砂をしっかり確認してから、朔田は場を安心させた。
「秘密って─────もしかして騎士のスキル─────【誓約】に関係している、とか?」
泉は思い当たることを、口にしてみた。
いかに騎士の少年に才能と職種の恩恵があろうとも、人が人である限り、その動きが人智を超えることがあるとは考えにくかった。むしろ、そんな美味しい特典があるのなら、Hell Money参加者はこぞって騎士の職種を選択したであろう。
しかし、現実にそうなっていないのは騎士という職種の、扱いにくさの側面を参加者たちは知っているからである。
説明が正しければ、騎士とは剣と槍を得物とした近接戦闘のスペシャリストだが、剣技と槍術以外の固有スキルを持たず、しかも【誓約】という誓いを事前にたてなければ、その能力が十分に発揮できないという制約付きの職種なのである。
この場合の【誓約】とは、自分の行動を律する行為のことである。たとえば、喫煙常習者が『今後一生タバコを吸わない』という誓いをたてたとして、その律された代償をHell Moneyが判断して騎士としての力を与えるのだという。その代償が大きければ大きいほど、騎士の力は増す仕組みだと、説明にはあった。
しかし、Hell Moneyの中だけのことならともかく、その代償はどうやら現実世界にも及ぶようで、そのようなリスクを伴うのは全職種中で騎士だけであった。説明によるその告知があったためか、当然のように今回の参加者からは騎士は避けられ、実際にこの職種を選んだ参加者は、その少年一人という状況だ。
泉自身もそうだったのだが、他の参加者全員は騎士の【誓約】をデメリットととらえていたが、高坂の口調からもしやそれに何か裏道でもあったでは?、と泉は思い当たったのだ。
高坂は傷による痛みに顔をしかめながら、続けた。
「そう、その【誓約】だ。たとえこのHell Money内で強大な力を得ようとも、現実世界に戻って多大な悪影響を及ぼしかねない“それ”を活用する発想が我々にはなかったと言えるが────もしも、それをまったく厭わない人間がいたとしたら?」
高坂は面々を見渡して、疑問を呈した。
「えぇーと、それってつまり……?」
話にピンとこなかったのか、結菜が首を傾げたが、意味を理解した泉が代わりに答えた。
「それは騎士の子が、リスク────いや……違うわね。代償を目一杯負う覚悟で【誓約】をたててるってこと?」
「おそらくだが、その通りだ」
重々しく、高坂が肯定する。
「具体的に何を代償にしたのかまでは、僕にも本人ではないのでわかりかねるが────多分、よほどの“もの”だろう。家族、自分自身………、人生そのものとか?実際のところは当人にしかわからないことだが、あの人外に近い驚異的な能力を支えているくらいだから、それ相応の“もの”を引き換えにしていると考えられる。一つ言えるのは、騎士は常人の思考回路ではないということだ。強さだけではなく、そんなことができる精神も常軌を逸していると言える─────」
シーンと、場が静まる。
高坂の語った話の内容に、それぞれが衝撃を受けていた。
騎士の少年の詳しい人物像や考え方などは不明だが、Hell Moneyでは敗者は罰を負う仕組みになっているが、さらにその上に、己の大切な何かを捨ててまでも強さを得ようとする、その狂気じみた未知の意志に全員が等しく恐怖を感じていた。
あるいは、その少年にも泉や小春のように、誰かのためにという強い理由があるのかもしれないが─────
泉は一人、ギリッと唇を噛んだ。
─────だからといって、こっちだってすんなりとは退けないのよ!
