《game.7 》もう一人の狩人
──────くそ、クソ、くそ、クソッ!!!
八重樫千鶴は移動しながら、心中を呪いの言葉で埋め尽くしていた。
─────どうしてこうなったの?
こちらは三人がかりで泉たちを奇襲したというのに、敵側の狩人の少女の逆襲に合い、あっさりと撃退されてしまった。泉の他に無傷の魔術師まで控えているとなれば、同盟者たちを見捨てて撤退するというのは、用心深い性格の千鶴としては当然の判断だった。
しかし、この状況は非常にまずい。
見捨てた仲間たちは今頃、泉たちに始末されていることだろうが、それよりも問題は残りの参加者全体の勢力図だ。
千鶴の読みでは、自分のように単独で行動している参加者は『あの』化物を除いてはもういないのでは、と見ている。
─────こうなれば、これ以上は下手に動き回らずに、最終的な『漁夫の利』を狙う手が最善か。
千鶴は移動速度を落とし、美しい顔に笑みを浮かべた。戦いの熱が次第に冷め、冷静になってくるとわずかでも余裕が出てくる。
「フフ、そうよ。もうこれ以上、私が無理をする必要もないわね。後は残ったグループ同士で潰しあってもらえば、私にもまだまだチャンスはある」
そうなのだ。
自分のような頭の切れる人間は、遥か高みから戦闘しか能がない低能な者どものいざこざを見守っているだけで、自ずと最後の最後でチャンスが巡ってくるはずなのだ──────
現実世界では、年収の多さだけが取り柄だった冴えない夫の会社が倒産して以来、その妻として何不自由なく遊んでいた千鶴の生活は一変し、放蕩な彼女には不満が溜まる日が続いていた。
最新のブランド物、美しい自分を維持し続けるための美容道具、男たちと遊ぶ、金と時間が欲しい─────
そんな軽薄な動機でHell Moneyに飛び込んだ千鶴だが、この世界を勝ち抜きたいと思う欲や執着は強い。最も、それは泉や小春のような『願い』とは根本的に質が異なるものだが─────
「最後に勝つのは、この私よ」
どうにか気持ちを落ち着かせ、千鶴は端整な顔を歪めてさらに笑おうとしたが、その表情が途中で凍りついた。
「見ぃーーーつけたぁ!」
彼女の前方、進行方向から甲高い声が聞こえてきた。
この声は─────!
恐る恐る顔を上げ、声のする方に目を向けると、視線の先に人の形をした災厄そのものが立っていた。
身間違えようもない。
あの、少年だ。
泉や小春たちよりもさらに幼く見える小柄な少年は、まだ中学生くらいの年齢だろう。透明感のある中性的な顔立ちは、まるで絵画の中の天使のようだが、その手には顔にそぐわない大きな長剣が握られていた。
「あ、あ、あ…………!」
無意識に、千鶴は後退りした。
────なぜ、どうして………この化物がここに?
最初の同盟者たちと、この少年に遭遇した時の恐怖が脳裏に甦る。あれは戦闘ではなく、一方的な蹂躙であり、虐殺と呼んだ方が近かっただろう。この少年と『戦う』という選択肢が『死ぬ』と同義だと徹底的に思い知らされた最悪の時間だった。
「また会えたね、狩人のおばさん。そして、サヨウナラ」
少年が、口元に残忍な笑みを浮かべる。
八重樫千鶴は表情筋をひきつらせながら、必死に声を絞り出した。
「ま、待って!少し、話し合わない?
私、あなたが興味のある情報をいくつも持ってるのよ?それを知りたくない?」
少年は一切関心を示さず、千鶴の方に向かってゆっくりと歩きだした。
「ほ、他の参加者の、貴重な情報なのよ!
し、知りたくないのッ?!」
ザッザッザッザッ──────
少年に、歩みを止める気配はない。
「い、いいの?こっちには他に、仲間もいるのよ?」
ザッザッザッザッ──────
「──────いいわ、そんなに私と戦りたいの?それなら、まずは。彼らの相手をすることね!」
千鶴は、少年の背後を指差した。
一瞬だけ、その指の動きを少年が目で追う。
千鶴には、その一瞬の隙で十分だった。
弓を浮かび上がらせ、自動的につがえられた矢を少年に向けて立て続けに放ち、その動作が終わると同時に千鶴は身を翻す。
矢はほんの気休め、この化物には足止めにもならないかもしれないが、これに気をとられているうちに、狩人のスキルの一つである【俊足】を使えばこの場を何とか離脱することができる!
そう目論んで一気に加速しようとした千鶴だが、ふと、自分の腹部から何らかの突起物が生えていることに気づいた。
「────────?
なに、これ?」
それが少年が手にしていた長剣の切っ先だと思い当たった時には、すでに手遅れである。
「ーーーーーーーッ!!!」
千鶴が予想だにしなかった光景。
どう動いたのか、音もなく背後から伸びてきた少年の長剣の串刺しにされ、皮肉にも狩人職を選んだ千鶴の体は、弓反りの体勢になっていた。
あまりの激痛と吐血で、声も出ない。しかし加害者たる少年は、いたって涼しい顔だ。
「やっと見つけたんだからさー、そんな簡単に逃がす訳ないでしょ?」
長剣が千鶴の体から引き抜かれる。
力なく地面に倒れるが、もはや意識とともに痛みはどこか遠くなり、自分を見下ろしている少年の輪郭が急速に霞んでいく。
薄れゆく千鶴の視界に、ぼんやりと複数の影のようなものが現れ、
「今だッ、好機を逃すな!」「同時に攻撃しろッ!」「は、速いッ?!」「─────ぎゃっ!」などと、少年と激しく争う気配があったが─────
一点を見つめたまま、虚ろな瞳で動かなくなった八重樫千鶴には、もはや関係のない出来事であった。