「お、おい、みんな!砂に、反応が出たぞッ!」
【気配探知】の砂を見張っていた朔田が、うわずった声を上げた。全員の視線が地面に集まる。
「まだ距離はかなりあるが、ゆっくりこちらに近づいてきている────!」
朔田が指差す砂が、この場の6人の方へ少しずつだが、確実にこちらへ移動してきているのがはっきりわかった。
騎士の出現に驚きつつも、まだ距離があることに一瞬気が緩みそうになった面々へ、高坂が釘を刺す。
「油断するな、これがヤツのやり方だ!騎士は一気に加速して移動ができるんだ!前に僕が【気配探知】で見た時は、遠距離からあっという間に他の参加者の集団まで移動して彼らを殲滅していた!さすがにまだ時間はあるだろうが、ヤツがその気になったら、すぐにここまで来るぞ!」
「─────!」
「もう、時間がないってわけね────!高坂さん、貴重な情報をありがとう、と言いたいところだけど、肝心の騎士に勝つための手は、何かないの?!」
泉は騎士を迎撃するために弓を出現させながら、高坂に早口で訊いた。
高坂は、慎重に言葉を選んで言った。
「今、ここにいる全員が、周囲と完璧な連携ができ、戦闘にに熟達したメンバーであれば、少なからず勝ち筋もあるのだろうが────僕は見ての通りこんな様だし、君たちも見たところ、即席の共闘組だろう?────ぶっちゃけ、このままではあの人外騎士の格好の餌食だ」
高坂の言葉に、小春がビクッと震える。
泉が高坂を強く睨んだ。
「私が聞きたいのはそんな悲観論じゃない。諦めるのは簡単、でも────他の全員が諦めても、私は最後の最後まで、命が事切れるその瞬間まで、絶対に諦めないし、勝つために最大限、泥臭くあがき続けるわッ!!!」
燃えるような泉の瞳と気迫に、高坂は一瞬気圧され、そして苦笑いした。
「ははは、誰が諦めると言った?────勝ち筋は、“ある”。ただし、それは限りなく細い糸のような小さな可能性で『やってみないと、試してみないとどうなるかわからない』というレベルの代物だが────。それでも、僕の策を聞いてみるかい?」
最後は全員を見渡して、高坂は告げた。
騎士を示す砂は、ゆっくりとだが、迷いなく森に向かって進んできているように見える。
全員が押し黙る中で、朔田が覚悟を決めた顔で言った。
「俺は、あんたの策とやらに乗るよ。もちろんその内容にもよるが、どのみちもう迷ってる暇もないんだ。このまま無策で当たってあっさり散って、ハイ終わり─────じゃ、さすがに死にきれんからな」
結菜が頷く。
「結菜もおっさんに賛成~~。最終的に決めるのは“リーダー”の朝比奈っちだけど、やらないよりやる方が可能性があるなら、聞くだけ聞いてやってみてもいいんじゃね?」
『いつ、誰が誰のリーダーになったのよ?』という顔で泉が結菜を睨んだが、結菜は素知らぬ顔だ。
結菜に続いて小春が、おどおどしながらも言った。
「わ、私も────この人の話を聞いてみて、そこにもし可能性があるのなら────やってみてもいいと思う。泉ちゃんほどのじゃないかもだけど、私だって、勝ちたいって気持ちは一緒のつもりだから────どう、かな?」
小春は、上目遣いで泉を見た。
自然と皆の視線が泉に集まる。
泉は一旦、弓を引っ込めて天を仰いだ。
見上げると、この赤茶けた異様な空間の上空にも現実と同じように雲があるようで、それが一つ二つと、ゆっくり流れている。
特段、空に答えや何かを求めたわけではないが、ただそんな何気ない行動の一つで、不思議と腹が据わったような気がする。
泉は荒い息を吐く高坂に向き直った。
「────高坂さん、あなたの作戦を聞かせてもらうわ。私たちは、何をすればいい?」
自分にとって理想の返答だったのか、高坂は満足そうに微笑んだが、泉の言葉を一つ訂正した。
「勇気ある決断を、ありがとう。だが、より正確に言わせてもらえば、ここにいる全員の協力は不可欠だが特に『君』が、僕の作戦の肝だ。有り体に言うと朝比奈さん────君という存在なしでは、騎士には絶対に勝てない。それをよく覚えておいてくれ─────」
高坂の言葉の後に、風がビュウッと吹き抜けていった。
────もうすぐ、ここに嵐がやってくる。
人の命を命とも思わない、無慈悲で特大の嵐が。




